上野賢一郎厚生労働相は11月6日の閣議後記者会見で、いわゆる「国保逃れ」の是正状況を説明した。社会保険料の削減をうたう事業所のうち、8月末時点で45社を調査し、38社に所属する1万1610人が健康保険と厚生年金の被保険者資格を失った。資格を失った人は、さかのぼって国民健康保険と国民年金に入り、その保険料を納める。ただし、遡って納めるのは国民健康保険料と国民年金保険料で最大2年分にとどまり、上野氏はそれ以上は遡及できないと明言した。
8月末までに45社を調査、38社で全員が資格喪失
会見で記者は、与党の政治家の事例が発端になったと指摘したうえで、厚労省による事業所調査の結果を尋ねた。
上野氏によると、社会保険料の削減ビジネスを行っていると疑われる事業所に対し、8月末時点で45社に事業所調査を行った。このうち38社から、対象者全員について被保険者資格の喪失届を提出させた。これにより1万1610人が、社会保険の適用要件を満たさないとして資格を失った。
上野氏は「現在も事業所調査・指導を進めており、本事案の是正に向けた途上にある」と述べ、調査は終わっていないとの認識を示した。すでに把握している事案は速やかに調査して指導し、新たに同様の事案を把握した場合も「厳正に対応していく」とした。
一方、記者が特定の一般社団法人が調査対象に含まれるかを尋ねたのに対し、上野氏は「個別の事業所の調査状況等については、お答えを差し控えたい」と答えた。9月に出した新しい通知に基づいて調べている事業所の数も、日本年金機構が調査中だとして明らかにしなかった。
遡って納める保険料は2年分まで、国保税は3年
健康保険と厚生年金の資格を遡って失った個人事業主らは、その期間について国民健康保険と国民年金に加入することになる。上野氏は、遡って納める期間の上限を次のように説明した。
| 保険料の種類 | 遡って納める期間 |
|---|---|
| 国民健康保険料 | 最大2年 |
| 国民健康保険税 | 最大3年 |
| 国民年金保険料 | 最大2年 |
出典: 厚生労働省「上野大臣会見概要(令和8年11月6日)」
上野氏は、国民健康保険を「保険税」として納める場合は、最大3年まで遡ることになるとも説明した。
上限が2年なのは、法律で保険料を徴収する権利の時効が2年と定められているためだ。国民健康保険法110条と国民年金法102条はいずれも、保険料を徴収する権利は、行使できる時から2年を経過すると時効で消滅すると定めている。
記者は「10年間社保、協会けんぽに入っていたという場合」でも最大2年分しか返さなくてよいのかと重ねて質問した。上野氏は「一般的な制度として、保険料や税の納付に係る遡及が何年できるかという制度」だと説明し、それ以上は遡及できないかとの確認に「そうです」と答えた。「制度の安定性などを踏まえて、これまでもそうなっている」とも述べた。
医療を受けていた場合の扱いにも触れた。資格を遡って失った後の期間に健康保険で受診していた場合、その保険給付は返還が必要になる。被保険者が以前の保険者に委任したうえで、保険者どうしで精算する仕組みもあるが、実施するかどうかは保険者の判断によるという。
3月に基準を示し、9月に2本の通知で対象を広げた
厚労省は3月18日、保険局保険課長と年金局事業管理課長の連名で「法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」を全国健康保険協会、健康保険組合、日本年金機構に通知した。
通知は、社会保険料の削減をうたって個人事業主やフリーランスを法人の役員にし、健康保険・厚生年金の資格を届け出る一方で、会費などの名目で役員報酬を上回る額を支払わせている事業所が存在すると指摘した。こうした人は「本来国民健康保険及び国民年金の適用を受けるべき者」であるのに、「通常よりも低い保険料で健康保険等の適用を受けている可能性がある」としている。
判断の基準は、役員の業務が経営への参画を内容とする経常的な労務の提供か、報酬がその業務の対価として経常的に支払われているかの2点だ。法人に役員報酬を上回る会費を支払っている場合は、原則として業務の対価として報酬を受けているとは認めない。業務が勉強会への参加やアンケートへの回答といった自己研さん、単なる活動報告や情報共有、法人の事業紹介への協力にとどまる場合も、経営への参画とは認めない。使用の実態が無いと確認された場合は、資格喪失届を提出させる。事実と異なる資格取得の届け出は、健康保険法48条と厚生年金保険法27条に反するとも明記した。
厚労省は9月14日、この通知を一部改正した。会費が報酬と同額かそれを下回る場合でも、会費が報酬の多くを占めているときなどは、使用関係があるとは認められない可能性があると加えた。会費については、勉強費、広告費、掲載料、参加料、コンサルタント料、協力金、委託費など「名称の如何を問わない」と定義した。役員どうしの研さんや仕事の互いの紹介といった連携も、経営への参画とは認めない例に加えた。
役員でなく「短時間の正社員」とする手口にも対応
同じ9月14日、厚労省はもう1本の通知を出した。個人事業主らを役員ではなく、勤務時間が極端に短い正規型の労働者として雇い、健康保険・厚生年金の資格を届け出る一方で、会費などの名目で報酬を上回る額を支払わせている事業所があるとして、扱いを明確にした。
通知は二つの要件を示した。一つは、労働者として受け取る報酬を上回る会費を事業所に支払っていること。もう一つは、業務が経常的な労務の提供と認められないことだ。後者には、1週間または1か月の労働時間が常態的に極端に短い場合や、業務が勉強会への参加、活動報告、事業所の事業紹介への協力、個人事業主としての活動をそのまま事業所の業務としたものにとどまる場合を挙げた。
二つとも当てはまる場合は「不適切に国民健康保険及び国民年金の適用を免れ」ている可能性があるとして、原則として被保険者資格を認めない。どちらか一方に当てはまる場合は、就労の実態から個別に判断する。
短時間で働く人の社会保険への加入については「「年収106万円の壁」2026年10月1日に撤廃 週20時間働けば賃金の額にかかわらず社会保険に加入 当面は従業員51人以上の企業」で伝えた。今回の通知は、加入の対象を広げるものではなく、働いた実態が乏しいのに形式だけ雇って加入させる事案を対象にしている。
政治家を対象にした調査は「考えていない」
会見では記者が、10年にわたり国保逃れをしていても2年分しか納めなくてよいのは「極めて不十分」だとし、発端が政治家の事例である以上、国会議員や地方議員を対象に調査する考えはないかと質問した。
上野氏は、取り扱いを明確にし、適切に対応していないと思われる事業所を調べているとしたうえで、「個々の方がどういう属性にあるかということは様々」だとして、政治家という属性に絞った調査は「考えていません」と答えた。
再発防止策として上野氏は、これまでに厚労省と日本年金機構のホームページへの通知の掲載や、社会保険労務士会連合会、フリーランス関係団体を通じた周知を行ってきたと説明した。今後も事業者や個人事業主に取り扱いを周知するとしている。
今回明らかになったのは、8月末時点の45社分の結果である。9月の2本の通知に基づく調査の件数や、資格を失った人が遡って納めた保険料の総額は示されていない。日本年金機構による調査が続いており、資格を失う人の数は今後も増える可能性がある。
