国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のバルハム・サーレハ高等弁務官が来日し、10月21日午後2時10分から約20分間、茂木敏充外務大臣と会談した。外務省が同日発表した。前日の10月20日には首相官邸で高市総理大臣への表敬も行われている。会談で茂木外相は、難民が長期的に人道支援に依存する状況を半減させるというサーレハ高等弁務官の取組を評価し、サーレハ高等弁務官は長年の日本からの支援に深い謝意を示した。
会談は20分、冒頭に職員への敬意
外務省の発表によると、茂木外相は冒頭、中東をはじめ難民・避難民の置かれている環境はより過酷になっているとした上で、難民・避難民に寄り添い支援を行うUNHCRの職員に敬意を表したいと述べた。そのうえで、難民が長期的に人道支援に依存する状況を半減させるというサーレハ高等弁務官の取組を評価する旨を伝えた。
茂木外相はさらに、故・緒方貞子元国連難民高等弁務官が提唱した「人間の安全保障」の観点に立ち、人道状況を改善すべく共に取り組んでいきたいと述べた。外務省の説明では、人間の安全保障は人間一人ひとりに着目し、生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、保護と能力強化を通じて持続可能な個人の自立と社会づくりを促す考え方である。従来の国家を中心に据えた捉え方だけでは今日の国際課題に対処しきれないという問題意識から整理された。
この考え方と緒方氏はUNHCRの職を通じて結び付いている。外務省の経緯の説明によると、2000年の国連ミレニアム総会で森総理大臣(当時)が日本として人間の安全保障を外交の柱に据えることを宣言し、2001年1月には12名の有識者による「人間の安全保障委員会」の創設が発表された。その共同議長に就いたのが、当時国連難民高等弁務官だった緒方氏と、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ学長だったアマルティア・セン氏である。委員会は5回の会合などを経て2003年2月に最終報告書の内容を小泉総理大臣(当時)に報告し、同年5月にアナン国連事務総長(当時)へ提出した。会談の冒頭でこの語が出たのは、日本側が難民支援を一過性の救援ではなく外交の立て方の一部として説明したためである。
これに対しサーレハ高等弁務官からは、長年の日本からの支援に対する深い謝意が表されるとともに、世界各地の難民・避難民を支援すべく、引き続き日本と緊密に連携していきたい旨の発言があった。
双方は、難民・避難民支援は一国のみならず地域の平和と安定に寄与するものであり、国際機関との戦略的な連携はグローバルな危機管理につながるとの認識を改めて共有した。支援を人道上の課題としてだけでなく、地域の不安定化を防ぐ手立てとして説明した点が、今回の発表文の特徴である。
「人道支援に長期的に依存する状況を半減」とは何を指すのか
茂木外相が評価した「難民が長期的に人道支援に依存する状況を半減させる」という取組は、難民が避難先で何年も配給や現金給付に頼って生活する状態を減らすという考え方である。紛争が長引けば避難生活も長期化し、避難先の国で働くことも移動することも制限されたまま、支援団体の予算の増減に生活が左右される。その数を減らすには、難民が自分で生計を立てられるようにする道筋、つまり就労や職業訓練、子どもの就学を認める受け入れ国側の制度が必要になる。
この方向は、今年4月に外務省で開かれた日・UNHCR政策協議でも議題になっていた。外務省の発表によると、協議は4月21日に行われ、日本側は西崎寿美外務省人道支援担当大使、UNHCR側はケリー・クレメンツ国連難民副高等弁務官がそれぞれ団長を務めた。長期化する人道危機のなかで、難民の自立促進に向けた持続可能な支援の必要性や、国際協力機構(JICA)、民間企業、NGOを含む様々なアクターとの連携強化の重要性が話し合われた。
21日の会談でも、双方は「人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)」の更なる推進と、民間セクターとの連携の重要性について意見交換した。HDPネクサスは、緊急の人道支援と、学校や水道などを整える開発協力、紛争の再発を防ぐ平和構築を別々に動かさず、同じ地域で一体として進める進め方を指す。避難が長期化した土地では、食料配布だけを続けても生活が自立に向かわないため、国連や各国政府が近年この用語を使って支援の組み替えを説明している。
日本の拠出がUNHCRを通じて現場に入る例は今年もある。外務省は10月6日、イエメンとジブチに合計1,000万米ドルの緊急無償資金協力を決定し、このうちジブチ向けの200万米ドルはUNHCRが保護やシェルター、生活必需品に充てることとした(イエメンとジブチに緊急無償資金協力1,000万ドル 外務省が決定 内訳はイエメン800万・ジブチ200万、WFPなど国連4機関経由で食料と保健)。
協議の枠組みは政策協議とフォーラムの二本立て
外務省の難民関係のページに並ぶ発表を見ると、日本とUNHCRのやり取りは、年1回の日・UNHCR政策協議と、グローバル難民フォーラム(GRF)に関する会合という二つの枠組みで積み上げられている。政策協議は令和6年5月24日、令和7年4月23日、令和8年4月22日と毎年結果が公表されており、実務レベルで支援方針を詰める場になっている。
GRFの側では、令和7年11月25日に第3回日本グローバル難民フォーラム・ネットワーク会合が開かれ、同年12月18日のGRF進捗レビュー会合には西崎人道支援担当大使が出席した。4月の政策協議は、この進捗レビュー会合での取組をさらに進めるという位置づけで開かれている。ネットワーク会合は、政府だけでなく企業や自治体、大学、NGOが難民支援の取組を持ち寄る場として設けられたものだ。
高等弁務官や副高等弁務官の来日も続いている。令和8年4月21日にはクレメンツ副高等弁務官が英利外務大臣政務官を表敬し、前年の令和7年10月15日には当時のフィリッポ・グランディ高等弁務官が岩屋外務大臣と会談し、赤堀外務審議官とも意見交換している。人道支援の資金が各地で足りない状況は続いており、国連がアフガニスタンの人道対応計画について必要額の30%しか資金が集まっていないと安全保障理事会に報告した例もある(アフガン人道計画、資金は必要額の30%どまり 国連が安保理に報告 今年120万人が帰還、1人当たり所得は5.6%減)。
日本国内の受け入れは三つの道筋
UNHCRとの協力の一方で、日本が国内で難民を受け入れる道筋は三つある。第一が難民条約に基づく難民認定である。出入国在留管理庁の説明によると、難民の地位に関する条約と議定書が1982年に日本について発効したことに伴い、条約の規定を国内で実施するために難民認定制度が整備された。認定を受けた外国人には原則として在留資格「定住者」が与えられ、永住許可の要件のうち「独立の生計を営むに足る資産又は技能」に相当する部分を満たさない場合でも、法務大臣の裁量で永住許可を受けられる。難民旅行証明書の交付も受けられ、有効期間内は原則として何度でも出入国できる。
認定にあたっては、申請者が自ら難民であることを立証することが求められる。提出資料だけで立証が十分でない場合は、難民調査官が公務所などに照会して申し立ての事実関係を調べる。在留資格を持たない外国人が、上陸した日から6か月以内に申請したなどの要件を満たす場合は仮滞在が許可され、その間は退去強制手続が停止される。ただし、在留資格未取得の外国人による3回目以降の申請では、認定を行うべき相当の理由がある資料が提出されない限り、送還は停止されない。
第二が補完的保護対象者の認定である。難民条約上の難民には当たらないものの、紛争などから逃れた人を保護する枠組みで、認定されると補完的保護対象者認定証明書が交付される。難民認定と補完的保護対象者の認定は同じ申請書で扱われ、審査を待つ間は在留資格「特定活動(難民認定等申請者用)」への変更を申請できる。
第三が第三国定住である。出身国から避難して隣国の難民キャンプなどで一時的な庇護を受けている難民を、新たに受け入れに合意した第三国へ移して定住を認める仕組みで、自発的帰還と第一次庇護国への定住と並ぶ恒久的解決策の一つに位置づけられている。UNHCRが国際社会での負担の分担という観点から各国に受け入れを推奨しており、日本は2010年度からパイロットケースとして始めた。
| 時期 | 受け入れの枠組み |
|---|---|
| 2010年度〜 | パイロットケースとして開始(平成20年12月16日付け閣議了解) |
| 2015年度〜 | 本格実施。マレーシアに一時滞在するミャンマー難民を毎年約30名 |
| 2020年度〜 | 対象をアジア地域に一時滞在する難民(出身国・地域を問わない)に拡大。年約60名の範囲内とし、受け入れ回数を年1回から2回へ。家族単位に加え単身者も対象、家族呼び寄せの対象を親族に |
受け入れられた第三国定住難民には、日本で自立して安定した生活を送れるようにするための定住支援プログラムが提供される。難民認定を受けた外国人や補完的保護対象者も、希望すれば同様のプログラムに参加できる場合がある。
高等弁務官の交代の時期は確認できていない
今回来日したサーレハ高等弁務官について、外務省の難民関係のページに名前が出てくるのは、10月20日の高市総理大臣表敬と21日の茂木外相との会談が最初である。同じページでUNHCRのトップとして記載されているのは、令和7年10月15日の岩屋外務大臣との会談まではグランディ氏だった。交代がいつ、どのような経緯で行われたかは、UNHCRの公式サイトがサーバ側で閲覧を拒否するため、本記事の作成時点では一次情報で確認できていない。確認できた範囲では、副高等弁務官は令和8年4月の政策協議の時点から引き続きクレメンツ氏が務めている。
高市総理大臣への表敬について、首相官邸の「総理の一日」は、令和8年10月20日に総理大臣官邸でサーレハ高等弁務官による表敬を受けたという事実と、表敬の様子の動画を掲載している。やり取りの内容は公表されていない。21日の会談を所管するのは外務省国際協力局の緊急・人道支援課で、発表には日本語版と英語版が置かれている。
今回の表敬と会談では、新たな拠出額や具体的な事業の決定は公表されなかった。日本からUNHCRへの資金がどの規模になるかは、各年度の予算と緊急無償資金協力などの個別の発表で示される形になる。日・UNHCR政策協議の結果公表は令和6年5月24日、令和7年4月23日、令和8年4月22日と年1回続いており、4月の協議で詰めた方針を高等弁務官の来日で確認するという順序が、この1年の日本とUNHCRのやり取りの形になっている。
