井林辰憲国土交通相は10月13日の閣議後記者会見で、トラック運賃の下限となる「適正原価」制度について、新聞・出版関係の業界団体から求められていた導入時期の猶予に関し、「法律の猶予期間の設定は難しいと考えています」と述べた。制度は議員立法で定められ、令和10年(2028年)6月までに施行することになっている。一方で井林氏は、施行までの約2年と、トラック事業者が事業許可の更新申請を始めるまでのさらに約2年を使い、制度を段階的に導入することを国交省として検討していると明らかにした。

「目的には賛同いただいている」 猶予は否定、段階導入を検討

会見で記者は、先週に新聞や出版、書籍などの業界団体から導入時期の猶予を求める要請があったとして、導入時期を後ろ倒しする可能性を尋ねた。

井林氏は、10月8日に新聞・出版関係の業界団体から大臣宛てに、適正原価の制度設計や運用についての要望を受けたと説明した。そのうえで、制度は国民生活や経済活動の基盤である物流の持続可能性を確保するため、トラックドライバーの処遇改善などを目的に導入するもので、「目的については御賛同いただいている」と述べた。

ただ、法律で施行の期限が決まっていることを理由に、猶予期間を設けることは難しいとの考えを示した。代わりに挙げたのが、施行までの約2年と、施行後に更新申請が始まるまでの約2年という時間の使い方だ。井林氏はこの期間を「有効に活用し、運賃交渉など本制度への対応を進めていただきたい」と業界側に求めた。国交省もこの期間に制度を段階的に導入することを検討しているとし、「荷主を含む幅広い皆さまの御意見を丁寧に伺いながら、関係省庁とも連携しつつ、適切に制度設計を進めてまいります」と語った。段階的な導入の中身には、会見では触れなかった。

「適正原価」とは何か 下回る運賃なら許可を更新できない

適正原価は、2025年6月11日に公布された「トラック適正化二法」で新たに設けられた仕組みだ。二法は、改正貨物自動車運送事業法(令和7年法律第60号)と、貨物自動車運送事業の適正化のための体制の整備等の推進に関する法律からなる。

国交省の法律概要によると、国交相は燃料費、全産業の労働者1人当たりの平均賃金を踏まえた人件費、減価償却費、輸送の安全確保に必要な経費、委託手数料、事業を続けるのに欠かせない投資の原資、公租公課などを積み上げて適正原価を定め、告示できる。設定には運輸審議会への諮問が要る。これに伴い、これまで国が示してきた「標準的運賃」は廃止される。

トラック事業者は、自ら引き受ける運送の運賃・料金が適正原価を下回らないようにしなければならない。他の事業者に運送を委託する元請け側にも、委託先への支払いが適正原価を下回らないようにする義務がかかる。対象は一般の貨物運送事業者に限らず、軽貨物運送事業者や利用運送事業者などにも及ぶ。適正原価を支払わない荷主は「違反原因行為」に当たるとして、是正指導の対象になる。

この義務を実効的にするのが、同じ改正で導入される事業許可の更新制だ。トラック運送事業の許可は5年ごとに更新を受けなければ効力を失い、輸送の安全確保、社会保険料の納付、適正原価の収受をはじめとする法令を守らない事業者は更新されない。違反の判定にあたっては、許可の有効期間である5年間の総運行距離や総労働時間などを踏まえ、できる限り簡便かつ客観的に判断できる基準を設けるとしている。

施行は「公布から3年以内」 更新の審査はその2年後から

国交省が示す施行時期の工程では、二法のうち違法な「白トラ」を使う荷主の取り締まりや委託次数の制限などは2026年4月1日に先行して施行された。許可基準の追加、許可更新制度、適正原価の遵守義務は公布から3年以内に施行し、さらに2年の経過措置を置いたうえで更新の申請と審査が始まる。全事業者の更新は5年をめどに一巡する想定だ。井林氏が会見で示した「施行まで約2年、更新申請までさらに約2年」は、この工程を指している。

水準づくりはすでに始まっている。国交省は改正法で導入される適正原価の設定に向け、行政機関や学識経験者、関係団体などでつくる「適正原価の設定に向けた有識者検討会」を2026年7月に立ち上げた。会合は7月17日、8月26日、10月1日の3回開かれている。荷主側への監視も同時に強まっており、9月末にはトラックの荷主監視、10月から公取委・中小企業庁・警察も加わる 国交省が2か月の「集中監視月間」 長時間の荷待ちや運賃の据え置きを指導対象に。運賃の下限づくりと並行して進んでいる。

新聞協会「約7000台が毎日走行」 7つの要望を国に

10月1日の第3回検討会では、全国通運連盟、全国交通運輸労働組合総連合、日本経済団体連合会、全国中小企業団体中央会とともに、日本新聞協会が意見を述べた。協会理事の山口寿一氏名で出された資料は、新聞輸送の実態と制度への懸念を詳しく記している。

資料によると、2026年8月の新聞発行部数は総計2052万部で、全国で延べ約7000台の新聞輸送トラックが毎日走っていると推計する。住宅地の販売店に届けるため小回りの利く2トン車が中心で、読売新聞では朝刊輸送の61.8%、夕刊輸送の85.9%、朝日新聞では朝刊の66.2%、夕刊の99.1%が小型トラックだという。最新のニュースを載せるため印刷開始を遅らせる一方で早く届ける必要があり、配送コースを統合して積載率を上げるのは容易でないとした。読売新聞は物価上昇などを踏まえ、前年度と今年度の2回に分けて計5%強の運賃値上げを実施したとしている。

制度設計については、新聞輸送には曜日や季節による荷量の波がないことへの配慮を求めた。標準的運賃が帰り荷のないことを前提に実車率を50%としている点には、製紙会社が古紙を持ち帰る仕組みで7〜8割のトラックが帰り荷を確保しているとして違和感を示した。トラックの償却年数を5年とする前提にも、貨物車の平均使用年数は16.29年だとして、償却負担が適正原価に跳ね返れば荷主の負担が重くなると指摘した。

協会は、国交省の調査で標準的運賃と同等以上の運賃を受け取っている事業者は13%にとどまるとし、新聞業界では7割前後の水準とみる。準備期間がわずかなまま標準的運賃に近い運賃が一斉に適用されれば、日本経済に大きな打撃となる恐れがあるとした。とくに新聞・出版は卸売価格や小売価格への速やかな転嫁が難しく、全国への新聞配達や多様な出版文化の維持に打撃となると訴えた。

猶予は「全業種がかなわなければ新聞・出版に」

協会は資料の末尾で、政府に7つの要望を並べた。物価への影響の定量的な分析と公表、業種ごとの実態を踏まえた柔軟性の確保、国民や関係業界への丁寧な説明と対話などに加え、「一定の猶予期間と段階的導入、物流効率化への従前以上の国の支援」を求めた。さらに、全業種に対するこれらの要望がかなえられない場合には、新聞・出版に対して同様の猶予期間と段階的導入、支援を求めるとした。

海外の例も挙げた。運賃は自由競争が原則で、下限を法律で定めている国はまれだと説明。米国は国が運賃を定めておらず、欧州連合(EU)は「モビリティパッケージ」で運転手の労働条件を規制しているものの運賃には直接介入せず、2020年から2026年まで6年かけて4段階に分けて導入を進めたと紹介した。下限を法定している国でも、オーストラリアは荷主側の事情を考慮した段階的導入、ブラジルは違反が繰り返されるたびに厳しくなる段階制をとり、韓国はコンテナとセメントの2品目に限った3年の時限立法だとして、いずれも導入には慎重だと指摘した。

13日の井林氏の答えは、このうち猶予期間については法律上難しいとしつつ、段階的な導入には検討の余地を残した形だ。適正原価の具体的な水準や、業種ごとの事情をどこまで反映するかは、今後の有識者検討会での議論と、運輸審議会への諮問を経て決まる。