旅行ガイドブック「まっぷる」「ことりっぷ」を発行する昭文社ホールディングス(HD、東京証券取引所スタンダード市場、証券コード9475)は11月6日、黒田茂夫社長と親族が全株を持つ資産管理会社MSEが、昭文社HDの株式をTOB(株式公開買付け)で取得すると発表した。経営陣が自ら会社を買い取るMBO(マネジメント・バイアウト)で、株式を非公開にするのが目的だ。買付価格は1株752円、期間は11月9日から12月21日まで(30営業日)。昭文社HDは同日の取締役会で賛同を決め、株主に応募を勧めた。成立すれば昭文社HDは上場廃止となる見通しだ。

1株752円、筆頭株主のエムティーアイが応募へ

開示資料によると、MSEは2023年10月13日に設立された資産管理会社で、黒田社長と親族が全株を持ち、議決権は黒田社長が100%を握る。MSEはすでに昭文社HD株の19.14%(342万8500株)を持つ第2位株主で、黒田社長個人も10.49%(187万9700株)を持つ第3位株主だ。黒田社長は持ち株をTOBに応募せず、TOBの後の手続きに賛成する契約をMSEと結んだ。

筆頭株主は、携帯電話向けコンテンツ配信のエムティーアイ(東証プライム)で、30.09%(538万9587株)を持つ。エムティーアイは11月6日の取締役会で、持ち株のすべてをTOBに応募する契約をMSEと結ぶことを決めた。譲渡額は1株752円で計40億5200万円になる。黒田社長の親族の資産管理会社ファウンダー・マップル(1.00%、18万株)も応募を約束し、応募を約束した株は合わせて31.09%になる。

買付予定数の下限は663万3100株(所有割合37.03%)で、応募がこれに届かなければ1株も買い付けない。上限は設けていない。下限まで買い付けると、MSEの持ち分は56.17%となり、黒田社長の分と合わせて議決権の3分の2に達する。両者が賛成すれば、会社の重要事項を決める特別決議を通せる水準だ。成立後は臨時株主総会で株式併合を決め、MSEと黒田社長以外の株主から株式を買い取る「スクイーズアウト」の手続きを進める。応募しなかった株主も最終的には株主でなくなる。

結果は12月22日に公表し、決済は12月28日に始める予定だ。買付資金は三菱UFJ銀行と三井住友銀行からの借り入れで賄い、取得した昭文社HD株は担保に入れる予定だという。黒田社長はTOBの後も社長を続け、従業員の雇用条件は原則として維持するとしている。

600円から7回の提案、純資産額は下回る

買付価格は、MSE側と、昭文社HDが設けた特別委員会との交渉で決まった。昭文社HDの開示によると、MSEは10月1日に1株600円を提示した。昭文社側は「株式価値を適切に反映していない」として引き上げを求め、MSEは630円、655円、680円、723円、745円と段階的に上げた。11月4日に752円を示し、昭文社側が5日に受け入れた。最初の提示から152円(25.3%)高くなった。

提示日 1株の価格 直前の終値
10月1日 600円 509円(9月30日)
10月8日 630円 527円(10月7日)
10月15日 655円 532円(10月14日)
10月22日 680円 531円(10月21日)
10月28日 723円 572円(10月27日)
11月2日 745円 555円(10月30日)
11月4日 752円 555円(11月2日)
MSEが提示した買付価格と、算定の基準にした昭文社HD株の終値出典: 昭文社ホールディングス「MBOの実施及び応募の推奨のお知らせ」

昭文社側が引き上げを求めた理由の一つは、同社が東京都内に持つ賃貸用オフィスビルだ。事業の価値に加え、この不動産の評価額に着目する株主がいる可能性を挙げていた。昭文社HDが依頼した東京共同会計事務所の算定では、市場株価からみた1株の価値は511〜541円、将来の収益から割り出す方法(DCF法)では531〜610円だった。不動産を事業から切り離し、評価額を資産として足す方法では740〜790円となった。752円はこの範囲に収まる。

752円は、発表前日(11月5日)の終値567円に32.63%、過去1か月の終値の平均541円に39.00%、過去6か月の平均511円に47.16%を上乗せした額にあたる。一方で、6月30日時点の1株当たり純資産額787円を4.4%下回る。昭文社HDは、会社を清算すれば割増退職金などの費用がかかり、株主の手取りはその分少なくなると説明している。純資産額は清算時の価値を示すもので、続いていく会社の価値を測る基準として重く見るのは適当でないとも述べた。

少数株主の過半数の応募を成立の条件とする「マジョリティ・オブ・マイノリティ」の下限は設けていない。MSEは、そうした条件を付けるとTOBの成立が不安定になり、応募したい株主の利益にならない可能性があるとしている。

期末は無配に、株主優待も廃止

昭文社HDは同じ日、TOBの成立を条件に、2027年3月期の期末配当を見送ると発表した。5月の時点では1株5円を予定しており、前の期も5円だった。MSEは期末配当を払わない前提で買付価格を決めたという。株主優待制度も2027年3月期から廃止し、2026年3月末時点の株主への優待が最後となる。上場廃止の後は、同社の商品を使う人向けに新しいサービスを立ち上げることを検討しており、内容が決まれば同社の公式サイトとオンラインストア「地図屋本舗」で知らせるとしている。

筆頭株主のエムティーアイにも影響が出る。昭文社HDは同社の持分法適用関連会社で、TOBが成立すると外れる。エムティーアイは2027年9月期の連結決算で関係会社株式売却損4億1000万円(概算)を特別損失として、単体決算で売却益15億3000万円(概算)を特別利益として計上する見込みだ。11月10日に公表する決算短信の業績予想に反映させるという。両社には、コンテンツなどを売り買いする取引関係がある。

本紙は、外部の企業が上場企業を完全子会社にするTOBを「グローバルセキュリティエキスパートにTOB、1株8500円 アクセンチュアが完全子会社化、上場廃止へ」で伝えた。昭文社HDの場合は、外部の買い手ではなく、社長が自ら出資する資産管理会社が会社を買い取る形をとる。

1960年創業の地図出版社、なぜ上場をやめるのか

昭文社の前身は1960年5月に大阪市東区で設立され、1977年に東京へ本社を移した。1996年に店頭登録、1999年に東証2部、2000年に東証1部に上場した。2020年4月に持ち株会社に移って社名を昭文社ホールディングスに改め、2022年の市場区分の見直しで東証スタンダード市場に移った。現在は連結子会社5社、関連会社2社とともに、出版などのメディア事業、地図データなどを扱うソリューション事業、販売代理事業、不動産事業を手がける。ソリューション事業では、警察や地方自治体といった公的機関にも地図データを提供している。

業績はここ数年、売上高60億円台で推移している。エムティーアイの開示によると、2026年3月期の売上高は67億2700万円、営業利益は4億7500万円、最終利益は12億1000万円だった。2025年3月期は売上高62億5600万円、営業利益1億8900万円だった。

昭文社HDの連結売上高(億円)

02040608064.124年3月期62.625年3月期67.326年3月期
出典: エムティーアイ「持分法適用関連会社(株式会社昭文社ホールディングス)株式に対する公開買付けに係る応募契約の締結および特別損失(連結決算)・特別利益(個別決算)の計上に関するお知らせ」
数値で見る(単位: 億円)
項目億円
24年3月期64.1
25年3月期62.6
26年3月期67.3

黒田社長は非公開化の理由として、事業環境の変化を挙げる。開示資料によると、人口減少や物価高で旅行・観光市場は縮小傾向にあり、出版市場では紙の書籍の需要が減っている。旅行の計画をSNSや地図サービスの口コミを見て立てる人が増え、写真や口コミを載せるだけでは他社との違いを出しにくくなったという。

そのうえで黒田社長は、旅行者一人ひとりに合わせた旅程やガイドブックの提供、AI翻訳を使った多言語対応、訪日客向けの多言語ガイドブック、観光関連のIT企業の買収、防災などに使う地図データ事業の強化を進めたいとしている。こうした施策には多額の先行投資が要り、一時的に利益が減ったり資金繰りが悪化したりするおそれがある。上場を続けたままでは株価が下がり、株主の利益を損なう可能性があるとして、4期続けて黒字を出しているいまの時期に非公開化を決めたと説明している。上場を続けるための監査報酬や株主総会の費用が年々増えていることも理由に挙げた。

非公開化すると株式市場で資金を集められなくなるが、昭文社HDは、必要な資金は自己資金と金融機関からの借り入れで確保できるとしている。「まっぷる」「ことりっぷ」の知名度は十分に高く、取引先との関係にも大きな影響はないとの見方も示した。株主は今後、12月21日までに752円で応募するか、応募せずにスクイーズアウトの手続きを待つかを選ぶことになる。