鯰博行外務審議官は10月12日、来日中のアリソン・フッカー米国務次官(政治担当)と東京で会い、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に関する日米協議を行った。外務省が発表した。鯰氏は高市早苗首相が5月に打ち出した「進化した」FOIPを説明し、両氏は地域の自律性と強靱性を高める具体的な取り組みを日米で積極的に進めることを確認した。沖縄県で起きた強盗殺人事件と、米国による国際刑事裁判所(ICC)への制裁についても、鯰氏が日本政府の立場を改めて伝えた。
「進化版FOIP」を説明、取り組みのすり合わせで一致
外務省の発表によると、鯰氏は冒頭、高市首相が5月に発表した「進化した『自由で開かれたインド太平洋』」について説明した。両氏は両国のインド太平洋地域へのアプローチをすり合わせ、地域の自律性・強靱性の強化に向けた具体的な取り組みを日米で積極的に推し進めることを確かめた。
進化版FOIPは、高市首相が5月2日、訪問先のベトナム・ハノイにあるベトナム国家大学での外交政策演説で打ち出したものだ。副題は「共に、強く豊かに」。外務省がまとめた概要によると、2016年に掲げたFOIPの中核的な理念は保ちつつ、AIを始めとする技術革新の加速や、グローバルサウスの台頭、地政学的な競争の激化といった時代の変化に合わせて、ビジョンを改めたと位置付けている。
概要は、インド太平洋の各国が「自らの運命を自らの手で決める」ために、経済・社会・安全保障のすべての面で自律性と強靱性を身に付けることが欠かせないと説く。日本はそのための取り組みを自ら進め、同盟国の米国や同志国と組んで域内の国々が求める協力を行う、という考え方だ。今回の協議で両氏が確認した「地域の自律性・強靱性」という言葉は、この概要の中心にある考え方と重なる。
重点分野には三つを挙げる。①エネルギーや重要物資のサプライチェーン強靱化を含む「AI・データ時代の経済基盤の構築」、②「官民一体での経済成長機会の共創とルールの共有」、③「地域の平和と安定のための安全保障分野での連携拡充」だ。
日米韓・日米豪印・日米比、同志国の枠組みを推進
両氏は、日米韓、日米豪印、日米比を含む同志国との連携を一層進めることでも一致した。北朝鮮情勢についても意見を交わし、北朝鮮の完全な非核化と拉致問題の即時解決に向けた決意を改めて確認した。今後も定期的に意見交換を続けることも確かめた。
進化版FOIPの概要には、こうした枠組みでの具体的な事業がすでに並んでいる。米国との協力では、日米による医薬品のサプライチェーン強靱化、日米韓による小型モジュール炉の導入支援、日米豪印による重要鉱物の取り組み、日米豪比によるサイバーセキュリティの演習を挙げる。医薬品では、日本国内で作る抗菌薬の製造体制を米国と組んで強め、同志国への供給力を高めるとしている。
太平洋の島国の通信網でも米国との協力を記す。概要によると、日本は米国、オーストラリアと組んでミクロネシア連邦、ナウル、キリバスでの新しい海底ケーブルの敷設を支えている。ツバルでは、同国にとって初めてとなる国際海底ケーブルの敷設を、米国、オーストラリア、ニュージーランド、台湾と連携して支援する。
米側発表はフィリピン・メコンの事業を名指し
米国務省も同じ12日、この協議の概要を発表した。米側はこれを2回目の日米FOIP対話と位置付け、FOIPのビジョンが10周年を迎えた節目の協議だったと記している。両国は米国の優先事項と高市首相の新しいFOIPがなお緊密にそろっていることを確認し、共有するビジョンを日米の国民と地域のための具体的な成果につなげると約束したという。
米側の発表は、外務省の発表より踏み込んだ事業名を挙げている。両氏は、重点国での戦略的なインフラに向けて両国の対外援助をそろえる方法を話し合ったとし、その例としてフィリピンの「ルソン経済回廊」と「日米メコン電力パートナーシップ(JUMPP)」を示した。東南アジアと太平洋の島国での海洋安全保障と海洋状況把握(MDA)を中心に、安全保障面の支援でも連携を強めることで合意したとしている。
経済安全保障では、重要鉱物のサプライチェーン、深海の鉱物資源開発、デジタルの接続性、エネルギー安全保障の進み具合を点検した。地域の安全保障では同盟国や友好国との連携を深めることを話し合い、日本と北大西洋条約機構(NATO)の協力の広がりを歓迎した。日米の防衛産業協力が進んでいることにも触れている。
海洋状況把握は、進化版FOIPの概要でも安全保障分野の柱の一つだ。概要は、東南アジアや太平洋の島国で大きな脅威になっている違法漁業や密輸に対応するため、日本の衛星データや情報分析の技術を使って各国の能力を高めると記す。
沖縄の事件とICC、外相会談に続き事務方でも
外務省の発表によると、鯰氏はこの機会に、10日に行われた茂木敏充外相とマルコ・ルビオ国務長官の電話会談を踏まえて、沖縄県で起きた強盗殺人事件について日本政府の立場を改めて伝えた。両政府の間で引き続き協議していくことも確認した。
事件は10月3日に那覇市で起き、米海兵隊員が逮捕された。茂木氏は翌4日、ジョージ・グラス駐日米大使を外務省に呼んで抗議し、米軍関係者の綱紀粛正と再発防止の徹底を求めた。10日の電話会談では、両外相が事件の発生を防ぐ実効性のある措置を取るため、日米で協議していくことを確かめている。経緯は茂木外相とルビオ国務長官が電話会談 沖縄の事件で再発防止協議、ICC制裁は日本の立場伝えるで伝えている。
ICCについては、鯰氏が米国の組織制裁に関する日本政府の立場を伝えたうえで、緊密に意思疎通を続けることで一致した。米国務省は9日、大統領令14203号に基づき、これまでに17者を制裁してきたと説明したうえで、ICCそのものを制裁対象に指定すると発表した。米国内にあるICCの財産などは凍結される。日本は10日、カナダ、ドイツ、英国など7か国と外相共同声明を出し、「米国による裁判所への制裁の発表を遺憾に思い、強く反対します」と表明した。各国の反応は米国がICCそのものを制裁、日本など8か国が外相声明で反対 茂木外相は赤根所長と電話会談に詳しい。
外務省の発表が沖縄の事件とICCに段落を割いたのに対し、米国務省の発表にはこの2点への言及が無かった。両氏は最後に、厳しい安全保障環境の中で日米同盟をさらに強め、幅広い協力を進めるため引き続き共に取り組むことを確認した。この結びの一文は、10日の外相電話会談の発表とほぼ同じ書きぶりだ。
FOIPとは、10年で2度の改訂
FOIPは、2016年にケニアを訪れた安倍晋三首相(当時)が示した日本外交のビジョンだ。高市首相はハノイの演説でこの経緯に触れ、安倍氏が太平洋とインド洋、アジアとアフリカを結ぶ「インド太平洋地域」を国際社会の平和と繁栄の鍵と位置付け、「威圧からの自由」「法の支配」「市場経済」を守るため日本が役割を果たすと述べたと振り返った。そのうえで、この考え方が米国を始め多くの国の外交政策に影響を与えたとし、東南アジア諸国連合(ASEAN)も2019年に「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を採択したと紹介している。
外務省のFOIPのページによると、2023年には岸田文雄首相(当時)がインドでの政策演説で「FOIPのための新たなプラン」を発表した。今年5月の進化版は、それに続く見直しにあたる。今回の日米協議は、進化版の発表から約5か月後、事務方の高官同士で日米の取り組みをすり合わせる場となった。
