国際決済銀行(BIS)の決済・市場インフラ委員会(CPMI)は10月29日、報告書「進化する決済システムにおける中央銀行および中央銀行マネーの役割」(原題:The roles of central banks and central bank money in the evolving payment system)を公表した。中央銀行が発行するお金(中央銀行マネー)が決済の中で果たす役割を、2003年8月の報告書を土台に整理し直したもので、ステーブルコインやトークン化預金、ノンバンクの決済事業者の広がりを踏まえ、中央銀行が取り得る政策手段と考慮すべき事項を並べた。日本銀行は11月2日、紹介ページと要旨の仮訳を公表した。
2003年の報告書を土台に、変わった決済の姿を点検
CPMIはBISが事務局を置く国際的な基準設定主体で、資金や証券の決済の仕組みの安全性と効率性を高めることを目的とする。今回の報告書は、前身の決済システム委員会(CPSS)が2003年8月に公表した「決済システムにおける中央銀行マネーの役割」の分析の枠組みを引き継ぎ、その後の環境の変化が中央銀行に何をもたらすかを考察した。BISとCPMIが2024年10月に20か国・地域(G20)向けにまとめたトークン化の報告書にも続くものと位置づけている。
報告書は、決済を巡る環境が3つの形で変わったとみる。1つ目は実体経済や金融システムの発展に伴う決済需要の構造変化、2つ目は電子マネーやステーブルコインの発行主体といったノンバンクの決済事業者を含む、より多様な主体の参入、3つ目はトークン化を中心とする新しい技術だ。トークン化によって、お金の「発行」「記録」「移転」の機能を切り分けられるようになり、複数の資産や金融機能を1つの基盤に載せやすくなった。BISの発表文によると、報告書が取り上げたのは即時決済の仕組み、ノンバンクの決済事業者、トークン化預金、ステーブルコイン、プログラム可能な基盤の5つの分野である。
CPMIの議長を務めるイタリア銀行のファビオ・パネッタ総裁は発表文で「決済は金融の最前線だ。新しい技術が最初に使われ、新しいビジネスモデルが形になり、新しいリスクが表に出るのは決済の分野だ。中央銀行はこの最前線を遠くから眺めているわけにはいかない」(本紙訳)と述べた。
中央銀行マネーは「信頼の礎」 民間の決済手段とは補い合う関係
報告書は、技術が変わっても決済の基本的な性質は変わらないとする。決済の仕組みは参加者が多いほど使い勝手が良くなる「ネットワーク効果」を持ち、集中が進みやすい。集中は規模の経済で費用を下げる一方、競争や新しい技術の導入、決済全体の強さを損なう恐れもある。
その土台にあるのが「マネーへの信頼」だと報告書は書く。中央銀行マネーは、大口の資金を動かすシステミックに重要な決済システムで最終的な決済に使われ、銀行預金や電子マネーなど形の違うお金を額面どおり(等価)で交換できる状態を支える。要旨の仮訳は、この状態を「マネーの単一性」と呼ぶ。
各国の決済は階層構造になっており、中央銀行マネーが最上位に置かれる。中央銀行に口座を持つ直接参加者(伝統的には商業銀行)同士が中央銀行マネーで決済し、その下でほかの銀行やノンバンク、企業、家計に口座と決済サービスを提供する。報告書は、中央銀行マネーは「実務に適しかつ利用可能な場合には」システミックに重要な決済システムで決済資産として使われるべきだとした。そのうえで、中央銀行と民間のどちらか一方が経済の全てのお金を供給する状態では、安定性も効率性も十分に確保できないとし、両者は補い合う関係にあると整理した。
新しい決済手段がリスクの生じ方を変え得る
報告書は、新しい決済手段の広がりが効率性や競争、技術革新を高める機会になると認める一方、リスクの生じ方と広がり方を変え得ると指摘した。信用リスク、流動性リスク、システムの障害などのオペレーショナル・リスク、サイバーリスクに加え、量子コンピューターやAIに関連するリスクも挙げた。
発行・記録・移転の機能を切り分ければ新規参入の障壁は下がるが、外部の基盤に頼ることで、障害やサイバー攻撃への備えを誰が負うのかという責任と統治の問題が生じる。トークン化の仕組み同士がうまくつながらなければ、資金の流動性が分断される恐れもあるとした。
交換の仕組みの違いにも触れた。銀行預金を中央銀行マネーに額面どおり換えられるのは、健全性の規制と監督、預金保険、中央銀行の口座や資金供給の利用、銀行間決済システムへの参加といった制度の裏付けがあるためだ。報告書は、ノンバンクの決済事業者にはこれまでのところ、通常これに相当する仕組みがないとした。また、ノンバンクが銀行間決済システムの口座を使うには、競合相手である商業銀行に頼らざるを得ない場合があり、中立性や公平な競争条件の問題を投げかけていると記した。
ステーブルコインを含む新しい決済手段の動きは国内でも進んでいる。金融庁は9月、貿易の代金支払いにステーブルコイン、金融庁が実証実験の支援を決定 メガバンク3行とトレードワルツなど6社 紙のやり取りを減らし輸出代金の回収を早めることを決め、金融庁のオンチェーン金融フォーラムとは ステーブルコインの100万円上限も研究会で検討 2027年初に中間整理でも制度の論点を議論している。
中央銀行の4つの役割 口座を誰に開くかが論点に
報告書は、中央銀行が取り得る政策手段を4つの役割に分けて示した。
- 発行主体: どの主体に、どのサービスについて、どの条件で中央銀行の口座を使わせるかを検討する。一部の中央銀行は、システミックな重要性や口座を持ち得る主体の多様さを考慮して、口座の利用方針を見直している
- 運営主体: 既存の決済インフラを新しくするか、新しい基盤を作るか。段階的な改善か抜本的な変更か、動くのが早すぎる危険と遅すぎる危険を比べて判断する
- オーバーシーアー(監視者): ステーブルコインやトークン化の仕組みが金融市場インフラと同様の機能を果たしていないか、システミックに重要かを評価し、直接の監視対象にするか、規制下の主体にリスク管理を求めるかを判断する
- カタリスト(触媒): 関係者を集め、市場の解決策づくりや業界標準の採用を後押しする
報告書は、ある分野の施策が別の分野の結果に影響するとして、施策を1つずつではなく総合的に見直すよう求めた。プログラム可能な基盤の上で中央銀行マネーを決済資産として使えるようにすべきかについては、一部の法域でさらに検討が必要だとした。各国の政策は異なり得るため、国際協力を続ける重要性も強調した。
日本では電子マネー・ステーブルコインの発行者は口座の対象外
報告書の付表は、2026年9月時点で各国・地域の中央銀行が、国内の主体のうちどれに決済用の口座を開いているかを一覧にしている。日本は、銀行、資金決済システム以外の金融市場インフラ、資金決済システムの運営者、政府が対象となっている。ほかに金融商品取引業者と短資会社なども対象に挙がっている。一方、カード網の運営者、電子マネーの発行者、ノンバンクのステーブルコイン発行者は対象外で、それ以外の決済事業者は個別に判断するとしている。銀行が発行するステーブルコインは、付表では銀行の欄で扱う。海外に拠点を置く主体については、外国為替取引の決済を担うCLS銀行だけを対象としていた。
| 国・地域 | 電子マネー発行者 | ステーブルコイン発行者(ノンバンク) | その他の決済事業者 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 対象外 | 対象外 | 個別に判断 |
| 米国 | 対象外 | 対象外 | 対象外 |
| 英国 | 対象 | 対象外(2027年10月から提供を見込む) | 対象 |
| ユーロ圏 | 対象 | 対象(電子マネートークンを発行する電子マネー機関) | 対象 |
| スイス | 対象(フィンテック免許の企業) | 対象外 | 対象(フィンテック免許の企業) |
| ブラジル | 対象 | 対象外 | 対象 |
英国について付表の注記は、イングランド銀行がシステミックなステーブルコインの発行者に、英国の制度が動き出した後の2027年10月から中央銀行の預金口座を提供する見込みだと記す。本文は、イングランド銀行が2026年6月に公表した実務規範の案が、ポンド建てのシステミックなステーブルコインに裏付け資産の30%を中央銀行の無利息の預金で持つよう求めている例も挙げた。ユーロ圏では、欧州中央銀行の2025年1月の決定で、電子マネートークンを発行する認可電子マネー機関がTARGETの口座を持てるようになった。
付表は口座を持てる主体の種類を示すもので、実際に全ての主体が口座を持っていることを意味しないと注記している。報告書は今後について、中央銀行が決済の動きを点検し続け、必要に応じて時機を逃さず措置を取るとしたうえで、「中央銀行マネーは、決済システムにおける信頼、安全性、効率性の礎であり続け」ると結んだ。
