上野厚生労働相は9日の閣議後記者会見で、糖尿病治療薬「マンジャロ」を外国人旅行者が日本の医療機関で処方してもらい、母国へ持ち帰る事例があるとの報道について問われ、「帰国後に使用するなどの目的で、医師が外国人旅行者に過剰な期間分の医薬品を処方することは、患者の医療安全の観点からも適切ではない」との考えを示した。減量目的などの適応外使用のリスクは、日本肥満学会が10月3日に公表した見解を踏まえ、関係学会と連携して周知するとした。一方、改めて通知を出すかとの質問には「現在のところ考えていない」と答えた。
会見でのやり取り
厚労省が公表した会見概要によると、記者は、韓国ではマンジャロの持ち込みが禁止されているが、日本の方が安いという理由で来日して処方を受け、持ち帰るケースが報告されていると指摘した。韓国当局も日本からの持ち込みが多いとのデータを公表しているとして、厚労省の受け止めと、こうした実情を知りながら外国人観光客に処方する日本の医師への対応を尋ねた。韓国側の規制やデータそのものは、本紙では韓国政府の発表で確認できていない。
上野氏は「ご指摘のような報道があることは承知している」と述べたうえで、マンジャロは適応外で使われた場合に「思わぬ健康被害につながる可能性が否定できない」とし、適正使用の確保は重要な課題だと説明した。
外国人旅行者への処方については、単回の診療では治療経過の情報が限られるとして、日本に滞在している間に必要な量を処方し、帰国後は改めてその国のかかりつけ医などの診察を受けてもらうのが適切だとの考えを示した。そのうえで、帰国後の使用を目的に長い期間分をまとめて処方することは適切ではないとした。
記者が改めて通知を出す考えがあるかを重ねて尋ねると、上野氏は「現在のところ考えていない」と答え、「何らかの方法で国民の皆さんや医療関係者に十分お知らせしていくことは重要だ」と述べた。
マンジャロとはどんな薬か
マンジャロは一般名をチルゼパチドといい、日本イーライリリーと田辺三菱製薬が扱う週1回の注射薬だ。両社の発表によると、日本では2023年4月に2型糖尿病の治療薬として発売された。腸から出るホルモンのGIPとGLP-1の二つの受容体に働きかけ、血糖を下げる。食欲を抑えて体重を減らす作用もあり、これが痩身目的の使用を呼ぶ背景になっている。
同じ成分の薬は、肥満症の治療薬「ゼップバウンド」として2024年12月27日に承認され、2025年4月11日に発売された。ただし対象は、高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかがあり、食事療法や運動療法で十分な効果が得られない肥満症の人に限られる。BMI(体格指数)が27以上で肥満に関連する健康障害が二つ以上ある人か、BMIが35以上の人が対象だ。つまり、病気のない人が体重を落とす目的で使うことは、どちらの薬でも承認の範囲外になる。
価格の面では、日本イーライリリーが8月3日に声明を出している。マンジャロの薬価は中央社会保険医療協議会の決定を受け、8月1日付で25%引き下げられた。同社は、日本の薬価はもともとG7で最も低い水準にあり、今回の引き下げでさらに下がると説明した。そのうえで、こうした低い薬価は不適正使用の増加や「海外からの医療ツーリズムの拡大」、利益目的の買い占めや海外への転売を助長しかねず、国内の2型糖尿病の患者への安定供給に支障が出る恐れがあると懸念を示していた。
学会と国が重ねてきた注意喚起
上野氏が会見で触れた日本肥満学会の見解は「安全な減量に関するステートメント」で、学会は10月3日に公開した。インクレチン関連薬と呼ばれるGLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬が、肥満症や2型糖尿病などの健康障害のない人に減量目的で使われる事例が増えていると指摘している。
見解によると、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の副作用データベースには、こうした薬の使用中に起きたケトーシスやケトアシドーシスが多数報告されている。ケトーシスは、脂肪が分解されてできるケトン体が血液中に過剰にたまった状態で、進むと血液が酸性に傾くケトアシドーシスになる。近年は2型糖尿病や肥満症のない人が減量目的で使い、発症する例の報告が増えているという。添えられた一般向けの別紙では、マンジャロやゼップバウンドを使った際にケトアシドーシスなどを起こし、救急搬送や入院に至った例が国内外で報告されていると記している。
学会は、過度な食事制限や急激な減量が発症に関わると考えられるとし、吐き気や嘔吐といった代表的な症状が薬のよくある副作用と取り違えられ、対応が遅れる恐れもあると警告した。極端な食事制限のために、これらの薬を使うべきではないとしている。
国も以前から注意を呼びかけてきた。厚労省は2023年11月9日の事務連絡で、GLP-1受容体作動薬が品薄になるなか、一部の医療機関で2型糖尿病の患者以外に「主に美容・痩身目的」で使われている実態があると指摘し、医療機関や薬局に協力を求めた。同年12月の「医薬品・医療機器等安全性情報」では、マンジャロを含むこれらの薬を適応外で使った場合の安全性と有効性は確認されていないと説明した。重い副作用が出ても、適正な使い方をしていないとして、医薬品副作用被害救済制度の給付を「受けられない可能性が非常に高い」とも注意を促していた。
今後の焦点
厚労省はこれまで、事務連絡や安全性情報で国内の医療機関に適正使用を求めてきた。今回の会見では、母国へ戻る外国人旅行者への処方という新たな場面について、大臣が「過剰な期間分」の処方は適切でないとの考えを示した。
ただ、新たな通知は出さないとしており、当面は学会の見解を使った周知が中心になる。学会は一般向けの別紙で、甘酸っぱい口臭、吐き気や腹痛、食事や水分が取れない、強いだるさといった症状が出た場合は、薬の使用と食事制限を直ちにやめ、速やかに受診を検討するよう呼びかけている。外国人旅行者への処方がどの程度あるのかについて、厚労省は会見で数字を示していない。
