環境省と農林水産省は10月27日、犬パルボウイルス感染症を予防する犬用の遺伝子組換え生ワクチン1件について、カルタヘナ法に基づく承認に先立ち、国民から意見を募る手続きを始めた。申請したのはMSDアニマルヘルス株式会社。学識経験者は、決められた使い方を守る限り野生動物などの生物多様性に影響が生じるおそれはないとした申請者の結論を「妥当」と判断しており、両省は主務大臣である農林水産大臣と環境大臣が承認する予定だとしている。意見の受け付けは11月25日まで。
承認されようとしているワクチン株
対象は「改変VP2蛋白質遺伝子導入犬パルボウイルス CPV 630a株」と名付けられたウイルスで、犬に接種する生ワクチンの成分になる。
申請書や学識経験者の意見によると、土台(宿主)にしたのは「CPV 154株」と呼ばれる弱毒化した犬パルボウイルスだ。この株を含む犬用ワクチンは1980年代から世界各国で使われ、日本でも2000年に製造販売が承認されている。
この宿主に、別の犬パルボウイルス「Jes株」に由来するカプシド(ウイルスの殻)の遺伝子を組み込んだ。組み込んだのは、殻の約90%を占める「VP2」というたんぱく質の遺伝子で、Jes株の配列を2塩基置き換えたものだという。どのアミノ酸を置き換えたかは「社外秘」として公開資料では伏せられている。
一方、ウイルスの増殖や病原性に主に関わる「NS遺伝子」の配列は、弱毒化した宿主と同じままだ。学識経験者の意見は、このワクチン株が犬パルボウイルス以外の生物の遺伝子を含んでいないことを確認している。
犬パルボウイルスは、感染した犬の糞便が口や鼻に触れることでうつり、犬に下痢を起こす。申請書は、2か月齢未満の子犬で特に重症化しやすく死亡率が高いこと、潜伏期間は3〜10日であることを挙げている。人を含む霊長類への感染例は報告されておらず、人と動物の共通感染症ではない。
カルタヘナ法の「第一種使用」とは
カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)は、遺伝子を組み換えた生物が野生の動植物に悪影響を与えないよう、使う前に評価する仕組みを定めている。
環境省の発表によると、組換え生物を環境中への拡散を防がずに使う場合を「第一種使用等」と呼ぶ。畑での遺伝子組換え作物の栽培が典型例で、使う者は使用方法などを定めた「第一種使用規程」を作り、農水省と環境省に申請して事前に承認を受けなければならない。
今回の申請では、ワクチンの運搬と保管、治験、犬への接種、使用後の器具の廃棄などを使用の内容として挙げた。運搬・保管と廃棄には「生活力を有する遺伝子組換え生ワクチンを保有する接種動物」、つまり接種を受けた犬を運んだり預かったりする場合も含めている。接種の対象は犬で、「食用に供される可能性はない」と明記している。
専門家は4つの観点から評価
学識経験者の意見は、薬事・食品衛生審議会の動物用組換えDNA技術応用医薬品調査会で検討した結果をまとめたもので、次の4つの観点から申請者の評価を検討した。
| 観点 | 主な根拠 | 結論 |
|---|---|---|
| 他の微生物を減らす性質 | 宿主株は長年使用され報告なし。海外の市販後調査でも環境への害の報告なし | おそれなし |
| 病原性 | 犬・猫・フェレット・マウス・鶏への接種試験で病原性なし。犬で5代続けて接種しても病原性を示さず | おそれなし |
| 有害物質を作る性質 | 外来遺伝子を含まない。既知のアレルゲンとの有意な類似なし | おそれなし |
| 遺伝子を他のウイルスへ渡す性質 | 3日で感染防御が成立し、免疫でウイルスが排除される。猫パルボウイルスとの組み換えの可能性も「非常に低い」 | おそれなし |
病原性の評価では、接種した犬が排泄したウイルスを別の犬に接種することを繰り返し、5代を経ても病原性が戻らず、遺伝的にも安定していることを確かめた。意見は、こうした結果から、イヌ科やネコ科の感受性のある動物の生息に支障を及ぼすことは考えにくいとした。
申請書によると、犬パルボウイルスはイヌのほか、オオカミやコヨーテ、タヌキ、アカギツネ、アライグマ、イエネコなどでも感染例が報告されている。ただし、犬から分離した病原性のある株をアカギツネに実験感染させた例では症状は見られなかったという。
学識経験者は総合評価として、このワクチン株を第一種使用規程に従って使う限り、生物多様性への影響が生じるおそれはないとした評価書の結論は妥当だと結論づけた。
何のための組み換えか
申請書は、組換えワクチンを開発した理由として、子犬への接種で起きる2つの課題を挙げている。
1つ目は、母犬から受け継いだ抗体(移行抗体)の影響だ。子犬の最初のワクチン接種の時期は、移行抗体が徐々に減っていく時期と重なることが多い。移行抗体が多いうちに接種すると子犬が十分な免疫を作れず、逆に早く減った場合は接種前に感染する危険が高まる。申請書は、感染しうるのにワクチンによる免疫が得られない期間を「Immunity gap」と呼び、このワクチン株を含むワクチンは中〜高レベルの移行抗体があっても有効だったとしている。国内で承認されている犬パルボウイルスのワクチンは、いずれも4〜8週齢以上の犬に投与する用法になっている。
2つ目は、ウイルスの型の変化だ。1970年代に現れた最初の型(CPV-2)は世界的にほぼ姿を消し、現在は「2a」「2b」「2c」の3つの型が広がっている。組み込んだVP2遺伝子は2c型のJes株に由来する。申請書は、国内でも2025年に2c型の発生が報告されたと記し、このワクチン株が3つの型のいずれにも高い抗体反応を引き起こすことを確認したとしている。
申請書が引用する国内の調査では、下痢を起こした犬から犬パルボウイルスが見つかった割合は、2007〜2009年の1歳未満の症例で43.8%、2014〜2019年の症例で77%だった。ペットショップの4〜9週齢の健康な犬を調べた調査では検出率は2.6%だったが、調べた5店舗のうち3店舗で感染した犬が見つかった。ペットショップの飼養管理を巡っては、ペット店のうさぎ・ハムスターにケージの広さ基準 環境省が省令改正、27年6月施行のように、環境省が基準の見直しを進めている。
海外では51か国で承認、国内販売には別の承認が要る
申請書によると、このワクチン株を含む製品は海外で「Nobivac Puppy DP PLUS」などの名称で売られている。欧州で2020年12月9日に承認を得て以降、2024年5月時点で51か国が承認した。2024年7月までの累計で、環境中で問題となった事象の報告は無いという。販売数量は社外秘として伏せられている。
カルタヘナ法の承認は、生物多様性への影響についての手続きにとどまる。申請書によると、MSDアニマルヘルスは、このワクチン株に犬ジステンパーウイルスや犬アデノウイルス2型などの抗原を組み合わせた混合ワクチンについて、国内での製造販売承認の申請を予定している。
意見は電子政府の総合窓口(e-Gov)の意見提出フォーム、郵送、電子メールで受け付ける。郵送は11月25日必着。環境省と農水省が同時に募集しており、どちらか一方に出せば両省で考慮されるため、同じ意見を両省に出す必要はないとしている。
