厚生労働省は10月16日に開いた社会保障審議会医療保険部会に、出産費用を医療保険で賄う新しい給付方式について、検討の進め方の案を示した。保険診療以外の分娩にかかる費用は国が全国同水準の基本単価(分娩費)を定め、健康保険組合などの保険者から出産した施設へ直接支払う。妊婦の自己負担が生じない仕組みとし、これとは別に全ての妊婦へ定額の現金(出産時一時金)を支給する。部会は分娩費と出産時一時金の水準、保険料財政への影響などを議論し、12月ごろをめどに制度の全体像をとりまとめたいとしている。
一時金を引き上げても負担が減らない
いまの制度では、出産すると健康保険などから「出産育児一時金」が支給される。額は原則50万円で、本人への支給分48万8000円に、産科医療補償制度の掛金分1万2000円を加えたものだ。正常分娩は病気やけがの治療ではないため保険診療の対象外で、施設が自由に料金を決め、妊婦はそこから一時金を差し引いた残りを払う。
厚労省の資料によると、一時金は1994年10月に30万円で始まった。その後は出産費用の上昇に合わせて引き上げられ、2023年4月に42万円から50万円になった。この時は全施設の平均出産費用が約48万円(2022年度の推計額)になったことを根拠にした。2023年度の支給件数は77万件、支給額は3720億円だった。
| 時期 | 支給額(原則) | 主な理由 |
|---|---|---|
| 1994年10月 | 30万円 | 一時金を創設 |
| 2006年10月 | 35万円 | 国立病院機構等の平均分娩料34万6000円 |
| 2009年1月 | 38万円 | 産科医療補償制度の掛金3万円を上乗せ |
| 2009年10月 | 42万円 | 全施設の平均出産費用約39万円 |
| 2023年4月 | 50万円 | 全施設の平均出産費用約48万円 |
資料は、出産費用が年々上がる中で「現行の出産育児一時金は、支給額を引き上げても妊婦の負担軽減につながらないという課題」があると書き、給付の方式そのものを見直す必要があるとした。地域による差も大きい。2024年度の保険診療を伴わない分娩の平均出産費用は、最も高い東京都が64万8309円、最も低い熊本県が40万4411円だった。個室料などを含めた妊婦の合計負担額では、東京都が75万4243円、熊本県が46万634円となっている。
国が単価を決め、施設へ直接支払う
新しい方式は、6月5日に公布された健康保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第31号)で導入が決まった。改正の概要には「出産の標準的な費用に係る給付体系の見直し」と書かれ、施行は公布から2年以内に政令で定める日とされている。
柱は2つある。1つ目は「分娩1件当たり基本単価の設定」だ。保険診療以外の分娩対応の費用について国が基本単価を定め、保険者から施設へ直接支給する(現物給付化)。単価は全国同水準とし、施設の体制や役割を評価して加算を設ける。具体的な給付水準は告示で定める。
2つ目は「全ての妊婦に対する現金給付」だ。帝王切開や陣痛促進など、分娩に保険診療が伴うと妊婦には3割などの一部負担金が生じる。こうした費用の負担を軽くするため、全ての妊婦に定額の現金を支給する。金額は政令で定める。
このほか、妊産婦が「お祝い膳」などの付帯サービスを納得して選べるよう、施設にはサービスの内容や費用の情報提供を義務付ける。アメニティなどのサービスは引き続き自己負担となる。新制度の対象となる助産所・助産師は、厚生労働大臣が指定・登録する仕組みも設ける。妊婦健診についても、こども家庭庁の所管で「望ましい基準」内の検査の標準額を定める。
保険診療がどれだけ伴っているかについて、厚労省は全国健康保険協会(協会けんぽ)のデータを示した。2025年度に出産し、協会けんぽの加入者として一時金の請求があった約28万6000件のうち、診療報酬の算定があったのは約23万1000件で、全体の80.7%にのぼる。全保険者に広げた推計では、分娩に伴う療養の給付は約1311億円になる。
当分の間は施設が旧制度も選べる
新しい方式には経過措置がある。施設の選択により、当分の間は施設単位で現行の出産育児一時金の適用を受けることもできる。出産する施設が新方式を選ばなければ、妊婦はこれまでどおり一時金を受け取って費用を払うことになる。
この経過措置について、衆院厚生労働委員会(4月24日)と参院厚生労働委員会(5月28日)はそれぞれ附帯決議で、妊産婦の選択に不利益・不公平が生じたり、保険者に過度な事務負担が生じたりしないよう求めた。参院はさらに「できる限り多くの分娩施設が新たな給付体系を選択するよう促す」ことを加えた。
両院の附帯決議は、分娩費などの金額を決める際には医療保険財政と保険料負担への影響を十分に考えること、地域の分娩施設の経営実態を踏まえた標準的費用の設定や加算を講じることも求めている。資料によると、分娩を扱う医療機関は出生数の減少とともに減っており、2023年時点で最も多い東京都の147施設に対し、最も少ない高知県は9施設だった。2024年の出生数は68万6173人で過去最少となった。
12月ごろまでに決める4つの論点
厚労省が部会に示した「今後の議論の進め方(案)」は、検討する項目として①分娩1件あたりの基本単価(分娩費)の給付水準②妊婦に対する現金給付(出産時一時金)の給付水準③保険料財政への影響④アメニティ等のサービスの見える化のあり方――の4つを挙げた。
進め方は、10月に議論の進め方を整理し、基本単価と現金給付の水準の考え方、見える化のあり方を議論する。続いて実態調査などの結果を踏まえて給付水準を議論し、施設の経営状況や保険料財政への影響も検討する。10月に検討を始めた別の有識者会議「妊娠・出産・産後における診療やケアの内容等に関する検討会」の取りまとめも踏まえ、12月ごろに給付水準を含む制度の全体像をとりまとめる。妊婦への周知や医療現場の準備期間を確保するためで、最終的には中央社会保険医療協議会(中医協)に諮問する。
検討の場は分担する。出産に係る診療やケアの内容・体制は検討会が論点を整理し、施設基準は中医協が検討する。給付水準、出産費用の見える化、施行時期は医療保険部会が受け持つ。
経緯:「保険適用」から「自己負担の無償化」へ
出産費用の保険適用は、2023年12月22日に閣議決定された「こども未来戦略」で、2026年度をめどに「出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め」検討するとされたのが出発点だ。2024年5月には出産費用を施設ごとに比べられる厚労省のウェブサイト「出産なび」の運用が始まった。
その後、厚労省の検討会が2025年5月14日に公表した議論の整理で「標準的な出産費用の自己負担無償化に向けた具体的な制度設計を進めるべき」とし、同年6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」も、2026年度をめどに「標準的な出産費用の自己負担の無償化に向けた対応を進める」と明記した。医療保険部会は同年12月25日に議論の整理を公表し、妊産婦からは費用負担の軽減と納得感の向上を求める声、産科医療関係者からは産科施設の厳しい経営状況や地域の医療体制を守る重要性についての意見が出たとまとめている。
この流れを受けた改正法が2026年6月に公布され、制度の骨格は固まった。残るのは分娩費と出産時一時金をいくらにするかという金額の設計で、12月ごろのとりまとめで妊婦の負担と保険料の負担の両方の大きさが見えてくる。部会の次回(第219回)は11月5日に開かれる予定で、議題は後期高齢者の保険料などとなっている。
