ロシア当局にスパイ容疑で拘束された北海道新聞の記者について、外務省は10月26日、在ロシア日本大使館の職員が同日に本人と領事面会を行ったと発表した。現地時間13日の拘束から13日後で、日本政府が求め続けてきた面会が初めて実現した。茂木外相は27日の記者会見で「領事面会ができたということは、その第一歩と考えております」と述べ、健康状態に問題はなく、食事も取れていると説明した。政府は今後も即時解放を求めていく。
大使館員が面会、健康状態に「問題ない」
外務省の発表は3文の短いものだ。対象は「現地時間10月13日にユジノサハリンスクで拘束された後にモスクワに移送された邦人1名」で、10月26日に「在ロシア日本国大使館員による領事面会を実施しました」としている。そのうえで「邦人の健康状態に問題がないことを確認しています」と記した。
面会の時刻は、翌27日の外相会見で明らかになった。茂木氏は冒頭発言の後の質疑で、面会は「日本時間の10月26日21時過ぎから」行ったと説明した。モスクワとの時差は6時間で、現地では同日午後3時過ぎにあたる。茂木氏は健康状態について「問題はないことを確認いたしました。食事もしっかり取れているということでありました」と述べた。面会の場所や時間の長さ、本人とのやり取りの内容には触れなかった。
質問したのは、記者が所属する北海道新聞の記者だった。面会が実現したことへの受け止めと、今後ロシア当局にどう働きかけるかを問われ、茂木氏は「領事面会は一刻も早くということで進めておりましたので、領事面会ができたということは、その第一歩と考えております」と答えた。
条約の「4日以内」から9日遅れ
日本政府が面会の遅れを問題にしてきた根拠は、旧ソ連時代に結んだ条約にある。茂木氏は20日の会見で、現在も有効な「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の領事条約の議定書」は、領事面会の権利を「逮捕又は拘禁の時から、遅くとも4日までの期間内に行使することができる」と定めていると説明していた。
この基準に照らすと、権利を行使できるはずの期限は現地時間17日までとなる。実際に面会できたのは26日で、期限から9日遅れた。茂木氏は20日の時点で「明確な理由が示されないまま、領事面会が実現されていない。このことは極めて遺憾だと考えております」と述べていた。ロシア側がなぜ面会を26日まで認めなかったのかは、27日の会見でも説明されていない。
条約上の手続きのうち、拘束した国が相手国に知らせる「領事通報」は先に済んでいた。茂木氏は16日の会見で、日本時間の同日未明にロシア側から通報があったと明らかにし、通報は「基本的には拘束から3日以内ということになっております」と説明した。通報の内容は、プライバシーに関わるとして公表していない。
召致から差し入れまで、面会実現までの経緯
政府はこの2週間、東京とモスクワの双方でロシア側に働きかけてきた。外務省の中村仁威(きみたけ)欧州局長は14日、ノズドリェフ駐日ロシア大使を召致し、日本政府が何の説明も受けていない中でロシア側が拘束を一方的に発信していることに強く抗議した。本人との接触の機会を速やかに設けることも求めた。
中村局長は20日にはモスクワを訪れ、ロシア外務省のヴォロビヨヴァ第三アジア局長と会談した。外務省の発表は「日露関係が厳しい状況にある中」でも意思疎通を続けることで一致したとしている。茂木氏は23日の会見で、この会談で領事面会の早期実現と即時解放を求める日本の要求を改めて伝えたと説明した。会談の経緯は外務省欧州局長がモスクワでロシア側と会談 拘束記者の領事面会と解放を要求で伝えた。
外務省は22日、記者が拘束されている拘置所を訪れ、家族が希望した品を差し入れた。茂木氏は23日、これは「あくまで差入れを行うということ」で、「領事面会はまだ行われておりません」と述べていた。面会が実現したのは、その4日後だった。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 10月13日 | FSBが記者の拘束を発表(現地時間)。モスクワへ移送 |
| 10月14日 | 中村欧州局長が駐日ロシア大使を召致し抗議 |
| 10月16日未明 | ロシア側から日本側へ領事通報(日本時間) |
| 10月17日 | 議定書の「4日」に照らした面会の期限(本紙計算) |
| 10月20日 | 中村局長がモスクワでロシア外務省の局長と会談 |
| 10月22日 | 外務省が拘置所を訪れ、差し入れ。面会は実現せず |
| 10月26日 | 大使館員が領事面会。健康状態に問題なし |
| 10月27日 | 茂木外相が会見で「第一歩」と説明 |
出典: 外務省の報道発表・外務大臣会見記録、ロシア連邦保安庁の発表
スパイ容疑の捜査続く、焦点は解放の時期
ロシア連邦保安庁(FSB)は13日の発表で、記者を「ロシア外務省に登録された北海道新聞のユジノサハリンスク支局の特派員」と特定した。日本の特務機関の一つのためにスパイ活動をした疑いがあるとし、出国の前日にサハリン州で拘束してモスクワに移送したとしている。FSBの捜査部門は、ロシア刑法第276条(スパイ活動)に基づいて刑事事件の捜査を始めたという。
日本政府はこの容疑を否定している。高市首相は15日の会見で、日本政府がロシアでスパイ活動をしているのかと問われ、「そのような事実はございません」と答えた。そのうえで、国内法が異なるため「その容疑とおっしゃっていることの詳細もまだわかりません」としつつ、「日本は日本の立場をしっかりと伝えていく」と述べた。拘束直後の政府の対応はロシアが北海道新聞記者の拘束を領事通報 首相「スパイ活動の事実ない」で詳しく伝えた。
面会の実現で、日本政府は本人の健康状態を直接確かめられるようになった。茂木氏は16日の会見で、面会の目的として本人の健康状態と事実認識の確認を挙げ、「その上で、状況に応じて、最も適切な働きかけを行っていきたい」と述べていた。今回の発表と会見で明らかにされたのは健康と食事の状況までで、本人が容疑をどう受け止めているかは公表されていない。
茂木氏は27日、今後について「ロシア政府に対して、邦人の即時解放、人道的配慮、そして公正・公平な取扱いを強く求めていくことを含めて、邦人保護の観点から、全力で取り組んでまいりたい」と述べた。外務省の26日の発表も同じ文言で結んでいる。
FSBが刑事事件の捜査を始めたと発表している以上、解放には捜査と司法手続きの行方が関わる。一方で日本政府は、ロシアでスパイ活動をしている事実はないとの立場を首相自ら示している。条約の期限を9日過ぎてようやく実現した面会を、即時解放にどうつなげるのか。政府は面会で得た本人の状況を踏まえ、ロシア側との意思疎通の経路を使って働きかけを続けることになる。
