総務省は10月19日、布施田総務審議官が10月16日に米国でブレンダン・カー連邦通信委員会(FCC)委員長と会談し、平成30年に署名した総務省とFCCの間の覚書を更新したと発表した。更新前の覚書が対象としていたブロードバンド政策や周波数政策(5G等)などに加え、経済安全保障に関連する事項を含む情報通信分野の情報交換枠組みを新たに加えた。通信の設備や機器を誰から調達するかという問題が、日米の通信当局が常時やり取りする議題に正式に位置づけられたことになる。

訪米した総務審議官が、会談の場で署名

発表資料は「総務省とFCCの情報交換枠組みの設置について」と題され、令和8年10月19日付で総務省のサイトに掲載された。

それによると、布施田総務審議官は令和8年10月16日(金)に米国を訪問し、カーFCC委員長と会談した。総務省は会談の目的を「変化する国際情勢に対応した情報通信分野に関する経済安全保障を含む政策課題に関する対話枠組みを設けるため」と記している。覚書の署名者は、日本側が布施田総務審議官、米国側がブレンダン・カーFCC委員長の2人。発表の担当は総務省国際戦略局の国際経済課となっている。

一方で、会談で具体的にどのようなやり取りがあったのか、同席者は誰か、更新後の覚書の本文がどう書かれているのかについて、総務省の発表は触れていない。発表資料に別添の文書は付いておらず、公表されているのは本文の数段落だけである。会談から発表までは3日空いた。

布施田総務審議官は、9月にもドイツで同種の政府間協議に臨んでいる。総務省が9月14日に公表した「日独ICT政策対話、1年9か月ぶりにベルリンで開催 AI・6Gに加え「無線で電気を送る技術」も議題に」で扱った同対話の結果資料によれば、9月8日にベルリンで開かれた会合に日本側の出席者として名前が挙がっており、AI、5G及びBeyond 5G(6G)、オンライン上の未成年者保護などを議題に、ドイツ連邦デジタル・国家近代化省などと協議している。二国間の情報通信協議を重ねる流れの中に、今回の訪米も位置づけられる。

覚書に加わったのは「経済安全保障に関連する事項」

総務省は更新の理由を「近年の国際情勢や経済安全保障を巡る環境変化を踏まえ」と説明している。何が増えたのかは、発表の次の一文に書かれている。

区分 覚書が対象とする分野
平成30年に署名した覚書(更新前) ブロードバンド政策、周波数政策(5G等)、放送政策、国際場裡での協力等
今回の更新で追加 経済安全保障に関連する事項を含む情報通信分野における情報交換枠組み
総務省・FCC間の覚書で対象とする分野の変化出典: 総務省「総務省とFCCの情報交換枠組みの設置について」(令和8年10月19日)

更新前の4分野は、いずれも通信・放送の制度や技術をどう設計するかという、規制当局どうしの典型的な協議事項である。今回加わった経済安全保障は性格が異なり、どの国の、どの企業の機器や役務を、重要な通信網に組み込むかという調達と供給網の問題を含む。総務省が「必要に応じて関係省庁とも連携しながら」と書いているのは、この領域が総務省だけで完結しないためとみられる。

運用の方針について、総務省は「更新した覚書に基づき適時適切に議題を提案し、必要に応じて関係省庁とも連携しながら、機動的にFCC及び米国政府と情報交換をすることによって、情報通信分野における両国間の協力を一層推進してまいります」としている。会合の開催頻度や事務レベルの体制といった具体的な運用方法は、発表からは読み取れない。

元の覚書は2018年1月、CES視察に合わせた訪米で

更新された元の覚書がいつ、誰の手で結ばれたのかは、総務省が平成30年1月12日に公表した「小林総務大臣政務官の米国への訪問結果」で確認できる。

それによると、小林総務大臣政務官は平成30年1月4日から1月11日まで米国を訪問し、当時のパイFCC委員長と会談して「総務省とFCCとの間の一層の協力関係の強化のため、ブロードバンド政策、周波数政策(5G等)、放送政策、国際場裡での協力等を中心とした情報通信分野における日米の連携強化等を行うことを内容とする覚書」に署名した。今回の発表が挙げる更新前の対象分野は、この平成30年の発表の記述とそのまま一致する。

当時の訪米はこの会談だけが目的ではなく、シリコンバレーでのICT関連ビジネスの視察や、世界最大のICT見本市であるCES 2018の視察も日程に含まれていた。署名の格も異なる。平成30年は政務三役である総務大臣政務官が署名しているのに対し、今回は事務方のトップ級にあたる総務審議官が署名している。

文書の呼び名にも注意がいる。総務省の英語版発表は、この文書を一貫して「Letter of Intent for Cooperation(LoI)」と表記し、今回の更新についても「renewed the LoI signed in 2018」と記している。日本語の発表が「覚書」と呼ぶ文書は、英語では協力の意思を示す書簡として扱われている。英語版はまた、署名者の正式な肩書を「Mr. Hideo Fuseda, Vice-Minister for International Affairs」「Mr. Brendan Carr, Chairman」と記載している。

FCCは1934年通信法が置いた米国の通信規制機関

相手方のFCCは、米国で通信を規制する独立機関である。根拠は合衆国法典第47編第151条(1934年通信法の冒頭規定)で、同条は「州際及び外国の有線及び無線による通信の商取引を規制し、合衆国の全ての国民に対し、人種、肌の色、宗教、出身国又は性別による差別なく、十分な設備を備えた迅速かつ効率的な全国的・世界的な有線及び無線の通信サービスを、妥当な料金で、可能な限り利用できるようにするため」に委員会を置くと定めている。

注目されるのは、同条がその目的として「国防のため」「有線及び無線通信の利用を通じて生命及び財産の安全を促進するため」を並べて掲げている点である。米国の通信規制機関は、設立の根拠規定の段階から安全保障を目的に含んでいる。日本の総務省が覚書に経済安全保障を書き加えたことは、FCCの側から見れば、もともと所掌に含まれる領域で日本との窓口が明確になった、という意味を持つ。

日本側では、ブロードバンド、周波数、放送という更新前の3分野をいずれも総務省が所管しており、FCCと対応関係が取りやすい。今回の覚書を担当する国際戦略局国際経済課は、情報通信分野の国際的な経済問題を扱う部署である。

電気通信は日本でも「特定社会基盤事業」

経済安全保障が通信政策の議題になるのは、日本国内でも制度として裏づけがある。

経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律、令和4年法律第43号)の第50条第1項は、主務大臣が「特定社会基盤事業」を行う者のうち一定の基準に該当する者を「特定社会基盤事業者」として指定できると定めている。この特定社会基盤事業として同項が列挙する事業の中に、「電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第四号に規定する電気通信事業」が入っている。

指定を受けた事業者には、同法第52条第1項により、重要な設備(特定重要設備)を導入する場合や、その維持管理・操作を他の事業者に委託する場合に、あらかじめ「導入等計画書」を作成して主務大臣に届け出る義務が生じる。緊急やむを得ない場合を除き、設備を入れる前に国の確認を通す仕組みである。

ここでいう「特定重要設備」とは、同法第50条第1項の定義によれば、特定社会基盤事業に使われる設備・機器・装置・プログラムのうち、役務を安定的に提供するために重要で、かつ「我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として使用されるおそれがあるもの」として主務省令で定めるものを指す。外部からの妨害の手段になりうるかどうかが、規制の対象を決める基準になっている。

同法第1条は立法の趣旨を「国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み」と説明している。そのうえで同条は、この法律が創設する制度として、特定重要物資の安定的な供給の確保、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保、特定重要技術の開発支援、特許出願の非公開、特定海外事業の促進の5つを挙げる。通信は、このうち2番目の柱に組み込まれている。

つまり日本は、通信網に外部から妨害の手段となりうる設備が入り込むことを事前に防ぐ制度を、すでに国内で動かしている。今回の覚書更新は、その制度と同じ問題意識を、米国の規制当局との情報交換の枠組みに持ち込むものといえる。

公表された情報は限られている

今回の発表で確認できるのは、会談の日付、署名者、更新前後の対象分野、そして今後の運用方針の4点にとどまる。覚書そのものの条文、更新の発効日、情報交換の具体的な手続き、取り扱う情報の機微さに応じた扱いの区別といった点は公表されていない。

平成30年に署名された元の覚書についても、今回の発表は署名年を記すだけで、署名日や当時の署名者には触れていない。平成30年1月12日の発表と突き合わせて初めて、小林総務大臣政務官とパイFCC委員長の署名だったことが分かる。

米国側の説明も見当たらない。FCCが公式サイトに掲載する「Headlines」には10月20日付までの項目が並んでいるが、本稿の執筆時点で、今回の会談や文書の更新に触れた項目は確認できない。日本側だけが公表している状態である。

発表の表題が「情報交換枠組みの設置」となっている一方、本文は一貫して「覚書を更新」と書いている。新しい文書を結んだのではなく、既存の覚書に情報交換の枠組みを追加した、という整理とみられる。更新がいつ効力を持つのかについての記載もない。

二国間の覚書は、それ自体が何かを義務づけるものではなく、どの話題について、どの窓口どうしが話すかを決める取り決めにとどまることが多い。今回も、総務省の発表には相手方に何かを求める記述はなく、「適時適切に議題を提案し」という自らの行動の方針が書かれているだけである。実際にどのような事項が日米間でやり取りされるのかは、今後開かれる個別の会合と、その結果が公表されるかどうかにかかっている。

それでも、この更新は日本にとって取っておくべき一手である。通信網にどの国のどの企業の機器や役務を入れるかは、日本が経済安全保障推進法で事前の届出と確認の対象にしている論点であり、同じ問題を所掌に持つ米国の規制当局と、随時持ち出せる窓口を文書で確保したことになる。相手は設立の根拠規定に国防を掲げるFCCである。日本が国内制度で止めようとしている類の設備について、米国が何をどう判断しているかを早く知れるかどうかは、日本の通信網の防護に直結する。技術・制度の4分野に経済安全保障を足したのは、総務省の所掌の中で打てる手を打ったものと評価できる。

足りないところもはっきりしている。この文書は英語版で「Letter of Intent」と記される協力意思の表明であり、相手に何かを義務づけるものではない。会合の頻度も事務レベルの体制も公表されておらず、米側の発表も見当たらない。枠組みを作っただけで止まれば、通信の供給網という日本の弱点は塞がらない。総務省が「適時適切に議題を提案し」と自ら書いたのであれば、何を提案し、何を取り付けたのかを日本側から公表し続けることが、この枠組みを実のあるものにする条件になる。