鳥羽水族館(三重県鳥羽市)は11月5日、飼育していたメスのラッコ「キラ」(18歳)が同日午前10時40分に死亡したと発表した。獣医師の所見では、死因は呼吸不全による心肺停止と推測され、同館は病理検査などで詳しく調べる。同館の飼育史によると、国内のラッコ展示は2025年1月から同館のキラと「メイ」の2頭だけになっていた。残るのは22歳のメス、メイ1頭である。

8月から足腰に不調、5日朝にけいれん

同館の発表によると、キラの足腰に不調が見られ始めたのは2026年8月ごろだった。飼育担当者と獣医師が検査と経過観察を続けていた。キラは今年4月に18歳となり、同館は「飼育下のラッコとしては高齢」と説明している。

同館はこの間、公式ユーチューブチャンネルで24時間配信してきた「ラッコ水槽ライブカメラ」について、9月28日付のお知らせで、当面は営業時間中の午前9時30分から午後5時までに短縮すると告知した。同じお知らせで、ラッコの健康状態は公式ホームページなどで知らせるとして、電話やメール、現場での直接の質問を控えるよう求めている。

11月1日には、キラの状態を公表した。足腰の運動機能の不調に加え、最近は体重の低下も顕著になったとして、治療とケアに努めていると説明した。6月時点の体重は約21キロだった。この時点で、状況によってはラッコ展示の全面中止とライブ配信の停止を実施する予定があることも明らかにしている。

3日には、4日から当面の間ラッコの見学を全面中止し、ライブ配信も止めると発表した。

死亡した5日は、午前7時ごろにけいれんを確認し、治療室へ移した。保温、酸素吸入、投薬を続けたものの容体は改善しなかった。飼育係が見守るなか、午前10時40分に息を引き取ったという。

担当者は同館を通じ、亡くなる前日も寝転びながら餌を食べ、要らなくなると首を横に振っていたと明かした。「最後までキラらしい姿を見せてくれたと思います」と振り返っている。最期は担当者とメイも近くにいたという。

和歌山で生まれ、多頭飼育のため鳥羽へ

キラは2008年4月21日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドで、父「カン」と母「フローラ」の間に生まれた。名前には「みんなに愛されて光輝く存在になってほしい」という願いが込められている。

鳥羽水族館に来たのは2021年3月17日で、13歳になる直前だった。同館は入館の理由を「動物福祉の観点から、多頭飼育を目的に」と説明している。多頭飼育とは、1頭で飼わず複数の個体を一緒に飼うことを指す。同館では2018年10月31日にオスの「ロイズ」が13歳で死亡し、オスがいなくなっていた。

同館の紹介によると、キラの体長は約90センチで、毛並みは茶色っぽく、鼻の周りが黄色味を帯びる。性格は細かなことに動じにくいマイペースで、気分が乗らないと反応しないこともあった。手を素早く振る「高速バイバイ」や「高速拍手」を得意とした。好物はイカと貝で、食べるペースが遅く、メイに餌を横取りされることもあったという。

入館と同じ2021年について、同館の飼育史は「第二次ラッコブーム」の到来と記している。ラッコを見られる施設の減少に加え、交流サイト(SNS)の普及で注目が集まったという。飼育40周年の2023年には10月3日に記念本を発売し、写真集「ラッコのメイとキラ」も再版した。2024年4月14日にはライブカメラの配信が始まり、2頭の姿は館外からも見られるようになった。

残るメイは22歳、展示の中止は続く

残るメイは2004年5月9日に鳥羽水族館で生まれたメスだ。同館生まれのラッコとしては、1984年の「チャチャ」から20年ぶりの誕生だった。名前は母親「ポテト」にちなみ、ジャガイモの品種「メイクイーン(5月の女王)」から付けられた。体長は約100センチ、体重は6月時点で約20キロで、水面から約1メートル跳び上がってガラスに貼りついたイカを狙う「イカミミジャンプ」で知られる。同館はメイを「国内最高齢」と紹介している。

同館によると、メイに今のところ変わった様子は見られない。しばらく観察とケアを続けるため、ラッコの展示は引き続き中止する。見学とライブ配信を再開するときは公式ホームページとXで知らせるとしており、再開の時期は示していない。

担当者は「メイのケアにも尽力し、1日でも長く元気に生きてもらえるよう頑張っていきたいと思います」と話している。

同館は、献花や供物、飼育係への贈り物を一律で受け取らないとしている。代わりに、キラへの思いをつづる「メッセージボード」を近日中に館内へ設置する予定だ。

28施設122頭から、残るは1頭

鳥羽水族館のラッコ飼育は、1983年10月3日にアラスカから4頭を受け入れて始まった。内訳はメス3頭とオス1頭で、成田空港からは冷凍車で運ばれ、同月16日に一般公開された。翌1984年2月23日には国内で初めての赤ちゃんが生まれ、愛称の公募には3万4041通が集まった。同館の飼育史はこの年を「第一次ラッコブーム」の到来と記す。

国内の飼育頭数は1994年に最多となり、28施設で122頭(オス45頭、メス77頭)に上った。その後の減少について、同館は海外からの輸入が途絶え、国内生まれのラッコも世代を重ねて繁殖が難しくなったためと説明している。野生のラッコはワシントン条約の規制に加え、米国の海洋哺乳類保護法で捕獲と輸出が厳しく制限されているという。飼育の負担も大きく、ラッコは1日に体重の20〜25%の餌を食べ、水温と水質は24時間体制で管理する必要があると同館は説明している。体重20キロのメイに当てはめると、1日4〜5キロの餌にあたる。

時期 出来事
1983年10月 鳥羽水族館にアラスカから4頭が入館
1984年2月 国内初の赤ちゃん「チャチャ」が誕生
1994年 国内の飼育が最多の28施設122頭に
2004年5月 鳥羽水族館でメイが誕生
2021年2月 マリンワールド海の中道のマナが死亡
2021年3月 キラが鳥羽水族館に入館
2025年1月 リロの死亡で、国内の展示は鳥羽水族館の2頭に
2026年11月 キラが死亡し、展示されるラッコはメイ1頭に
国内のラッコ飼育の主な経過出典: 鳥羽水族館「鳥羽水族館ラッコ飼育史」、マリンワールド海の中道の発表

福岡市のマリンワールド海の中道でも、繁殖には至らなかった。同館のメス「マナ」は2021年2月、妊娠の兆候が見られた後に体調が悪化し、手術を受けたが子宮破裂で死亡した。2025年1月4日には、国内で飼育されるラッコのうち唯一のオスだった「リロ」が17歳で死亡した。同館によると、1989年から続いた展示はこれで途絶えた。

リロの死亡後に国内で展示されていたのはメイとキラのメス2頭で、オスはいなかった。鳥羽水族館が1983年に始めた飼育は、40年余りで1頭を残すのみとなった。同館は病理検査でキラの詳しい死因を調べるとともに、メイの観察とケアを続ける。