パートやアルバイトが社会保険に加入するかどうかを分けてきた「月額8.8万円以上」の賃金要件が、2026年10月1日に撤廃された。いわゆる「年収106万円の壁」にあたる要件で、厚生労働省は社会保険適用拡大特設サイトのQ&Aで「年収約106万円を気にする必要はありません」と明記している。10月1日以降は、週の所定労働時間が20時間以上あり、学生でなく、2か月を超えて雇用される見込みがあれば、賃金の額にかかわらず健康保険と厚生年金の加入対象になる。
施行日は9月11日公布の政令で決まった
根拠は、2025年6月20日に公布された年金制度改正法(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律・令和7年法律第74号)である。同法は賃金要件の撤廃時期を「公布から3年以内の政令で定める日」としており、その日を定める政令第275号が9月11日の官報(号外第203号)に載った。政令は、改正法附則第1条第1項第9号に掲げる規定の施行期日を「令和八年十月一日」と定めていた。
賃金要件は改正前の厚生年金保険法第12条第5号ロにあり、報酬を月額に換算した額が「八万八千円未満」であれば被保険者としない、と規定していた。同号は週の所定労働時間が20時間未満であること(イ)、高校生や大学生であること(ハ)も並べており、10月1日にこのうちロだけが消えた形になる。
最低賃金が上がり、要件が実質的に意味を失った
厚生労働省は撤廃の理由として、最低賃金の上昇を挙げている。週20時間働いて月額8.8万円に達するには時給1016円が必要になるが、令和7年度の地域別最低賃金はすべての都道府県でこれを上回った。同省の資料は、週20時間以上働けば賃金要件は自動的に満たされるため、要件を意識する必要がなくなった、と説明する。
2024年度に最低額だった時給951円で週20時間働くと月収は8.2万円にとどまり、要件を満たさなかった。賃金の底上げが、制度の側の線引きを先に無効にした形だ。
差はさらに開いている。最低賃金の引き上げ、10月1日から順次発効 全国平均は1121円から1177円へ 15都道県は1日、沖縄は12月2日と2か月の差のとおり、令和8年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1177円、最も低い宮崎県でも1085円に決まった。前の年度の最低額は高知・宮崎・沖縄の1023円で、1016円との差はわずか7円しかなかったが、1085円なら69円上回る。1年を52週、1か月を52週÷12か月=約4.33週とする国の換算方法で計算すると、宮崎県の最低賃金で週20時間働いた場合の月額賃金は9万4000円ほどになり、撤廃された8.8万円の線を6000円ほど上回る。
ただし例外がある。最低賃金法第7条の減額特例を受けている人のうち月額8.8万円未満の人は、10月以降も原則として加入しない。本人の申し出による任意加入の道は残る。
残った「週20時間」はどう数えるのか
賃金要件が消えたことで、加入するかどうかを分ける中心の線は「週の所定労働時間20時間以上」に移った。この20時間は実際に働いた時間ではなく、就業規則や雇用契約書に書かれた、通常の週に勤務する時間で判断する。厚労省の特設サイトは「残業時間は原則含みませんが、常に残業が発生している場合などは、週の所定労働時間の算出に含むことがあります」としている。
所定労働時間が週単位で決まっていない場合の数え方も示されている。短期的・周期的に変動するシフトなら、その周期のなかの1週間あたりの平均で判断する。1か月単位で決まっているなら、1か月の所定労働時間を「52を12で割った数」、すなわち約4.33で割って1週間あたりに直す。1年52週を12か月で割った1か月あたりの週数で割り戻す、という意味だ。繁忙期などで特定の月だけ例外的に長かったり短かったりする場合は、その月を除いた通常の月で同じ計算をする。
契約上は週20時間未満でも、加入対象になることがある。実際の労働時間が2か月続けて週20時間以上になり、その後も続く見込みであれば、3か月目から加入対象になる。逆に、残業で一時的に週20時間を超えただけでは加入しない。
雇用期間の条件も残る。契約期間が2か月以内でも、更新が予定されている、同じ条件で雇われた人が更新された実績があるなど、2か月を超えて雇用される見込みがあれば対象に入る。季節的な業務や臨時的事業の事業所で働く場合は、対象にならないことがある。
手取りは減るが、受け取る年金は増える
加入で何が変わるか。厚労省の試算では、年収106万円で配偶者に扶養されていた人(国民年金の第3号被保険者)は、これまで保険料の本人負担がなかったのに対し、加入後は月1万2500円を負担する。会社も同額を負担する。代わりに、老後の年金は基礎年金だけだったものに厚生年金が上乗せされ、病気やけがで働けない期間の傷病手当金なども受けられるようになる。
負担が軽くなる人もいる。年収130万円で国民年金と国民健康保険の保険料を自分で払っていた人(第1号被保険者)の負担は月2万3600円だが、厚生年金と健康保険に移ると月1万5600円に下がる。事業主が半分を負担するためだ。同省は、今回の加入拡大全体で約90万人が新たに社会保険に加入するとしている。
新たに加入対象となる人には、3年間、事業主が保険料を多めに負担することで本人負担を軽くできる特例も10月に始まった。労使で半分ずつという本来の負担割合を、賃金が低い人ほど本人側を軽くするように動かす仕組みで、月額賃金8.8万円(年収106万円)の人は本来の負担の50分の25、9.8万円(同118万円)なら50分の30、11万円(同132万円)なら50分の41と段階的に上がり、13.4万円(同161万円)で本来の50分の50に戻る。3年目は軽減の割合が半分になる。事業主が追加で負担した保険料は、その全額を制度全体で支援する。労使の合意にもとづいて任意に社会保険を適用する場合も、この支援を使える。
企業規模の要件は2035年10月までに外す
当面、賃金要件の撤廃が効くのは従業員51人以上の企業に限られる。企業規模の要件が残るためで、こちらは10年かけて段階的に下げる。対象は2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上へ広がり、2035年10月に10人以下の企業も含めて撤廃される。常時5人以上を使用する個人事業所への適用拡大は2029年10月からとなる。ここでいう従業員数は、厚生年金保険の被保険者の数で数える。
企業規模の要件を満たさない企業でも、従業員の2分の1以上の同意があれば、短時間労働者も社会保険に加入できる。
社会保険料をめぐる制度変更は、家族だけの会社で働く人の育児休業中の保険料免除など、働き方の実態に合わせた見直しが続いている。今回の撤廃は、働く時間を抑える動機として指摘されてきた「壁」のひとつを、線引きそのものをなくす形で解消したものだ。
