ロシアのプーチン大統領は11月5日、日本たばこ産業(JT)グループのロシア4法人の持分を「一時管理」の対象に加える大統領令第817号に署名した。管理者にはロシアの株式会社「プロムイシュレンヌイエ・アクティブイ」(「産業資産」の意)を指定し、同日の公布で発効した。JTのロシア子会社の売上収益は連結全体の1割を超える。大統領令に、JTを対象とした理由は書かれていない。
4法人の持分を7項目で列挙
第817号は全3ページで、2023年4月の大統領令第302号に付いた一時管理の一覧の第4部に、項目93から99を足す内容だ。対象はJTIドンスコイ・タバク、JTIエレツ、クレス・ネバ、ペトロの4法人で、いずれも有限責任会社である。管理者は7項目ともプロムイシュレンヌイエ・アクティブイとなっている。
| 項目 | 法人 | 持分 | 持ち主 |
|---|---|---|---|
| 93 | JTIドンスコイ・タバク | 99.9999% | JTIロシア |
| 94 | JTIドンスコイ・タバク | 0.0001% | ペレスラブリ・タバク |
| 95 | JTIエレツ | 65.64% | JTインターナショナル・ホールディング |
| 96 | JTIエレツ | 18.85% | JTIロシア |
| 97 | JTIエレツ | 15.51% | ペトロ |
| 98 | クレス・ネバ | 100% | JTIインベストメンツ |
| 99 | ペトロ | 100% | JTIインベストメンツ |
法人ごとに足し合わせると、4法人とも持分の100%が一覧に載った計算になる。持ち主のうち、JTIロシア(LLC JTI Russia)とペトロ(LLC Petro)は、JTの有価証券報告書に連結子会社として記載がある。JTインターナショナル・ホールディング(JT International Holding B.V.)もJTの子会社で、JTはたばこ事業への投資を同社を通じて保有している。
一方、JTIロシアそのものの持分は今回の7項目に入っていない。有価証券報告書が売上収益を個別に示す会社だが、一覧に載ったのは同社が持つ他法人の持分である。プロムイシュレンヌイエ・アクティブイについて、大統領令は社名のほかに何も記しておらず、どのような会社かは確認できていない。
一時管理は処分を除く所有者の権限を移す
根拠の第302号は2023年4月25日に署名された。前文は、米国とこれに同調する国・国際機関がロシアやロシアの法人・個人の財産権を奪う「非友好的で国際法に反する」行為を取っていると述べ、緊急の対抗措置だと位置づけている。ロシアの国外資産が奪われたり、その恐れや安全保障上の脅威が生じたりした場合に、ロシア国内にある「非友好国」の関係者の財産を一時管理に置くという枠組みだ。
ここでいう関係者には、その国の国民や居住者のほか、登記地、主な事業地、主な利益の取得地がその国である者が含まれる。これらの者に支配される者も入る。ロシア政府は2022年3月5日付の指令第430-r号で非友好国の一覧を定めており、日本はこの一覧に載っている。
管理者の権限は第302号の第5項に書かれている。管理者は財産について所有者の権限を行使するが、処分の権限は除かれる。あわせて財産の棚卸しと保全を担い、管理にかかる費用はその財産の利用で得た収入から賄う。管理者は原則として連邦国有財産管理庁だが、大統領が別の者を指定できる。今回の7項目では、同庁ではなく株式会社が管理者になった。
終わり方は第8項にあり、一時管理は大統領の決定で終わる。期限の定めは無い。
一覧への追加は今回が初めてではない。第817号の冒頭には第302号の掲載箇所が34か所並び、うち11か所が2026年の分である。
ロシアはJTの売上の1割超、販売数量の約14%
JTにとってロシアは主要市場の一つだ。有価証券報告書は、連結売上収益の10%を超える会社としてJTIロシアだけを挙げ、損益を個別に開示している。
| 項目 | 数値 | 時点 |
|---|---|---|
| JTIロシアの売上収益 | 3923億7400万円 | 2025年 |
| JTIロシアの税引前利益 | 1462億8400万円 | 2025年 |
| JTIロシアの当期利益 | 900億4600万円 | 2025年 |
| JTIロシアの資産合計 | 5812億6500万円 | 2025年 |
| ロシアの総販売数量 | 599億本 | 2026年1〜9月 |
| ロシアの数量シェア | 35.8% | 2026年1〜9月 |
JTの2025年の連結売上収益は3兆4676億7500万円で、JTIロシアの分は約11.3%にあたる。2026年1〜9月のロシアの総販売数量は、たばこ事業全体の4374億本の約13.7%だ。前年同期からは3.6%減ったが、JTは同じ期間の為替一定ベースの自社たばこ製品売上収益について、価格や製品構成の影響が数量の減少を上回り前年同期より増えたと説明している。
今回名前の挙がったペトロも、有価証券報告書の主要な設備に載っている。2025年末の時点で、たばこ製造設備の帳簿価額が203億6000万円、土地が19万4000平方メートル、従業員が1042人である。同報告書が海外子会社の主要な設備として挙げるのは、ポーランド、ロシア、トルコの3社だ。
販路にも特徴がある。JTは、ロシアなどで物流・卸売業を営むメガポリスグループに製品を販売しており、2025年の売上収益は4974億8800万円で、連結の14.3%を占める。JTはロシア国内で物流事業を行うTC Megapolis JSCに23.0%を出資し、持分法を適用している。2025年末の同社への営業債権は907億3400万円だった。メガポリス関連の持分は今回の7項目に無い。
JTは「経営からの分離」を検討していた
JTは、ロシア事業の扱いをすでに課題として開示してきた。10月29日の第3四半期決算短信は、ロシア市場で「国内外におけるあらゆる制裁措置・規制等を順守した上で事業運営を継続」しているとしたうえで、「当社グループ経営からの分離を含めた選択肢の検討を継続しております」と記した。今年3月の有価証券報告書にも同じ趣旨の記載がある。
短信はさらに、「現時点において、今後の見通しや業績への影響については合理的に見積ることができません」と書き、「今後、開示すべき内容が生じた場合には、速やかに開示してまいります」と続けている。今回の大統領令は、この記載から7日後に出たことになる。
第302号は管理者から処分の権限を除いているが、持ち主であるJT側の処分がどう扱われるかは条文に書かれていない。JTが検討してきた「分離」の具体的な方法も公表されておらず、一時管理がこの検討にどう関わるかは現時点で分からない。
JT全体の2026年1〜9月の連結売上収益は前年同期比13.6%増の2兆9913億8200万円、営業利益は24.2%増の9477億1000万円だった。JTは政府が発行済株式総数の33.34%を保有する会社でもある。日本たばこ産業株式会社法に基づき、政府は常時3分の1を超える株式を持つ。国内のたばこをめぐる動きは加熱式たばこ、10月1日に課税方式の見直し第2段階 JTのプルーム用スティックは580円から620円へ フィリップモリスのテリアは620円から640円へで伝えた。
理由と当事者の対応は確認できていない
第817号の本文は、一覧への追加と発効の定めだけで構成されている。なぜJTグループなのか、なぜこの時期なのかの説明は無い。クレムリンの告知も、大統領令の題名を示して署名の事実を伝えるだけである。第302号の前文にある対抗措置という一般的な位置づけのほかに、ロシア側が示した理由を確認できなかった。
JTの見解も、本紙は確認できていない。6日未明の時点で、JTのIRページに今回の件の掲載は見当たらなかった。ただし同社のプレスリリース一覧はページの仕組みの都合で読み取れておらず、発表が無いとは言い切れない。日本政府の見解も確認できていない。
今後の確認点は3つある。JTが業績への影響と、ロシア子会社の連結上の扱いをどう開示するか。現地の工場と販売の運営に変化が出るか。そして日本政府がどのような立場を示すかである。
本紙は、この措置を日本の国益に関わる問題とみる。第302号は、ロシアの財産権を奪う行為への対抗措置を掲げている。しかし第817号には、JTグループが何をしたのかの記載が無い。理由を示さずに外国企業の持分を一覧に加え、期限の無い管理に置くやり方は、財産権の保護の面で認めがたい。
JTの発行済株式の33.34%は政府が保有し、ロシアはJTの販売数量の約14%を占める。JTは10月の時点で、業績への影響を見積れないとしていた。この件は1社の経営にとどまらず、国が持つ株式の価値にも関わる。日本政府はロシア側に根拠の説明を求めるのか。政府が株式の3分の1超を持つ会社の財産が関わる以上、立場を示すべき案件である。
