厚生労働省は10月20日、「創薬力向上のための官民協議会 施策検討・推進部会」の第2回会合の資料を公表した。会合は10月9日に都内の会議施設とオンラインで開かれ、AI・データ利活用、治験実施体制、国際展開、革新的医薬品のイノベーションの更なる評価の4テーマについて、国が論点を示した。
部会は、国内の創薬力を高めるための具体策を官と民が一緒に検討する場である。今年は4回の会合で構成員の意見を整理し、関係審議会などに報告したうえで政府部内にも報告して、施策の検討と推進につなげる。
第2回は4テーマ、議論は11月上中旬まで
資料1「今後の議論の進め方(案)」によると、9月18日の第1回部会では、全体的な論点に加えて、基礎研究・橋渡し、スタートアップ支援、人材の3テーマを議論した。10月9日の第2回は、AI・データ利活用、治験実施体制、国際展開、革新的医薬品のイノベーションの更なる評価の4テーマが議題となった。会合はAP虎ノ門とオンラインで、午後1時から2時間開かれた。
今後は10月30日の第3回、11月上中旬を予定する第4回でさらに議論を深め、構成員からの意見を整理する。第3回と第4回の議事は追って示すとしている。今年の議論は第4回で終えるが、官民の協議を政府の施策の検討と推進につなげるため、来年以降も各テーマの議論を続ける。その際は必要に応じて構成員を追加したり、臨時の参加を求めたりするとした。
公表されたのは、議事次第と国が用意した4テーマの資料に加え、藤本利夫、牧兼充、宮柱明日香、五十嵐啓朗、ジョンポール・プリシーノの5人の構成員が提出した資料である。
国がこの分野に投じようとしている予算の規模も、資料から読み取れる。厚労省の創薬・先端医療分野(医薬品・医療機器)の令和9年度概算要求は1969億円と事項要求で、このうち投資枠が1883億円を占める。
| 分野 | 令和9年度概算要求 |
|---|---|
| AI創薬・薬事審査 | 541億円と事項要求 |
| 創薬スタートアップ支援・人材育成 | 355億円 |
| 治験倍増(治験・臨床試験体制の強化) | 155億円 |
| 創薬・先端医療分野の全体 | 1969億円と事項要求(うち投資枠1883億円) |
AI創薬 ロボットが実験する「共用自律ラボ」が論点に
資料2「AI・データ利活用」は、論点を4つ挙げた。AI創薬基盤の整備、AI駆動型共用自律ラボの整備・運用、創薬エコシステムの形成、創薬に資するデータ基盤の整備・利活用である。
このうち「AI駆動型共用自律ラボ」は、ロボット技術と融合した「フィジカルAI」を使い、AIが実験を提案し、実行し、その結果から学ぶ設備を指す。資料は米Lila Sciencesの例を挙げ、同社がAIモデルと自律ラボを統合して運用していると紹介した。そのうえで、共用の設備に求められる機能や運営の在り方、実験メタデータの標準化、実際の使い道を積み上げる実証の加速に向けて何が必要かを論点に据えた。
整備の受け皿となる事業として、資料は「AI for Health 研究開発プラットフォーム(仮)」を示した。令和9年度の概算要求額は153億円と事項要求で、全額が投資枠にあたる。前年度の当初予算に同じ事業はない。実施主体は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)で、共用自律ラボの運営・管理、AI創薬や医療AIの事業化支援、有識者による研究開発の相談窓口の運営、海外の創薬・医療AI研究機関の国内拠点整備と人材育成などを担うとしている。
資料が課題として挙げたのは、質の高いAI学習用データが足りないこと、AIと医療現場をつなぐ人材が不足していること、そして整備に多額の投資が要るため民間単独では難しいことである。AIの費用対効果が不明確だという指摘も並べた。
データ基盤では、日本ゲノム医療推進機構(GeMJ)が進める全ゲノムデータなどの情報基盤を取り上げた。がん・難病の全ゲノム解析等の推進事業の令和9年度概算要求額は70億円で、前年度当初予算の13億円から増える。このうち56億円が投資枠で、令和7年度の補正予算では46億円が計上されていた。資料は、マルチオミクスデータや経時的な臨床情報といった、創薬研究に使えるデータをどう整えるか、データの質をどう高めるかを論点に挙げている。
治験 国際共同治験の倍増へ、一括審査は8年で8割以上
資料3「治験実施体制」は、国際共同治験の倍増を柱に据えた。日本発の創薬シーズを実用化し、ドラッグ・ラグとドラッグ・ロスを解消するには、国際水準の治験・臨床試験体制が要るという整理である。
ドラッグ・ロスは、海外では使える薬が日本では開発にすら着手されていない状態を指す。国はこの解消を近年の医薬品政策の目標に掲げており、抗がん剤では抗がん剤審査の国際枠組み「Project Orbis」に日本が正式参加 ドラッグ・ロス28品目中10品目はがんという形で国際的な同時審査の枠組みにも加わっている。資料は、ドラッグ・ロスの要因の一つとして、日本人症例の組み入れが遅いなどの理由で日本を避けて国際共同治験が実施される傾向がある、と指摘されていることを挙げた。
制度面では、令和8年度に「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP省令)を改正する予定である。改正では、国際的な臨床試験の実施基準であるICH-GCPの実装に加え、1つの治験を1つの治験審査委員会で審議する「一括審査」(single IRB)の原則化、患者が医療機関に通わずに参加できる分散型治験(DCT)の円滑な実施、治験の副作用情報の収集・評価、治験施設支援機関(SMO)への監督強化などが盛り込まれる。
一括審査がどこまで広がったかを測る数値目標は、令和7年12月25日に医薬局医薬品審査管理課が示している。改正GCP省令の施行後に始まった国内の多施設共同治験について、治験計画届出数のうち一括審査として審議された治験の届出数の割合を80%以上にすることを達成目標とし、施行後3年で30%、5年で50%とする進捗目標を置いて、遅くとも8年での達成を目指す。省令改正の日程は決まり次第知らせるとしている。
治験の一括審査の割合に関する目標(%)
数値で見る(単位: %)
| 項目 | % |
|---|---|
| 3年後 | 30 |
| 5年後 | 50 |
| 8年後 | 80 |
改正案は、治験審査委員会が満たすべき要件も定める。倫理的・科学的な観点から十分に審議できること、5名以上の委員からなること、医療や臨床試験の専門的知識を持つ者以外の委員が加わっていること、実施医療機関・委員会の設置者・治験依頼者のそれぞれと利害関係を持たない委員が加わっていること、問い合わせ窓口を設けていること、審査業務を継続的に行える体制があること、である。委員会の設置者は、設置概要、開催予定、手順書、委員名簿、会議記録の概要などを公表しなければならず、審査料、英語資料を受け入れるかどうか、標準審査期間の目標もその対象に含まれる。
拠点の整備も論点になった。国際共同治験・臨床試験の実施を主導し、海外からの依頼にも応えられる拠点として、「国際拠点型臨床研究中核病院」(仮称)の新設を検討する。一方で、承認実績がなく国立高度専門医療研究センターなどの役割と重なる特定領域の臨床研究中核病院については、廃止を含めた制度の見直しを検討するとした。
難病・希少疾病の領域では、海外スタートアップの革新的なシーズを使った国際共同治験について、実現可能性の調査と国内での治験費用を補助する新規事業を示した。AMEDの基金から、成果の節目ごとに支払うマイルストーン型で補助する。資料は、海外の開発品を呼び込んで治験の数を増やすことが、数千億円規模の経済波及効果をもたらすとされる治験倍増に寄与するとしている。治験の運用実態をPMDAが継続的に把握する「治験エコシステム連携強化事業」には、令和9年度概算要求で3700万円を計上した。
国際展開と薬価 アジアの規制調和、米国のMFN政策の影響も
資料4「国際展開」は、アジアでの薬事規制の調和を軸に据えた。日本は「アジア医薬品・医療機器規制調和グランドデザイン」と実行戦略のもとで、アジア諸国の規制当局を支援している。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は平成28年4月にアジア医薬品・医療機器トレーニングセンターを設け、平成28年度から令和7年度までに合計135回のセミナーを開催した。76の国・地域と世界保健機関(WHO)から、のべ4003人の規制当局担当者が参加し、うち3460人はアジア諸国からだった。平成29年2月にはAPECの中核トレーニング施設としても認定されている。
会議の場も積み上げてきた。アジア各国の薬事規制当局のトップが集まる「アジアンネットワーク会合」は2017年に日本などの呼びかけで始まり、日本が主導して中国・インド・シンガポールを含む4か国が共同ホストを務める。PMDAはタイ・バンコクにアジア事務所を置き、各国の課題把握や規制調査、実務協力にあたっている。資料は、成長戦略で掲げた施策を実行するうえで何を重点に置くべきか、民間企業とどう協働するか、国際展開が弱かった国・地域で今後どこと組むか、創薬スタートアップの海外展開に何が要るかを論点に挙げた。
資料5「革新的医薬品のイノベーションの更なる評価」は、薬価の話である。これまでの薬価制度改革で、革新的な新薬を日本に早く導入した場合の評価や小児向けの薬の評価は進めてきたとしたうえで、さらに評価を手厚くする必要性、その背景、対象となる領域は何かを問うた。骨太方針2026が「我が国の医薬品市場の魅力を高める観点から、革新的新薬のイノベーションの更なる評価について検討を進める」としていることが出発点にある。
ただし資料は、評価を薬価で行えば保険料や患者負担の増加要因になるとして、そのバランスをどう考えるかも同時に論点に挙げた。グローバルな投資判断では価格だけでなく、迅速で予見性の高い承認審査、承認後の速やかな保険収載、国民皆保険による医薬品へのアクセスといった日本の特徴も踏まえる必要があるとしている。加えて、米国が進める医薬品の最恵国待遇(MFN)価格政策が企業の日本への投資判断にどう影響するのか、製薬企業が日本への上市を控える判断が現実に生じているのか、諸外国ではどうかを問いかけた。
意見は第4回で整理、来年以降も議論を継続
創薬力向上のための官民協議会は、今年7月にも首相官邸で開かれており、同じ日にまとまった「統合イノベーション戦略2026」案まとまる 高市首相「研究費の実質倍増を目指す」 科研費・運営費交付金を拡充へと並んで、科学技術と産業をつなぐ政府の取り組みの一角を占めてきた。施策検討・推進部会は、その協議会の下で個別テーマを掘り下げる場にあたる。
今回の4テーマは、いずれも結論ではなく「本日ご議論いただきたい論点」として示されたものである。国が答えを用意したのではなく、製薬企業や研究者、投資家を含む構成員に問いを投げ、その答えを集めて施策の形にしていく段取りになっている。10月30日の第3回と11月上中旬の第4回を経て意見が整理され、関係審議会と政府部内への報告を通じて、令和9年度の予算や薬価制度改革、GCP省令の改正といった個別の決定に反映されていく。
患者にとっての焦点は、海外で使える薬が日本で使えるようになるまでの時間が縮まるかどうかである。AI創薬の基盤整備も、治験の一括審査も、薬価でのイノベーション評価も、最後はその一点に向かっている。部会の議論は今年の第4回でいったん区切りを迎えるが、来年以降も続く。
