日本銀行は11月2日、植田和男総裁が10月30日の金融政策決定会合後に開いた記者会見の会見録を公表した。会見は同日午後3時30分から約75分。総裁は、物価の一時的な変動を除いた「基調的な物価上昇率」が2%の物価安定の目標と「概ね整合的な水準」になったという判断で、9人の政策委員全員が一致したと説明した。政策金利を1.25%程度に据え置いた理由については、経済・物価を巡るリスクや金融環境を「もう少しみていく必要がある」と判断したためだと述べた。

基調物価「2%と概ね整合的」で9人が一致

会合で決めた内容は、日銀、政策金利1.25%を据え置き 高田委員は1.5%を提案 展望レポートは物価上振れを警戒で伝えた。日銀の公表資料によると、無担保コールレート(オーバーナイト物)を1.25%程度で推移させる方針の維持には8人が賛成し、高田創審議委員が反対した。高田委員は1.5%程度への引き上げを提案し、反対多数で否決された。

会見で総裁がまず説明したのは、物価の「基調」の判断である。総裁は、企業間取引の価格上昇圧力が消費者段階に及ぶなかで、エネルギー負担緩和策や教育無償化などの特殊要因を除いた消費者物価指数が高めの伸びを続けていると述べた。家計・企業・エコノミストの中長期的な予想物価上昇率や、物価連動国債から算出される市場参加者のインフレ予想は「全体として緩やかに上昇しており、2%程度」となり、経済モデルから推計したトレンドインフレ率も2%近傍にあるという。

これらを踏まえ、会合では基調的な物価上昇率が2%と「概ね整合的な水準となっているという点について、9人の委員全員の判断が一致しました」と説明した。今後は、基調的な物価上昇率が2%程度の水準で「定着度合い」を確かめることが重要だという認識も、全員で共有しているとした。

7月から3か月で何が変わったのかとの質問には、特定の指標が大きく上がったわけではなく、各委員が各種指標を総合的にみて「だんだんやはり2[%]の周辺に揃ってきた」と感じたのだろうと答えた。付け加えとして、中東情勢に端を発するエネルギーや原材料の値上がりが、7月時点では企業段階にとどまっていたが、9月、10月には消費者物価へ波及していることがはっきりしてきたと述べた。これは基調ではなく消費者物価の総合を押し上げる要因だが、基調にとっても上振れの要因になるという。

2013年の大規模緩和開始から13年半を要したことの評価を問われると、2〜3年前の多角的レビューでの評価から変わりはないとし、「ある程度の効果はあった」が、2年で2%に上げるような強い効果は発揮しなかったと述べた。即効性がなかった理由には、インフレ予想や社会の中で続くと考えられている物価上昇率が「0[%]くらいのところで強くアンカーされてしまった」ことを挙げた。到達そのものについては「長い間そこを目指してきたという面では一つの節目である」と語った。

利上げ見送りの理由は「リスクをもう少しみる」

基調物価が2%に達したのに、なぜ10月は利上げしなかったのか。会見ではこの点を問う質問が相次いだ。

総裁は、G20後のバンコクでの会見で「基調的な物価上昇率がこれ以上上がることは容認できない」と述べたことについて、金融政策の狙いがこれまでの「2%に向けて引き上げていく」ことから「2%程度の水準で安定させていく」ことへ移ったという趣旨だったと説明した。そのうえで、今回の会合では「経済・物価を巡るリスクや金融環境の動向などを、もう少しみていく必要があると判断し」、方針を維持したと述べた。

物価が2%を超えて上振れするリスクが前回会合より高まったのかとの質問には、上振れリスクは「依然として無視できない程度で存在している」としつつ、「1か月前と比べてその程度が大幅に上昇したかというと、それは必ずしもそうではない」と答えた。

実質の政策金利が大幅なマイナスなのに利上げしないのは、市場や財政に配慮しているからではないかという質問も出た。総裁は、金融環境は緩和的だと認めたうえで、日銀の見通しでは消費者物価の総合は2%をいったんはっきり超えたあと下がっていくが、基調物価は「大体2[%]で推移するというパス」になっていると説明した。中心的な見通しでは2%がおおむね維持されるため、上振れリスクに注意しながら調整のペースを考えるという立場である。

次の利上げの時期について、総裁は「次回会合を含めて毎回の決定会合で見通しの実現の確度およびリスクを点検して判断していく」と述べた。次回の会合は12月に開かれる。総裁は会見の冒頭でも、金融環境が緩和的であることを踏まえ「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」との方針を示している。この方針の転換は、9月の利上げ時の会見を伝えた日銀・植田総裁「政策の局面が変化した」でも扱った。

「達成宣言」は出さない 定着は賃金と予想物価で確かめる

基調が2%に届いたことで、日銀が物価目標の達成を宣言するのかも問われた。総裁は、目標は2%を「持続的・安定的に実現する」ことであり、「そこにはまだ至っていない」と答えた。日銀はじっと待つのではなく、基調物価が2%で定着するよう金融政策を適宜調整していく立場だとして、「どこかの時点で何かある種の達成宣言を出すとかそういうものではない」と述べた。大きなショックで物価がいったん外れても早く戻る力が働くよう政策を運営し続けることが中央銀行に求められているとして、「どんな状態であっても勝利宣言を出すというところにはなかなか至らない」とも語った。

定着をどう見極めるかについては、三つの観点を挙げた。一つ目は、中長期の予想インフレ率が2%程度で「アンカーされているかどうか」。二つ目は、企業の賃金・価格設定行動が2%のインフレ率と整合的かどうか。三つ目は、2%のインフレが続くことを前提にした賃金設定などが、労使交渉などで「社会的に受容されるようになっていくかどうか」である。

日本の予想インフレ率について総裁は、つい最近まで2%をはっきり下回っていたところから上がってきたばかりで、米国と比べると2%に固定されている度合いは「きわめてまだ低い」と述べた。そのうえで、予想インフレを2%程度で安定させるには、日銀が「適切なタイミングで緩和度合いの調整」をしていくことが重要になると説明した。

来年の春闘については「重要なこととして」注目していると述べた。2026年の暦年の消費者物価上昇率は2%か、2%をやや下回る可能性があり、過去2〜3年より低い仕上がりになる。それが賃上げの結果にどう影響するかを注意してみていくという。

暮らしの実感とのずれも質問に上った。総裁は、家計が食料やエネルギーの値上がりで生活防衛意識を高め、一部の企業が資材高で設備投資を先送りしている状況は「認識しております」と述べた。原油価格の上昇のような供給側のショックで物価が上がると、日本のような原油輸入国では実質の所得水準が下がらざるを得ないとも説明した。ただ、基調物価が2%で持続する状態とは、供給ショックがなくなった後も需要や賃金・物価の緩やかな上昇が続いていく状態であり、それが本当に起きるかを確かめる段階に入ったと述べた。

高田委員の提案と中小企業の資金繰り

高田委員が反対理由で挙げた「中立金利に近づけるペースを速める新たな局面」についての見解も問われた。中立金利は、景気を冷やしも温めもしない金利の水準を指す。総裁は、物価の上振れリスクの大きさと緩和的な金融環境を総合し「今後のデータ次第でペースを適切に決めていくということしかあり得なくて、前もって何か月に1回ですっていうふうに申し上げられるものではない」と答えた。

欧米の中央銀行が使う「well positioned」(金利が適切な位置にある)という言葉を引き、日銀がそこに至ったといつ判断できるかとの質問も出た。総裁は、政策金利がおおむね中立金利に達し、上下両方向のショックに機動的に対応できる状態だとしたうえで、これまでの利上げの累積的な影響と金融環境をみながら「少しずつ確認していくしかない」と述べた。政策金利は「中立金利よりおそらく下の水準にある」とし、その差を埋める調整が残っているとの認識も示した。

利上げの影響として注目したのが企業金融、とくに銀行貸出である。総裁によると、銀行側と借り手の企業側のどちらのアンケート調査でも、経済全体では資金調達に問題はなく、9月の利上げ後に公表された10月の調査でも同じ結果だった。貸出の量も伸び続けているという。一方で、部門別・規模別に細かくみたり、日銀の本支店を通じたヒアリングの結果をみたりすると、「特に、中小零細企業を中心に資金繰りがタイトになりつつある」との声が出始めていると明らかにした。その広がりは「非常に注意深く見守っていきたい」と述べた。

リスク要因では、AIや中東情勢によるインフレ圧力が欧米の中央銀行の利上げを招き、世界的な金利上昇を通じてグローバルな金融環境を変える経路に注意を払う必要があると述べた。AI関連の需要について、設備投資の面では「依然として非常に強い」とみているとし、巨額の投資から収益が生まれるかを巡って市場の期待が先行し調整される動きは「もう暫く繰り返される」との見方を示した。

ETF売却を倍のペースへ 夏の実績が想定を下回る

会合では、日銀が保有する上場投資信託(ETF)の売却ペースの見直しも全員一致で決めた。市場全体の売買代金に占める売却の割合を、これまで想定していた0.05%から0.1%に引き上げ、年間の売却額を簿価で8600億円程度とする。2027年1月から実施する。不動産投資信託(J-REIT)の売却ペースは見直さず、簿価で年50億円程度を続ける。

見直した理由について総裁は、2026年1月に売却を始めた後、株価が年初から2割程度上がり、売買高も予想外に大きく増えたため、売却の実績が夏にかけて想定の0.05%程度を「かなりはっきりと」下回るようになったと説明した。売却開始の決定から1年余りがたったこともあり、全体を見直したという。過去に金融機関から買い取った株式を約10年かけて売った経験も精査した結果、従来のペースでは売り切るまで「百十数年」かかるところ、0.1%程度で「43年ですか、くらい」であれば市場への影響も限定的と判断したと述べた。

保有残高が株高でむしろ増えているとの指摘には、時価の推移は株価次第で予想は難しいとしたうえで、保有する株式の量は「着実に減っていく」と答えた。

日銀は11月2日の会見録の公表で、ETFの売却割合について、会見中の発言「5%」は「0.05%」の誤りだったと注記している。