総務省は10月1日、信号を電気に戻さず光のまま運ぶ通信網「オール光ネットワーク(APN)」を企業が自由に試せる実証基盤「APNイノベーションハブ」を、10月5日に開設すると発表した。同日から利用予約の受け付けを始め、設備の内容を説明する特設サイトも公開した。「オール光ネットワーク技術開発の促進及び普及・拡大事業」の一環で、担当は国際戦略局技術政策課。
大手町・新宿・横須賀を約230キロの環状網で結ぶ
特設サイトによると、実証網は東京・大手町、新宿、神奈川県横須賀の3カ所を中核拠点とし、これらを環状につないだ約230キロの構成になっている。利用者の機器や検証環境をこの網につなぐ接続口は、最大で毎秒800ギガビットの速度に対応する。通信速度のほか、遅延、ジッタ(遅延のばらつき)、パケットロス(データの取りこぼし)を測る機器も備える。
検証のメイン拠点は新宿で、利用者は自分のパソコンや検証機器を持ち込んで接続できる。体験型の展示を置いたショールームも併設する。自社に離れた拠点を持たない利用者でも、約230キロの環状網を使えば、同じ建物の中にある機器だけで遠く離れた相手との通信を模擬した検証ができる。新宿まで出向かず、インターネット経由で開発サーバーやGPUを遠隔操作する使い方も認めている。
もう一つの柱がGPUだ。光でつないだ複数のデータセンターに配置したGPUを使い、持ち込んだAIモデルや学習データで学習・推論、画像や映像の解析を動かせる。ウェブブラウザーから計算の実行を登録できる環境と、学習データや処理結果を高速に読み書きする共有ストレージ、クラウド上の保管場所も用意する。離れた場所にあるGPUをまとめて使う実証環境は、NTTドコモビジネスが2026年7月6日に「GPU over APN Testbed」の提供開始を発表して先行していた(NTT、全国8拠点のGPUを光でつなぐ実証環境 「1つの巨大な計算資源」に AIのGPU不足に対応)。今回はそれを国の事業として、より広い顔ぶれに開く形になる。
回線とGPUは無料、対象は企業・大学・スタートアップ
特設サイトのよくある質問では、検証環境(回線・GPUリソース)の利用は無料と明記している。利用者の負担になるのは、持ち込む機器そのものと、その輸送費などだ。対象は企業、研究機関、大学、スタートアップで、業種は限定していない。
手順は4段階で、まず予約管理システムに登録してアカウントの発行を申請し、次に事務局と技術運用チームが検証の目的や持ち込みたい機器、希望する利用期間を聞き取る。そのうえで通信経路の設定やサーバー仮想化環境の割り当てを設計し、実機での検証に入る。検証結果を公開するかどうかは個別に相談して決める仕組みで、非公開での利用も受け付けるとしている。
総務省が想定する使い道として特設サイトに並ぶのは14件で、複数のデータセンターをまたいだ協調処理とGPUの共用、工場間での4K・8K映像を使った遠隔検査、石油化学プラントを巡回するロボットの常時監視、荷役機械の遠隔操作、応答に1000分の1秒以下の速さが要る高頻度取引のデータ伝送、遠隔手術ロボットの操作などが挙がっている。
「光の特性を最大限に活用」 狙いは大容量・低遅延・低消費電力
APNは、通信の途中で光信号を電気信号に変換する処理をなくし、端から端まで光のまま届ける方式を指す。総務省は令和7年度補正予算の説明で、APNを「光の特性を最大限に活用した、大容量・低遅延・低消費電力のネットワーク」と注記している。特設サイトはその価値を三つに整理し、4K・8K映像のような大きなデータを圧縮せずに送れること、距離による遅延を極限まで小さくして遠隔操作や即時の判断を可能にすること、離れた場所にあるAI・GPU基盤を高速低遅延で結んで分散した計算資源を効率よく使えることを挙げる。
国がこの分野に力を入れる方針を固めたのは2024年8月だ。総務省は同月30日、「AI社会を支える次世代情報通信基盤の実現に向けた戦略(Beyond 5G推進戦略2.0)」を公表し、2030年ごろの実現を見据えてオール光ネットワークを中心に据えた。公表時の概要によると、情報通信研究機構(NICT)には2023年3月に恒久的な研究開発基金が設けられ、2023年度には新規プロジェクト17件を採択、うちオール光ネットワーク関係は7件だった。同概要に記載された基金の予算額は、令和4年度補正662億円、令和5年度当初150億円、令和5年度補正190億円、令和6年度当初159.4億円の合計1161.4億円である。
財源は補正予算の70.0億円 全国8都市でイベント
今回のハブを含む「オール光ネットワーク技術開発の促進及び普及・拡大」は、令和7年12月にまとまった令和7年度総務省所管補正予算で70.0億円が計上された事業だ。同じ補正予算では、オール光ネットワークやAI、量子暗号通信、宇宙通信などの研究開発・国際標準化・社会実装・海外展開をまとめて加速する枠に1234.0億円、小規模分散データセンターを光でつなぐ「ワット・ビット連携」の推進に21.0億円が充てられている。ワット・ビット連携のほうは、電気が余る地方へAIの計算を移す実証が2026年8月から動き出している(AIの計算を電気の余る地方へ 総務省の分散データセンター実証7件が始動 三鷹・札幌・広島を光で結ぶ検証も)。
設備を開けても使い手がいなければ検証は進まない。そのため総務省は、全国8都市で「APNインプットイベント」と銘打った交流の場を設けている。すでに8月24日に名古屋、8月26日に福岡、9月17日に沖縄で開催済みで、10月2日に札幌、10月14日に東京で開く回は参加者を募集中だ。仙台、愛媛、大阪は日時と会場を調整中としている。参加費は無料で、事前の技術知識は求めない。アイデアを出し合う「APNアイデアソン」も近く始める予定で、有望なものは専門家の助言を経て実際のAPN環境での技術検証につなげるという。
