政府は10月23日の定例閣議で、「重大テロ等発生時の政府の初動措置について」の一部改正を決定した。テロが起きたときに政府がどう情報を集め、誰を長とする対策本部を置き、どう閣議を開くかを定めた1998年4月10日の閣議決定で、改正は7月24日に続き今年2度目になる。内閣官房が公表した改正後の決定文では、化学・生物・放射性物質・核・爆発物を使う「CBRNE(シーバーン)テロ」の場合に、対策本部に専門家会議を置く規定が入った。
閣議では葉梨氏が発言、改正は今年2度目
首相官邸の閣議案件一覧によると、改正は一般案件として内閣官房が提出した。官房長官は同日午前の記者会見の冒頭で閣議の概要を説明し、大臣発言として「葉梨大臣から『重大テロ等発生時の政府の初動措置についての一部改正について』」発言があったと紹介した。閣僚名簿では、葉梨氏は国家公安委員会委員長で、CBRNEテロ対策担当を兼ねる。同日の国家公安委員長の記者会見要旨は「関連発言なし」としている。
決定文の冒頭にある改正履歴を見ると、この決定は1998年の策定以来、2000年12月から2006年12月までに4回改正された。その後20年近く手が加えられず、2026年に入って7月24日と10月23日の2回改正された。インターネット・アーカイブには内閣官房の同じ文書が2011年3月から2026年5月20日まで同一の内容で保存されており、2006年の改正後の文面が今年まで使われていたことが確かめられる。
| 決定・改正の日 | 施行日 |
|---|---|
| 1998年4月10日 閣議決定 | ― |
| 2000年12月26日 一部改正 | 2001年1月6日 |
| 2001年5月8日 一部改正 | ― |
| 2001年11月2日 一部改正 | ― |
| 2006年12月26日 一部改正 | 2007年1月9日 |
| 2026年7月24日 一部改正 | 2026年7月31日 |
| 2026年10月23日 一部改正 | 閣議決定の日から実施 |
出典: 内閣官房「重大テロ等発生時の政府の初動措置について」
何が変わったか 報告経路と専門家会議
2006年の改正後の文面と、10月23日の改正後の文面を突き合わせると、主に4点が違う。
| 項目 | 2006年改正後 | 2026年10月改正後 |
|---|---|---|
| 首相らへの報告の経路 | 内閣情報調査室を通じて報告 | 国家情報局を通じて報告 |
| 対策本部の本部員 | 関係閣僚、官房副長官、内閣危機管理監、警察庁長官など | 左に国家情報局長を追加 |
| CBRNEテロの専門家会議 | 規定なし | 対策本部に「CBRNEテロ専門家会議」を置く |
| 運営の委任 | 規定なし | 対策本部の運営などは本部長が定める |
出典: 内閣官房の決定文(2026年10月23日改正後)、インターネット・アーカイブの2011年3月22日保存版(2006年改正後)
新設の第3項は、重大テロがCBRNEテロと思われる場合に、対策本部にCBRNEテロ専門家会議を置くと定める。専門家会議は「政府としての対処について調査審議し、必要があると認めるときは、本部長に意見を述べる」とされ、委員は本部長が任命する。対策本部は首相の判断で内閣に置かれ、首相か官房長官が本部長を務める。項目が1つ増えたため、初動措置の推進、迅速な閣議手続、他の重大事案への準用はそれぞれ1つずつ番号が繰り下がった。末尾には「この規程は、閣議決定の日から実施する」との附則が付いた。
一方、テロと思われる事案が起きたときに警察庁、消防庁、法務省、外務省、厚生労働省、国土交通省、海上保安庁、防衛省の8省庁が首相らに報告する仕組みや、閣僚全員が集まれないときに電話などで閣議決定する手続きは変わっていない。
7月24日の改正がどの部分だったかは、改正後の文面だけでは切り分けられない。7月改正後の文書は公表資料にもインターネット・アーカイブにも見当たらず、政府は2回の改正それぞれの新旧対照を示していない。
手がかりは7月の閣議にある。7月24日の閣議案件一覧には「国家情報会議設置法の施行に伴う既往の閣議決定の整理について(決定)」が並び、同日の閣議議事録によると、同法の施行日を7月31日とする政令、内閣情報調査室の廃止などを定める政令とあわせて、「既往の閣議決定の整理を行うこと」が決定された。施行日の7月31日は、初動措置の決定文に記された7月改正の施行日と一致する。同じ閣議では、内閣情報官の原和也氏を国家情報局長に任命することも決まった。内閣情報調査室の廃止と国家情報局の設置に合わせ、報告の経路を書き換えたのがこの整理だったとみられるが、政府は改正の中身を個別には説明していない。
8月の中間取りまとめが専門家会議を打ち出していた
CBRNEテロ専門家会議は、内閣危機管理監を議長とする関係省庁の局長級会議「CBRNEテロ対策会議」が8月24日に決めた「CBRNEテロから国民を守り抜くためのアクションプラン(中間取りまとめ)」で、創設を掲げていたものだ。取りまとめは「司令塔機能の強化」の最初の項目に、テロ発生時に設置される閣僚級の対策本部会議に対して「被害の見通しや対策などを助言・提言する専門家会議を創設する」と書き、個々の専門家のオンライン参加も使うとしていた。
取りまとめは、1995年3月20日の地下鉄サリン事件を受けて今回の閣議決定などが作られたと振り返った上で、「地下鉄サリン事件の発生から30年余が経過し、この間における科学技術の進展は著しい」と指摘した。小型無人機が爆発物を使った攻撃に悪用された例があることや、化学剤や生物剤の散布に悪用される懸念、生成AIなどの悪用の可能性を挙げ、中東情勢の緊迫によるCBRNE兵器の拡散も懸念として示した。
対策会議は1月23日に初会合を開いた。首相官邸によると、木原官房長官は高市首相からCBRNEテロ対策を強力に推進するよう指示があったと述べ、医療との連携などで専門的知見を生かす枠組みの構築、初動措置の訓練と装備資器材の充実、治療に要る医薬品の備蓄と搬送方法の具体化、国が速やかに責任をもって対処に当たる制度の検討、関連技術の動向把握の5点を指示した。5月に2回目の会議、6月に原因物質が分からない状況を想定した図上訓練を経て、8月の取りまとめに至った。
備蓄や訓練の具体化はこれから
中間取りまとめは専門家会議のほかにも多くの施策を並べており、今回の閣議決定の改正はその一部を政府の初動の手順に組み込んだ形になる。取りまとめでは、テロ発生時に武力攻撃事態対処法に基づく「緊急対処事態」の認定を積極的に検討し、早く認定できるよう内閣官房の国家危機管理室を中心に平素から手続きの訓練をするとした。被害者の治療に要る危機対応医薬品の製造体制と備蓄を強め、原子力災害などに備えて備蓄している安定ヨウ素剤を核・放射性物質のテロでも使えるようにする枠組みをつくることも盛り込んだ。
医薬品の搬送方法、現場の関係機関の統合的な運用、CBRNEの脅威に関する情報の分析などは、それぞれ関係省庁の分科会を設けて検討する。検討や調整を要する施策は、テーマごとに実務者級で詰めた上で関係副大臣会議で協議するとしている。取りまとめは位置付けを「中間取りまとめ」とし、訓練の結果や科学技術の進展、国際情勢の変化に応じて見直すとしている。今回の改正で専門家会議を置く根拠は閣議決定に入ったが、委員の人選や、取りまとめが掲げたほかの施策の具体化はこれからになる。
