日本のAI政策は、お金をAIを「作る」側に厚く積んだ一方、使う人を育てる投資と、安全を確かめる仕組みは細いままだ。内閣府がまとめた令和9年度のAI関連予算要求は2兆9392億円で、令和8年度当初予算の5027億円の5.8倍に膨らんだ。企業の生成AI利用は86.4%まで広がったが、使い道は議事録やメールの下書きが中心で、使っていない人は「使い方がわからない」と答える。予算、企業の使い方、働く人の訓練、政府自身の利用、計算の土台、安全と被害の順に、一次資料の数字で全体の構造を追う。

お金は「作る」へ 予算要求2兆9392億円、主な施策の最大は基盤モデル開発

政府のAI予算は、規模が一段上がったうえで、AIを開発する側に重心がある。内閣府によると、令和9年度の概算要求に含まれるAI関連予算は2兆9392億円で、これとは別に金額を示さない「事項要求」が26件ある。施策の数は新規132件・継続193件の計325件で、令和8年度当初予算の新規20件・継続129件の計149件から2倍以上に増えた。令和8年度当初のAI関連予算は約5027億円、令和7年度補正予算は約4380億円だった。

資料は施策を第2期人工知能基本計画の4方針に沿って「使う」「創る」「信頼性を高める」「協働する」に分け、主な施策の金額を挙げている。最も大きいのは「創る」に入る経済産業省の「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデルの開発」で約8964億円。同じ「創る」には文部科学省の「AI for Science」約3789億円、経産省のAIロボティクス中核拠点の創設約1333億円、内閣府のバーティカルAIの開発利用促進約1009億円、総務省のAIの信頼性を評価する基盤の構築約460億円、次世代情報通信基盤450億円が並び、主な施策として示された6件だけで合計は約1兆6000億円になる。

「使う」の主な施策は、中小企業のAI導入を支援する経産省の新規施策約3746億円、気象分野のAI基盤約305億円、創薬・医療の研究基盤約153億円で、合計は約4200億円。これに対し「協働する」に入る人材育成の主な施策は、学校現場の教職員研修など約884億円、大学・高専のAX実装人材の養成約35億円、経産省の「マナビDX」など約28億円で、合わせて約947億円にとどまる。要求の全体像は政府のAI関連予算要求、2兆9392億円 今年度当初の5027億円から5.8倍 最大は経産省の基盤モデル開発8964億円に、基盤モデルへの支援は経産省、国産AIに3873億円支援 新会社「ノエトラ」など選定、ロボットを動かす「フィジカルAI」開発へにまとめた。

なお、資料は主な施策の金額だけを示しており、4方針ごとの合計額は出していない。では、作られたAIは現場でどう使われているのか。

企業の利用は86.4%に ただし使い道は議事録・メールが約7割

企業への浸透は数字の上では急速に進んだが、使い方は文章の下書きに偏っている。総務省の令和8年版情報通信白書によると、自社の何らかの業務で生成AIを利用していると答えた日本企業は86.4%だった。白書は「2024年度企業向け調査に比べて大幅に上昇」し、米国・ドイツ・中国との差も縮まったと書いている。

ところが業務の種類ごとに見ると、最も多いのは「議事録・メール作成補助」で約7割、次いで「営業・販売」が約6割、「社内ヘルプデスク」が約5割だった。導入の効果を実感していると答えた割合も「議事録・メール作成補助」が約7割で、白書は「他の類型に比べて顕著に高い」とした。

4か国で比べると、日本は全体に「未導入」「わからない」と答える割合が高かった。米国や中国は業務の種類ごとに活用率が高く、特に「研究・商品開発」で効果を実感する割合が高い傾向が見られたという。つまり、予算が厚く積まれる開発や研究の領域ほど、日本企業の利用は他国より薄い。国別の比較は企業の生成AI利用86.4%、1年前の55.2%から急伸し米独中に肉薄 ただし使い道は議事録・メールに偏る 情報通信白書で追った。

使い方が広がらない理由は、使っていない人の答えに表れている。

使わない人の38.8%は「使い方がわからない」

個人の側でも、壁は関心の薄さより使い方の分からなさにある。情報通信白書によると、テキスト生成AIを使ったことがない人に理由を聞いたところ、「自分の生活や業務に必要ない」が42.4%、「使い方がわからない」が38.8%だった。

白書は、「必要ない」の割合は米国やドイツとそれほど変わらない一方、「使い方がわからない」は調査した4か国で日本が最も高いと指摘している。必要性を感じていないから使わないのではなく、使い方が分からないから使わない人が他国より多いということになる。各国の数字は生成AIを使わない理由、日本は「使い方がわからない」38.8%で4か国最高 米国18.5%・ドイツ16.5%の2倍超 「安全性が不安」は10.4%で最低に詳しい。

対照的に、若い世代は相談相手としてAIを使い始めている。白書によると、日常の行動や判断に関わる相談のためにAIを「定期的に利用している」割合は15〜19歳と20〜29歳で20%を超え、専門家にするような相談でも15〜39歳の各年齢層で15%を超えた。使える人と使えない人の差が、年齢で開きつつある。

使い方を身につける場は本来、職場の訓練である。だがそこが手薄だ。

職場の訓練は米国の半分 AIを使う製造業の労働者で33.3%

AIを使う人を育てる投資は、他国に比べて明らかに少ない。厚生労働省の令和8年版労働経済白書の概要によると、AIを利用している労働者のうち、勤め先による訓練などがあったと答えた割合は、製造業で米国62.7%、ドイツ54.2%、英国51.7%に対し、日本は33.3%だった。金融・保険業では米国60.5%、英国57.2%、ドイツ54.8%に対し、日本は26.9%で、どちらの業種でも日本が最も低い。

白書は、労使の双方がAIと協働するための人的資本投資をしているAI利用者は、していない利用者と比べてAIによる改善効果を報告していると分析した。そのうえで、人材戦略を定めていない企業も多く、経営戦略と人材戦略を連携させている企業の割合は低いとし、「AI投資の『経営戦略』と、AIと協働するための人的資本投資に係る『人材戦略』を連携させながら、双方の投資を推進していくことが肝要」と結論づけた。

予算要求でも、人材育成の主な施策は約947億円で、基盤モデル開発1件の約8964億円の1割強にあたる。訓練の国際比較はAIと協働する訓練を受けた労働者、日本の製造業は33.3%で米国の62.7%の半分 令和8年版労働経済白書 実質賃金は4年連続で減少で取り上げた。

使い方が文章作業にとどまるのは、民間だけではない。政府自身の利用も同じ段階にある。

政府の利用も汎用チャットが中心 252件のうち自律型エージェントは一部

中央省庁の生成AI利用は全府省庁に広がったが、中身はまだ汎用チャットが中心だ。デジタル庁が9月29日の「先進的AI利活用アドバイザリーボード」に出した定期報告の概要によると、令和8年6月末時点で全府省庁が生成AIシステムを利用しており、件数は252件だった。同時点までにリスクが顕在化した事例は無かったという。

政府職員を利用者とする230件を類型別に見ると、汎用チャット型が開始済み128件・開始前20件で最も多く、定型業務特化型が開始済み61件、特定データ参照型が開始済み59件と続く。指示を基にAIが計画を立ててツールを自動で動かす自律型AIエージェントは、開始済み8件・開始前4件だった。報告は「一部限られた利用者の範囲においてAIエージェントの利活用が徐々に開始されている」と記している。

用途では、外部のウェブサイトなどを使った調査・リサーチが78件(31.0%)、テキストの資料作成が66件(26.2%)、内部データのみを使った調査・リサーチが63件(25.0%)、文章執筆と要約がそれぞれ58件(23.0%)だった。一方、分析・比較・ラベル付けは前回の20件(8.3%)から57件(22.6%)に増え、使い方が文章作業から一歩進み始めた兆しもある。政府は自律型エージェントに向けた指針の見直しに入っており、その中身は政府の生成AI指針、AIエージェントのルール整備へ 送金など取り消せない操作に職員の確認案で伝えた。

使う範囲が広がれば、計算を支える土台の大きさも問われる。

計算の土台は米国の6% データセンターは242か所

AIを動かす計算資源の受け皿は、米国と桁が違う。情報通信白書によると、2025年11月時点のデータセンターの数は米国が4165で、2位以下の15か国を合計しても4061にとどまり、米国に集中している。日本は242で、米国の6%程度だった。

市場の伸びも続く。世界のデータセンター市場(売上高)は2025年に5275億ドルと見込まれ、2030年には7391億ドルまで広がると予測されている。日本のデータセンターサービス市場は2025年に253億ドルの見込みで、2030年には351億ドルまで拡大するという。いずれも約半分はネットワークに関わる機器やサービスが占める。

予算要求が基盤モデル開発や計算資源(GENIACは事項要求)に厚いのは、この差を埋める狙いと重なる。国別の比較はデータセンター、日本は242か所 米国は4165か所で2位以下15か国の合計4061か所を上回る 国内クラウド市場は4兆4930億円に、電力の余る地方に計算を分散させる試みはAIの計算を電気の余る地方へ 総務省の分散データセンター実証7件が始動 三鷹・札幌・広島を光で結ぶ検証もにまとめた。

作る力と使う力の次に問われるのが、AIを安全に使えるかを確かめる力である。

安全の確認は分野ごとの評価から 予算に金額は示されず、被害の相談は3倍

安全を確かめる仕組みは動き出したが、まだ評価の枠組みづくりの段階にある。政府のAIセーフティ・インスティテュート(AISI)は2026年10月、AIの安全性評価に関するビジョンペーパーを第2.0版に改め、ヘルスケア、ロボティクス、教育、ジオAI(地理空間情報)の4分野で、利用者がリスクを理解することを前提にした評価の枠組みを整える方針を示した。分野をまたいで求められるデータ品質や適合性の評価の枠組みも加えた。

AISIは個別のモデルの検証も公表している。重みが公開されたモデル「GLM-5.2」を、既知の41件の脆弱性を使うサイバー攻撃の評価にかけたところ、一部の高度な能力には到達したものの、比較した高性能モデルとの差は残った。AISIは、攻撃コードを作り上げる高度な能力の公開モデルへの広がりは「現時点では限定的」と結論づけた。結果の詳細は重みが公開されたAI、攻撃コードの開発能力は「限定的」 IPAのAI安全機関が評価 16点満点の平均はGLM-5.2が2.80、Claude Opus 4.8は5.22に載せた。

ただ、予算要求の資料でAISIの高性能AIの安全性・リスク評価は「金額の特定はできない」施策として扱われ、金額は示されていない。「信頼性を高める」の方針で挙がった主な施策も、政府全体のサイバーセキュリティ対策は事項要求で、金額の示された項目は無い。

その間にも、AIを売り文句にした被害は増えている。国民生活センターによると、AI講座やSNS運用講座などビジネス講座に関する相談は、2020年度の1169件から2025年度は3551件に増え、2026年度も7月31日までに1121件寄せられた。前年度の同じ時期は821件だった。Web会議で説明を受け、総額100万円を超えるクレジットを組んでオンラインのAI講座を契約した相談例もある。手口は「AI講座」「副業スクール」の相談3,551件 5年で1,169件から3倍に SNS広告からWeb会議へ誘われた契約は平均87万円に詳しい。「使い方がわからない」人が多いことは、こうした講座が売れる素地にもなっている。

結論 伸ばすべきは「作る」より「使いこなす」と「確かめる」

ここまでの数字をつなぐと、日本のAIの課題は、AIを作る力より、使いこなす人と安全を確かめる仕組みの細さにある。企業の86.4%が生成AIを使っていても、使い道は議事録とメールが中心で、研究・開発での活用や効果の実感は米国や中国に及ばない。使っていない人の38.8%は使い方が分からず、使っている人も勤め先から訓練を受けた割合が米国の半分にとどまる。政府自身の利用も汎用チャットが中心で、自律型エージェントは始まったばかりだ。

予算は、この構造とは逆の方向に厚い。令和9年度の要求では、主な施策として示された「創る」6件の約1兆6000億円に対し、人材育成の主な施策は約947億円で、安全性評価には金額が示されていない。データセンターの規模で米国と桁が違う以上、計算資源への投資には理由がある。ただ、白書が示したとおり、AIの導入効果は人への投資と組み合わさって初めて出る。

作ったAIが使われなければ、要求額の5.8倍は成果につながらない。年末に向けた予算編成で、開発への巨額投資に見合う「使う人を育てる投資」と「安全を確かめる体制」をどこまで積めるかが、日本のAI政策の実効性を左右する。