経済産業省は10月5日、同省と外務省、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)が9月23日から25日にかけて、日本企業関係者とともにウクライナ西部のウジュホロド市とリヴィウ市を訪問したと発表した。参加したのはウクライナの復旧・復興に関心の高い日本企業5社。州政府・市政府の関係者と面談し、リヴィウ市が主催するビジネスセミナーや現地企業の視察・交流会に加わった。経産省は「具体的なビジネス案件形成を促進し、官民一体となったウクライナ支援の取組を加速化していく」としている。
訪問は3日間 企業名と成果は公表されず
経産省の発表によると、今回の訪問は経産省・外務省・JETROが派遣するウクライナミッションの一環として実施された。参加した日本企業は「ウクライナの復旧・復興に貢献するビジネス組成に向けた意見交換等を実施した」という。
発表されたのは日程と訪問先、参加企業数、現地での活動内容までで、参加企業の社名、面談した州政府・市政府の相手、覚書などの署名の有無は書かれていない。発表文に添付資料はなく、現地の様子を伝える写真3枚が添えられているだけだ。首都キーウは今回の訪問先に入っていない。
行き先は首都から西部へ 企業数は8社から5社に
経産省が公表した過去の発表をたどると、ウクライナへの官民ミッションは今回で3回目にあたる。
1回目は2025年7月3日から8日。経産省は「ウクライナ・ポーランド南東部ミッション」の一環として、首都キーウと西部のリヴィウを訪れ、ウクライナ政府関係者やウクライナ企業と復旧・復興に向けた意見交換を行うと発表した。この回は参加企業数を公表していない。
2回目は同年11月3日から7日で、リヴィウ市のみを訪問し、日本企業8社が参加した。活動内容はリヴィウ市主催のビジネスセミナー、JETRO主催の現地企業との交流会、現地企業視察で、今回とほぼ同じ構成だ。
並べると、行き先は首都キーウから西部の都市へ移り、公表されている参加企業数は8社から5社に減った。経産省は企業数が変わった理由を発表していない。一方で訪問先はリヴィウ1市からウジュホロドを加えた2市に広がっており、西部でビジネスの接点を探る範囲は広がっている。
「協力文書56本」で枠組みを作り、企業を運ぶ段階へ
日本のウクライナ経済支援の土台は、2024年2月19日に東京・経団連会館で開かれた「日・ウクライナ経済復興推進会議」で作られた。外務省の公表によると、首脳セッションで岸田文雄首相(当時)が基調講演し、「包摂性」「パートナーシップ」「知見・技術」の3つを原則に挙げたうえで、日本の民間投資を促してウクライナで雇用を生む5つの行動を示した。具体例として挙げられたのは、租税条約の署名、投資協定の改正のための交渉開始、JETROキーウ事務所の設置だ。
同日、岸田首相とシュミハリ・ウクライナ首相(当時)の立会いの下で計56本の署名協力文書が披露され、両政府の共同コミュニケが発表された。あわせて日・ウクライナ租税条約の署名、無償資金協力「緊急復旧計画(フェーズ3)」に関する書簡の署名、二国間クレジット制度の構築に関する協力覚書の署名、ウクライナ国民に対するビザ発給要件の緩和も公表されている。
その1年半後、2025年8月4日には東京で「日・ウクライナ経済復興推進フォーラム」が開かれた。主催は経産省、JETRO、ウクライナ経済・環境・農業省で、ウクライナ側からカチカ副首相、シビハ外相、ソボレフ経済・環境・農業相が、特別ゲストとしてゼレンスカ大統領夫人が出席した。この場では経産省・国連工業開発機関(UNIDO)・ウクライナ経済・環境・農業省による共同声明が披露され、インフラ、農業、IT分野などで両国の企業・機関の協力文書29件の披露式が行われた。加藤経産大臣政務官は、UNIDOを通じた260億円規模の実証事業と、中東欧など周辺国との連携による260億円規模の実証事業への支援、そしてキーウやリヴィウなどへの継続的な官民ミッション派遣を挙げている。
条約・協定の署名と資金協力で制度の枠組みをそろえる段階から、企業を実際に現地へ連れて行き、個別の案件を組ませる段階へ。今回のミッションはその延長線上にある。ただし発表の段階では、どの企業がどの案件に進んだのかは外からは確認できない。
制裁を強める一方で、企業は現地へ
日本政府はロシアへの制裁とウクライナへの支援を同時に進めている。10月2日には政府、ロシアの「影の船団」35隻を規制対象に指定 海運・保険・修繕など6分野のサービス提供を許可制へ 33団体・9個人の資産も凍結する措置を実施しており、制裁逃れに使われているとされる船舶そのものを規制対象に加えた。その2週間ほど前には、同じウクライナ西部を含む現地に日本企業が入っていたことになる。
政治レベルの往来も続いており、9月には森衆院議長がウクライナを訪問 ロシア侵略後、日本の国会議長として初 ゼレンスキー大統領・コレツキー首相と会談している。ロシアへの圧力と、ウクライナ側への人とビジネスの送り込みが、同じ時期に並行して動いている。
