世界保健機関(WHO)は9月24日、薬物依存専門委員会(ECDD)第48回会合の報告書を公表した。最大の焦点だったコカ葉について、1961年の麻薬単一条約で最も規制の厳しい区分の一つである「スケジュールI」に置き続けるよう勧告した根拠を、202ページにわたって示している。報告書はWHO技術報告シリーズの第1069号として出された。
コカ葉は南米アンデス地域の先住民が数千年にわたって噛んだり茶にしたりしてきた植物の葉で、同時にコカインの原料でもある。2023年に締約国の一つがWHOに正式な見直しを求めたことから、条約上の位置づけを科学的に検証し直す「批判的レビュー」が始まった。WHOがコカ葉を本格的に審査したのは、1992年の予備審査以来となる。
決め手は「コカインに変えやすい」こと
報告書によると、専門委員会が重くみたのは条約が定める「転換可能性」の基準だった。条約は、ある物質が既にスケジュールI・IIにある薬物へ「容易かつ採算が合う形で」変えられる場合、その物質自体も規制対象にできると定めている。
コカ葉からコカペーストを作り、そこからコカインを精製する工程は特別な技術も装置も要らないと報告書は指摘する。示された歩留まりは具体的で、コカ樹の栽培1ヘクタールから年におよそ4.2トンの生葉が採れ、生葉1トンからコカペースト約1.5キロまたはコカイン塩基約1.4キロができる。コカイン塩基1キロからは純度およそ85%のコカイン塩酸塩が約0.9キロ得られるという。
栽培面積の急増も判断材料になった。コロンビアは2005年に10万ヘクタール未満だったのが2023年には25万ヘクタールを超え、ペルーは2015年の4万300ヘクタールから2023年には9万2784ヘクタールへ増えた。ボリビアは2023年で3万1000ヘクタールと20年間では減少傾向にあるが、うち許可されているのは2万2000ヘクタールにとどまる。国連薬物犯罪事務所(UNODC)の集計では、世界のコカイン生産量は2023年に3708トンと過去最高を記録し、前年から34%増えた。委員会は「既存の国際規制を緩めたり外したりすれば、公衆衛生に特に深刻な危険をもたらしうる」と結論づけた。
噛む習慣そのものは「重大な危険ではない」
一方で報告書は、伝統的な使い方そのものへの評価は分けている。葉を噛む、あるいは茶として飲む形の使用は「特に重大な公衆衛生上の危険をもたらすものではない」と明記した。ただし長期使用の安全性を示す資料は十分でないとも付け加えている。
依存についても数字が挙がった。1300人を超えるコカ葉の噛用経験者を対象にした疫学研究では、国際疾病分類第10版(ICD-10)の依存の基準に当てはまったのは2.3%だった。基準に当てはまった人は、そうでない人より生活の質が低かった。伝統的な使用による致死的な過量摂取の報告例は確認されていない。
委員会は、コカ葉が先住民らにとって文化的・治療的に重要な意味を持つことや、伝統的使用を認める国内制度が各国にあることも認めた。WHOの専門委員会は1952年と1954年の会合で葉を噛む習慣自体を「嗜癖の一形態」と結論づけており、これが1961年条約でコカ葉が規制対象になった経緯につながっている。今回の報告書は、その70年前の評価とは異なる判断を伝統的使用について示しながら、規制の枠組み自体は動かさなかった形になる。
合成オピオイド2種は新たに規制対象へ
第48回会合は2025年10月20〜22日にジュネーブで開かれ、コカ葉のほかに新規の合成薬物3種を審査した。合成オピオイドのN-ピロリジノイソトニタゼンとN-デスエチルエトニタゼンを1961年条約のスケジュールIへ、合成カンナビノイドのMDMB-FUBINACAを1971年の向精神薬条約のスケジュールIIへ追加するよう勧告した。
勧告は2025年12月10日に公表され、国連麻薬委員会(CND)が今年3月9〜13日の第69会期で3物質の規制を決めた。コカ葉については規制の変更を求めていなかったため、委員会の投票は行われなかった。国際的な薬物・犯罪対策の枠組みをめぐっては、国連犯罪防止刑事司法会議、26日にアブダビで開幕 初日の午前に「アブダビ宣言」を採択へ 5年前の京都宣言の宿題も検証のように、UNODCが所管する別の会議体でも議論が続いている。
新規の合成薬物は2013年の254種から現在はおよそ1400種へ増えており、CNDはこれまでWHOの勧告に基づいて89種を規制下に置いてきた。今回の会合に向けた加盟国向け調査には、194か国のうち91か国が回答している。
日本では、麻薬及び向精神薬取締法の別表第一(第二条関係)が第十四号に「コカ葉」を掲げており、コカインとは別に、葉そのものが麻薬として扱われている。同じ別表の第十二号にはニタゼン系のクロニタゼンも並ぶ。条約のスケジュールが変われば国内法の別表も見直しの対象になるため、今回の「維持」は日本の規制にも変更を生じさせない。
