高市早苗首相は10月28日、来日したドイツのフリードリヒ・メルツ首相と東京で会談した。両首脳は「日独首脳共同声明」と、「経済安全保障協力に関する日独首脳共同宣言」「先端技術協力に関する日独首脳共同宣言」の3つの文書を発出した。経済安全保障の宣言は、重要鉱物の供給源の多角化や重要技術の保護、AI(人工知能)に関するハイレベル対話の設置などを盛り込んだ。外務省が同日、会談の結果と文書の仮訳を公表した。
30分の会談、文書3本と覚書30件
外務省によると、会談は28日午後6時10分から約30分間行われ、続けて共同記者発表があった。その後、両首脳はメルツ首相に同行したドイツの経済代表団や日本の経済関係者と意見交換し、夕食会を開いた。共同声明によると、メルツ首相の訪日は28日から29日までの日程。
冒頭、高市首相は日独関係を「プレミアム・パートナー」と呼び、メルツ首相も同じ言葉で応じた。会談では、高市首相が欧州連合(EU)の産業加速化法案(IAA)について日本の「強い懸念」を伝え、EUに適切な対応を求めた。メルツ首相は「ハノーバー・メッセ2028」に日本がパートナー国として参加するよう求め、高市首相は受け入れる考えを示した。
訪日に合わせ、両国の政府機関の間で9件、企業や大学・研究機関の間で21件の覚書などが交わされた。外務省が一覧を公表している。
| 番号 | 文書 | 日本側 | ドイツ側 |
|---|---|---|---|
| 1 | 半導体エコシステム・パートナーシップに関する共同意向宣言 | 経済産業省 | 経済・エネルギー省 |
| 2 | クリーン水素等に関する共同意向宣言 | 経済産業省 | 経済・エネルギー省 |
| 3 | 重要鉱物分野に関する共同意向宣言 | 経済産業省 | 経済・エネルギー省 |
| 4 | フュージョンエネルギー研究分野の協力に関する共同意向表明書 | 文部科学省 | 研究・技術・宇宙省 |
| 5 | 研究協力と頭脳循環の促進に関する共同意向表明 | ― | ― |
| 6 | ハノーバーメッセ2028へのパートナー国参加に関する意向趣意書 | 日本貿易振興機構 | ドイツ・メッセ |
| 7 | 浮体式洋上風力発電プロジェクトの実現に向けた協力覚書(非公開) | 経済産業省 | シーメンス・エナジー |
| 8 | 陸上風力発電の産業基盤強化に関する協力覚書 | ― | ― |
| 9 | 海外における自国民保護に関する協力覚書 | ― | ― |
企業などの覚書には、NTTと独SAPのソブリンクラウドと業務向けAIでの協力、アストロスケールのデブリ除去衛星を独イザール・エアロスペースのロケットで打ち上げる合意などが並ぶ。
経済安保の宣言、重要鉱物と「経済的威圧」
経済安全保障の共同宣言は6章立てで、目的を「重要な依存関係の武器化から自らの国々を守る」ことなどと書いた。第1章では、重要鉱物をめぐる「恣意的な輸出規制や報復措置等の経済的威圧」が増えていることに「深刻な懸念」を表明し、過剰生産能力と市場のゆがみをもたらす「非市場的政策・慣行(NMPPs)」も拒むとした。宣言の中で特定の国の名前は挙げていない。
具体策の中心は、第3章のサプライチェーン(供給網)の強靱化と依存の低減だ。重要鉱物事業の開発と供給源の多角化を進め、「両国の自動車産業におけるレアアースの代替可能性を向上させる」と明記した。G7の枠組みを軸に、両国の公的金融機関と連携して採掘・精製・加工での依存を減らし、リサイクルや備蓄の取り組みも進める。協力を強める分野として、重要原材料、半導体、電池、電気自動車、産業用AI、ロボティクス、医薬品、風力発電を挙げた。経済産業省とドイツ経済・エネルギー省は、同じ日に重要鉱物分野の共同意向宣言に署名した。
中東での紛争を踏まえ、エネルギーの供給網を守る項目も設けた。国家石油備蓄制度での協力強化や国際エネルギー機関(IEA)との連携の重要性を確認している。
重要技術の保護とAI対話
第4章は重要技術の保護を扱う。重要技術を守ることが、重要鉱物、半導体、精密機械に関連する産業を維持するために欠かせないとし、技術管理の政策を実効的にするため、守るべき技術の特定や官民の対話を進めるとした。投資審査の政策と運用についても情報を共有する。
第5章ではAIを取り上げた。両国はAIに関するハイレベル対話の設置を歓迎し、「可能な限り早期に」初会合を開くよう求めた。日本の「AIセーフティ・インスティテュート」とドイツの同種機関を通じ、高性能AIモデルの安全性とセキュリティでも協力を探る。重要インフラへの悪用に留意するとしたほか、信頼できるパートナーの間で最先端の「フロンティアモデル」へのアクセスや連携が重要だと確認した。日本がAIサミットを早期に開催すると発表したことも歓迎した。このほか、6G、量子技術、半導体、造船を含む海事産業を協力分野に挙げている。
先端技術の共同宣言は、宇宙、フュージョンエネルギー(核融合)、クリーン水素、放射光科学などを並べた。宇宙では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とドイツ航空宇宙センター(DLR)の協力を挙げ、10月20日の火星衛星探査計画(MMX)の打ち上げ成功に祝意を示した。
「Made in」でなく「Made with」
宣言の第6章は、両国が「『Made in』という考え方ではなく、『Made with』のアプローチ」を原則として支持すると書いた。戦略的分野への産業支援策で、信頼できるパートナーである日本とEUの双方の利益が原則として相互に考慮されるよう、それぞれの政策で緊密に協力する。外務省の会談結果の発表は、高市首相がEUの産業加速化法案に懸念を伝えたことに続けて、両首脳が産業支援策で「双方の利益が互恵的な形で考慮されることの重要性」を共有したと記している。
第6章はこのほか、世界貿易機関(WTO)の強化と改革での協力、EUと環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の協力の深化、グローバル・サウスの国々への協調したアウトリーチを掲げた。
二国間の枠組みとしては、これまで2回開いた日独経済安全保障協議の実績を歓迎し、年内に次回の協議が開かれることへの期待を示した。日本は7月にもインドとの間で経済安全保障の文書を出している。高市首相、インドでモディ氏と会談 経済安保・AIで共同声明、官民で2兆円投資では、両首脳が「経済安全保障協力に関する日印共同宣言」を発表した。
防衛協力、「2+2」を早期開催へ
首脳共同声明は全31項目で、安全保障・防衛協力も扱った。両首脳は外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を早期に開くことを決めた。両国はそれぞれ国家安全保障戦略の策定・改定を進めており、声明はそれが同志国間の協力を強めるとの認識を共有したと記している。メルツ首相は日本の防衛装備移転三原則と運用指針の見直しを歓迎し、両首脳は防衛産業協力が深まることへの期待を表明した。日独間の物品役務相互提供協定(ACSA)、情報保護協定、防衛装備品・技術移転協定を基盤に、自衛隊とドイツ連邦軍の共同演習など運用面の協力を進める枠組みも探るとした。無人システムなどでの防衛産業・技術協力の推進でも一致した。
会談では、北朝鮮の核・ミサイルや拉致問題を含むインド太平洋の情勢、ウクライナ情勢についても意見を交わした。両首脳は力または威圧による一方的な現状変更に反対し、緊密に連携することを確認した。ウクライナ情勢では、メルツ首相が日本の支援に謝意を述べ、両首脳はウクライナ支援を進め、「公正かつ永続的な平和」の実現に向けて連携することで一致した。
共同声明の結語で、メルツ首相は高市首相に早期の訪独を要請した。両首脳は、2023年3月に第1回を開いた日独政府間協議の第2回を、来年ベルリンで開くことを目指すことで一致した。
