ロシアのプーチン大統領は11月6日、日本たばこ産業(JT)のロシア子会社JTIロシアなど3法人を「一時管理」の対象に加える大統領令第832号に署名した。同日の公布で発効した。5日の第817号と合わせ、対象は2日で7法人になった。JTIロシアは、JTが連結売上収益の10%を超える会社として有価証券報告書に挙げるロシアで唯一の子会社である。片山財務相は6日の会見で、5日の措置について外交ルートで抗議し撤回を求めたと述べた。
第832号は3法人を追加、JTIロシアの持分も対象に
第832号は全2ページで、2023年4月の大統領令第302号に付いた一時管理の一覧に3項目を足す内容だ。一覧は財産の種類ごとに分かれており、株式の第3部に項目57を、持分の第4部に項目100と101を加えた。管理者はいずれも、第817号と同じ株式会社「プロムイシュレンヌイエ・アクティブイ」(「産業資産」の意)である。
| 項目 | 法人 | 割合 | 持ち主 |
|---|---|---|---|
| 第3部57 | ペレスラブリ・タバク(株式会社) | 株式の100% | JTIインベストメンツ |
| 第4部100 | JTIイノベーティブ・プロダクツ(有限責任会社) | 持分の100% | JTIインベストメンツ |
| 第4部101 | JTIロシア(有限責任会社) | 持分の100% | JTIインベストメンツ |
5日の第817号は、JTIドンスコイ・タバク、JTIエレツ、クレス・ネバ、ペトロの4法人の持分を7項目で一覧に加えていた。詳しくはプーチン大統領、JTグループのロシア4法人の持分を「一時管理」に 理由は示さずで伝えた。このときJTIロシアは、JTIドンスコイ・タバクの99.9999%とJTIエレツの18.85%を持つ側として名前が出ただけで、同社そのものの持分は対象になっていなかった。ペレスラブリ・タバクも、JTIドンスコイ・タバクの0.0001%の持ち主として載っていた。
第832号により、持ち主として名前が挙がっていたこの2社の持分も一覧に入った。2本の大統領令を合わせると10項目、7法人で、法人ごとに足し合わせるといずれも100%が対象になる。7法人のうち5法人は、JTIインベストメンツが100%を持つ形で載っている。
JTの開示は第817号の4法人を「製造会社」と呼ぶ。第832号の3法人がどのような事業を担うのかは大統領令に書かれていない。ロシアにはJTが持分法を適用するTC Megapolis JSC(出資比率23.0%)もあるが、10項目に同社の名前は無い。
一時管理とは何か、第302号の仕組み
第302号の前文は、米国とこれに同調する国・国際機関がロシアやロシアの法人・個人の財産権を奪う「非友好的で国際法に反する」行為を取っていると述べ、緊急の対応だと位置づけている。ロシアの国外資産が奪われたり、制限されたり、その恐れが生じたりした場合に、ロシア国内にある「非友好国」の関係者の財産を一時管理に置く枠組みだ。ロシア政府が2022年3月5日付の指令第430-r号で定めた非友好国の一覧に、日本は載っている。
管理者は、処分の権限を除いて所有者の権限を行使する(第5項)。財産の棚卸しと保全も担い(第6項)、費用はその財産の利用で得た収入から賄う(第7項)。一時管理は大統領の決定で終わる(第8項)とされ、期限の定めは無い。第302号は所有権の移転を定めていないが、処分を除く所有者の権限は管理者に移る。
一覧は2023年の制定時に3項目で始まった。第3部の株式に、ユニパー(Uniper SE)が持つユニプロの株式と、北欧の電力会社フォータムの関係会社が持つロシアのフォータムの株式が載った。第832号の冒頭には第302号の掲載箇所が35か所並び、うち12か所が2026年の分である。第3部は項目57まで、第4部は項目101まで伸びた。
JTIロシアは税引前利益で連結の約2割
JTの有価証券報告書によると、JTIロシアの2025年の売上収益は3923億7400万円だった。連結の3兆4676億7500万円の約11.3%にあたる。利益で比べると比率はさらに高い。
| 項目 | JTIロシア | JT連結 | 比率 |
|---|---|---|---|
| 売上収益 | 3923億7400万円 | 3兆4676億7500万円 | 約11.3% |
| 税引前利益 | 1462億8400万円 | 7397億8600万円 | 約19.8% |
| 当期利益 | 900億4600万円 | 5132億1400万円 | 約17.5% |
| 資本合計 | 5009億7800万円 | 4兆1153億8900万円 | 約12.2% |
| 資産合計 | 5812億6500万円 | 8兆4192億4000万円 | 約6.9% |
比率は、JTIロシア単独の数値を連結の数値で割ったもので、連結の中で同社が生む利益の割合をそのまま示すものではない。ただ、JTが有価証券報告書で損益を個別に示すロシアの会社はJTIロシアだけで、第832号はその会社を対象に入れた。
ロシアの市場も大きい。2026年1〜9月のロシアの総販売数量は599億本で、たばこ事業全体の4374億本の約13.7%を占める。数量シェアは35.8%だった。前年同期からは3.6%減ったが、為替一定ベースの自社たばこ製品売上収益は増えた。JTは、ロシアなどで物流・卸売業を営むメガポリスグループへの2025年の売上収益が4974億8800万円で、連結の14.3%にあたるとも開示している。
JTは「確認を進めている」、政府は抗議し撤回要求
JTは6日午前8時、東京証券取引所の適時開示で「当社グループのロシア事業について」を公表した。5日に署名された大統領令により、ロシア現地法人のうち製造会社4社が一時管理の対象とされたことを確認したと説明した。そのうえで、詳細情報、今後取り得る対応、グループへの影響の確認を進めており、開示すべき事項が判明すれば速やかに公表するとしている。この開示は第817号についてのもので、第832号には触れていない。
JTは10月29日の決算短信で、ロシア事業について「当社グループ経営からの分離を含めた選択肢の検討を継続」していると開示していた。見通しと業績への影響は「合理的に見積ることができません」としていた。
日本政府では、片山財務相が6日の閣議後会見で問われた。JTの株式を政府が保有し、財務相に監督の権限があることを踏まえて今後の対応を尋ねられ、5日の大統領令に触れて次のように答えた。これまでも日本国民や企業の正当な利益が損なわれないようロシア側に求めてきたとしたうえで、「本措置については既に外交ルート等でロシア政府に対して抗議し、措置の撤回等の対応を至急求めた」と説明した。茂木外相とも確認したといい、関係省庁やJTと連携して適切に対応すると述べた。答弁が挙げたのは5日の大統領令で、第832号への言及は無い。第832号に対する日本政府の見解は、本紙は確認できていない。
政府とJTの関係は法律で定まっている。日本たばこ産業株式会社法は、政府が常時、発行済株式の3分の1を超える株式を持つと定める。2025年末の時点で政府の持ち分は33.34%、財務大臣名義の株式は6億6688万5200株だった。JTが予想する2026年度の年間配当は1株272円で、この株数で単純に計算すると国の受取額は約1814億円になる。
先行2社は全額減損、管理の解除まで1年5か月の例も
ロシアで一時管理に置かれた外国企業の例を、各社の発表で見る。
フォータムは、第302号が出た2023年4月に事実上の支配を失った。翌5月の発表で、ロシア部門を連結から外し、ロシア資産の残りの帳簿価額である約17億ユーロを全額減損すると説明した。連結除外に伴う換算差額の約19億ユーロも計上した。2023年7月にロシア側へ紛争の通知を送り、2024年2月に投資協定に基づく仲裁手続きを始めている。
デンマークのカールスバーグは、2023年7月16日の大統領令で傘下のバルチカ醸造所の経営権を失った。同社は当時、経営の変更は自社の認識も承認もないまま行われたと発表した。事業の全額を減損し、バルチカに製品の製造・販売を認める使用許諾契約も打ち切った。その後、幹部2人が持つ会社への売却で合意し、バルチカは2024年12月2日に一時管理を外れた。ロシアとデンマークの当局の承認を得た売却で、訴訟も和解で終えた。
2社はいずれも、一時管理の後にロシア事業の価値を全額減損した。JTが今回どのような会計処理を取るかは、7日朝の時点で開示されていない。
2日で範囲が広がり、理由は示されていない
第832号の本文は、3項目の追加と発効の定めだけで構成されている。第817号と同様に、JTグループを対象にした理由の記載は無い。第302号の前文のほかに、ロシア側が示した説明を確認できなかった。プロムイシュレンヌイエ・アクティブイがどのような会社かも、確認できていない。
本紙は、ロシアの今回の措置を日本の国益を損なうものとみる。第302号はロシアの財産権を奪う行為への対応を掲げるが、2本の大統領令のどこにも、JTグループの行為の記載が無い。政府が抗議と撤回の要求を明らかにしたのと同じ6日の日付で、対象は売上1割超の子会社にまで広がった。日本政府が措置の翌日までに抗議した対応は適切だが、抗議の時点から対象はすでに広がっている。
国の持ち分は発行済株式の33.34%で、予想配当の受取額は年約1814億円である。この件はJT1社の経営にとどまらず、国の収入にも関わる。日本政府は、第832号の3法人を含めて撤回を求めていることを明らかにすべきではないか。JTの開示は7日朝の時点で第817号の内容にとどまる。第832号を踏まえた影響の見通しは、株主である国も確かめる立場にある。
