慶應義塾大学、神戸大学、京都産業大学、東京大学、北海道大学、京都大学、理化学研究所などの研究チームは10月26日、金星の大気が惑星の自転より速く回る「スーパーローテーション(超回転)」について、風速が異なる2017〜2022年の5つの時期の特徴を数値計算で再現したと発表した。日本の金星探査機「あかつき」が雲頂付近で測った風を計算モデルに取り込む「データ同化」という手法を使い、観測との風速の誤差を約74〜80%減らした。観測の無い高度を含む大気の3次元構造も推定した。成果は英ネイチャー・ポートフォリオの学術誌「npj Space Exploration」に10月23日付でオンライン掲載された。
自転の最大60倍で回る金星の大気
金星は地球とほぼ同じ大きさの惑星だが、大気の動きは地球と大きく異なる。発表によると、金星では高度約70キロの雲頂付近で西向きの風が秒速約100メートルに達し、惑星の自転の最大60倍の速さで大気が周回している。この現象がスーパーローテーションだ。JAXA宇宙科学研究所は2022年の発表で、上層大気の速さを時速約360キロと示し、仕組みが十分に解明されていないことから「惑星気象学最大の謎のひとつ」と説明している。
あかつきの観測からは、大気の波が高速の流れを保つ役割を果たしていることが示され、理解は近年進んだ。長年の観測で、雲頂付近の風速が長期的に変わることや、北半球と南半球で風速が異なることも分かってきた。
ただ、金星は厚い硫酸の雲に覆われており、雲より下の大気を直接観測することは難しい。探査機による観測も、時間と場所が限られる。今回使った風のデータは、あかつきの紫外線カメラ(UVI)の画像から雲の動きを追って求めたもので、雲頂付近の昼側に限られ、時間的にも途切れている。こうした断片的な観測から、時期ごとの大気の状態を続けて推定し、その違いを捉えることが課題になっていた。
天気予報の手法を金星へ
研究チームが用いたのは、地球の天気予報で使われるデータ同化だ。観測データを数値モデルに取り込み、観測とモデルの双方の不確かさを考えながら大気の状態を推定する。天気予報や季節予報では、計算を始める時点の大気の状態(初期値)を作るのに使われている。
チームは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球大気の計算モデル「AFES」をもとに金星用に開発した大気大循環モデル「AFES-Venus」と、局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)と呼ばれる同化手法を組み合わせ、金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」を作った。計算はJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で行った。
チームは2022年9月、このシステムにあかつきの観測を取り込んで、金星大気の客観解析データ(観測とモデルの予報を統合し、一定の時間間隔と共通の格子にまとめた気象データ)を作ったと発表していた。宇宙科学研究所は当時、これを「世界で初めて」の金星の気象データセットとしている。使ったのは2018年の観測で、あかつきの後期運用チームが11〜12月に集中観測を行った。金星と地球の距離が近く、観測データを速く地上へ送れる時期で、紫外線カメラで昼側を続けて撮れる時期とも重なっていた。このデータセットは「ALERA-V」の名で公開されている。
計算と観測の関係を詰める研究は、太陽から飛来する粒子の予測でも進んでいる。富士通や情報通信研究機構(NICT)などは、探査機5機の観測に合わせて計算条件を自動で決める技術を10月に発表した(太陽の高エネルギー粒子の予測、計算条件を自動で決定 富士通・NICTなど)。
5つの時期で観測との誤差を7〜8割減らす
今回は、特定の期間に限っていた同化を、2017〜2022年のうち風速の異なる5つの期間に広げた。内訳は風の速い期間が2つ、中間が1つ、遅い期間が2つで、それぞれ約6か月間の同化実験を行った。観測を取り込む高度は69キロ、範囲は南緯60度から北緯60度までとした。
観測を取り込まずにモデルだけで計算した場合(フリーラン)には、風速が観測より大きく出ていた。同化によってこの過大な風速が抑えられ、各時期の観測に近い風速の分布が得られた。同化に使った観測値と比べた風速の誤差(二乗平均平方根誤差)は約74〜80%、系統的な偏り(バイアス)は約83〜86%小さくなった。
雲頂の風の南北差も再現した。風の遅い2つの期間では、観測で見られた北半球と南半球の東西風の大きな差が、計算でも現れた。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象の時期 | 2017〜2022年のうち風速の異なる5期間(速い2・中間1・遅い2) |
| 1期間の同化実験 | 約6か月間 |
| 取り込んだ観測 | あかつき紫外線カメラの画像から求めた雲頂付近の水平風(昼側) |
| 観測を取り込む範囲 | 高度69キロ、南緯60度〜北緯60度 |
| 風速の誤差 | 約74〜80%減 |
| 系統的な偏り | 約83〜86%減 |
雲の下の大気の流れにも時期の違い
チームは、観測の無い高度を含む大気の3次元構造も推定した。南北方向と上下方向に広がる大気の循環を「子午面循環」と呼ぶ。熱や回転の勢い(角運動量)を運ぶ流れで、地球の「ハドレー循環」もその一種だ。
推定では、同化した高度をまたいで下層から上層まで広がる循環が、フリーランに比べてすべての期間で強まった。風の遅い2つの期間では、速い2つの期間より強まり方が大きく、南北で非対称な形も見られた。
太陽の加熱が昼側に偏ることで生じ、太陽の動きに合わせて移る大気の波「熱潮汐波」の構造にも、5つの期間の間で系統的な違いが見られた。熱潮汐波はスーパーローテーションを保つうえで重要な役割を果たすと考えられている。赤道付近では、地方時(その場所での太陽の位置で決まる時刻)によって風速が増減する様子が、あかつきの観測に近づいた。
同化の各段階で計算に加える直接の修正は、主に雲頂付近に限られる。一方、子午面循環の変化はより広い高度に現れた。チームは、雲頂の風を修正されたモデルが力学的に応答したためと考えている。観測の取り込みを止めた後も、フリーランとの差は約1か月続いた。観測の影響が、モデルの大気の状態に一定の期間残ることを示すという。
チームは、観測の無い高度の構造はモデルに基づく推定だとしている。その妥当性の検証と、循環が変わる仕組みの解明を今後の課題に挙げた。
運用を終えた「あかつき」のデータを生かす
あかつきは2010年5月21日、種子島宇宙センターからH-IIAロケット17号機で打ち上げられた。同年12月の金星周回軌道への投入には失敗したが、2015年12月7日の再挑戦で成功し、日本で初めて地球以外の惑星を回る探査機になった。
JAXAによると、あかつきは8年以上にわたって金星大気を観測し、太陽系で最大の山岳波の発見や、スーパーローテーションを保つ仕組みの解明、地球の気象学で用いるデータ同化手法の導入といった成果を挙げた。しかし2024年4月末の運用で、姿勢を保つ精度の低い制御の状態が長く続いたことをきっかけに通信を確立できなくなった。復旧の見込みが立たず、設計寿命も大きく超えていたことから、JAXAは2025年9月18日に停波作業を行い、運用を終えた。
今回の研究は、運用を終えた探査機が残した観測を、数値モデルと組み合わせて読み直す試みにあたる。チームは、雲頂付近の昼側に限られた観測からでも時期ごとの大気の状態を推定できることを示したとしている。今後は、5つの期間の同化実験で得た客観解析データを順次公開する予定だ。将来の金星探査で得るデータの解析や、観測データの乏しい他の惑星の大気研究にも応用できると見込む。
研究は、慶應義塾大学自然科学研究教育センターの藤澤由貴子研究員、同大学法学部の杉本憲彦教授、JAXAの村上真也主任研究開発員、神戸大学の林祥介名誉教授、理化学研究所計算科学研究センターの三好建正チームプリンシパルらが行った。
