経済産業省は10月29日、ドイツのエネルギー設備会社シーメンス・エナジーと、浮体式洋上風力などに関する協力覚書に署名したと発表した。日本での浮体式洋上風力事業の実現と、風力の産業基盤を強くするための供給網(サプライチェーン)の整備、専門人材の育成で協力する。この合意に基づき、同社は、風力発電の供給網の強靱(きょうじん)化を支えるため、アジアで初めてとなる戦略的な運転・保守(O&M)の拠点を北海道に設けると発表した。
協力は3分野、本文は非公開
経産省の発表によると、両者が協力するのは、①日本における浮体式洋上風力事業の実現②産業基盤の強化に向けたサプライチェーンの発展③専門人材の育成――の3分野だ。担当は資源エネルギー庁の新エネルギー課風力事業推進室。
覚書の正式な名称は「日本における浮体式洋上風力発電プロジェクトの実現に向けた協力覚書」。外務省が公表した、10月のメルツ独首相の訪日を機に日独の政府間と、政府と民間の間で署名・交換された文書の一覧に7番目として載り、経産省と「Siemens Energy AG」の間の文書とされている。一覧では「非公開」と記されており、覚書の本文は公表されていない。一覧の8番目には「陸上風力発電の産業基盤強化に関する協力覚書」も並ぶ。訪日の際の首脳会談と、交わされた文書の全体は高市首相とメルツ独首相が会談 経済安保の共同宣言で伝えた。
経産省の発表は日本語版、英語版とも数行で、署名した日付と場所、署名者の名前は書かれていない。協力の具体的な事業や金額、期限も示していない。
シーメンス・エナジーの会社紹介のページは、同社が排出削減に向けて企業や国を支えるとし、風力発電の事業を「シーメンス・ガメサ」の名で営んでいると説明している。
北海道にアジア初の保守拠点
今回の覚書で具体的な動きとして示されたのは、北海道に置く運転・保守の拠点だ。経産省の発表は、シーメンス・エナジーが「アジア初となる戦略的なオペレーションメンテナンス拠点を北海道に設置することを発表しました」と記している。英語版では「its first strategic operations and maintenance (O&M) hub in Asia」とある。
運転・保守は、風車を建てた後に発電を続けるための点検や修理、部品の交換を指す。洋上では船で風車まで渡って作業するため、港や部品の置き場、技術者を近くにそろえる必要がある。
拠点を北海道のどこに置くのか、いつ開くのか、何人の体制にするのかは、経産省の発表には書かれていない。シーメンス・エナジーとシーメンス・ガメサのウェブサイトで、11月2日昼の時点でこの件の発表は確認できなかった。
北海道の海では、再エネ海域利用法に基づく洋上風力の「促進区域」の指定が進んでいる。資源エネルギー庁のページによると、北海道檜山沖と北海道松前沖の2区域が2025年7月30日に促進区域に指定された。促進区域では、国が公募で発電事業者を選ぶ。
浮体式に15GW以上の目標
浮体式洋上風力は、海底に土台を固定せず、浮かべた構造物の上に風車を載せる方式だ。海底に基礎を据える「着床式」は水深の浅い海に限られるが、浮体式は深い海にも建てられる。
政府と業界でつくる「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」が2025年8月8日にまとめた洋上風力産業ビジョン(第2次)は、副題を「浮体式洋上風力等に関する産業戦略」とした。2030年までに10GW、2040年までに浮体式を含め30〜45GWの案件を形成する目標を維持したうえで、政府が2040年までに15GW以上の浮体式洋上風力の案件を形成し、2029年度をめどに大規模な浮体式の案件を形成するとの目標を新たに置いた。
ビジョンは、欧州に比べて遠浅の海が少ない日本の事情を挙げ、排他的経済水域(EEZ)にも洋上風力を設けられるようにする再エネ海域利用法の改正法が2025年6月に成立したことで、浮体式の導入拡大に向けた取り組みを「加速させる段階に来ている」と記した。
一方で、ビジョンは「風車メーカーの製造拠点が国内に存在せず」、風車の国内調達比率は「極めて低い」と現状を書いている。施工と運転・保守については、浮体式に対応した港湾などの基盤整備を進め、遠隔地での点検手法などを検討して、浮体式の設計・施工・O&Mのガイドラインを整えるとした。業界の目標として、2040年までに洋上風力関連の人材を約4万人育成・確保し、事業期間全体での国内調達比率を65%にすることも掲げた。
3月にはベスタスとも覚書
経産省は3月、風車大手のベスタスとも協力覚書を結んでいる。ベスタスの発表によると、同社は2026年3月9日に経産省と、風力発電設備の国内製造を進めるための協力覚書を結んだ。
| 項目 | ベスタス | シーメンス・エナジー |
|---|---|---|
| 署名・発表 | 2026年3月9日 | 2026年10月29日発表 |
| 覚書の主な内容 | 風力発電設備の国内製造の推進 | 浮体式洋上風力事業の実現、サプライチェーン、人材育成 |
| 示された動き | 条件付きで2029年度までにナセルの国内最終組立 | 北海道にアジア初の運転・保守拠点 |
出典: 経済産業省、外務省、ベスタス・ジャパンの各発表
ベスタスの覚書では、日本の洋上風力の入札案件での確定受注などの条件が満たされれば、2029年度までに日本国内でナセルの最終組立を行うために協力することで合意した。ナセルは、風車の羽根の付け根にあり発電機などの機器を収める部分だ。条件付きで、2039年度までにナセルを国内で完全に組み立てる道筋をつくることにも合意している。同社の発表に載った署名式の写真の説明では、出席した自治体に北海道と室蘭市が含まれていた。
ベスタスはその後も、秋田県や長崎県の団体と技術者を育てる共同調査の覚書を結んでいる(風車の技術者を日本語で育てる ベスタスと秋田県・長崎の協議会が共同調査で覚書)。ベスタスの覚書が組立という製造の工程を対象にしたのに対し、シーメンス・エナジーの覚書で示されたのは、建てた後の運転・保守の拠点だった。どちらも、ビジョンが「存在しない」と書いた風車メーカーの国内拠点に関わる。
シーメンス・エナジーの拠点が浮体式の案件と結び付くかは、促進区域での事業者の選定や、浮体式の大規模案件の形成の進み具合による。拠点の場所と開設時期、規模は、同社の正式な発表を待つ必要がある。
