東京大学の総長選考・監察会議(議長・国谷裕子東京藝術大学理事)は10月30日、2027年4月に就任する次期総長予定者に藤垣裕子・総合文化研究科教授(64)を選んだ経緯を、11ページの文書で公表した。教職員らによる学内の意向投票では染谷隆夫・執行役・副学長が最も多く票を集めていた。会議は約4時間の協議と2回の無記名投票を経て藤垣氏を選んだ。文書によると、意向投票と異なる候補を総長予定者に選んだのは初めてだ。選考には学内外から意見が寄せられており、文部科学省は10月20日、東大に経緯の検証を依頼した。
学内の意向投票は染谷氏が最多
総長選考は4月7日の公示で始まった。経営協議会と代議員会の推薦を経て7月1日に第1次候補者が決まった。8月5〜6日の書面審議では第1次候補者からの辞退の申し入れを扱っている。会議は8月14日と17日に第1次候補者8人を1人約40分ずつ面接し、8月19日に第2次候補者5人を告示した。
5人は、大越慎一・執行役・副学長、菅野暁・理事、染谷隆夫・執行役・副学長、藤垣裕子・総合文化研究科教授、山本隆司・理事・副学長(五十音順)。9月28日に教職員らによる意向投票が行われた。有資格者は2583人。
1回目の投票は計2155票(白票45票を含む)で、染谷氏が818票、藤垣氏が400票、山本氏が377票、大越氏が363票、菅野氏が152票だった。上位3人で行った2回目は計2169票(白票58票)で、染谷氏が1107票と白票を含む投票総数の過半数を得た。藤垣氏は553票、山本氏は451票で、染谷氏は藤垣氏の約2倍の票を集めた。
| 候補者 | 意向投票1回目 | 意向投票2回目 | 会議の1回目 | 会議の2回目 |
|---|---|---|---|---|
| 大越慎一氏 | 363票 | — | — | — |
| 菅野暁氏 | 152票 | — | — | — |
| 染谷隆夫氏 | 818票 | 1107票 | 4票 | 2票 |
| 藤垣裕子氏 | 400票 | 553票 | 7票 | 12票 |
| 山本隆司氏 | 377票 | 451票 | 4票 | 2票 |
出典: 東京大学「次期総長予定者 選考結果、選考理由及び選考過程」、総長選考・監察会議「次期総長予定者の選考経緯について」
会議は2回の投票で藤垣氏に12票
総長選考・監察会議は、国立大学法人法が学長の選考を委ねる機関だ。法律は、経営協議会の学外委員の中から選ぶ委員と、教育研究評議会の評議員(研究科長や研究所長ら)の中から選ぶ委員を同じ人数にすると定める。名簿によると東大の委員は8人ずつ計16人で、議長の国谷氏は経営協議会から選ばれている。学長の任命は、この会議の選考に基づく大学の申し出を受けて文部科学相が行う。
10月30日の文書によると、会議は意向投票と同じ9月28日に開かれた。まず全委員が意向投票の結果の受け止めを含めて重視する観点を述べ、5人の強みと課題を比べた。特に長く議論したのは、ガバナンスと危機対応、大学経営と財政への理解、学内の合意形成の3点だった。
4時間の協議の後、16人全員による1回目の無記名投票では、藤垣氏7票、染谷氏4票、山本氏4票で、過半数を得た候補はいなかった。上位3人に絞って協議を続け、2回目は藤垣氏12票、染谷氏2票、山本氏2票となった。
ここで、委員の1人から「意向投票とは異なる結果の候補者を総長予定者として初めて選出することの重み」を踏まえて改めて確認したいとの発言があり、会議はすぐには表決に移らなかった。藤垣氏が他の2人より優れる点を再確認した後、議長を除く15人の無記名投票で表決し、承認14票、不承認1票で藤垣氏を総長予定者に決めた。本人の承諾も得た。
選考理由は「学術への信頼」と対話の力
文書は藤垣氏を選んだ理由として、大学や学術のあり方を長期的な視点で捉えている点を挙げる。専門は科学技術社会論と科学計量学で、科学技術を社会に伝えるコミュニケーションの専門性があり、文系と理系の枠を越えて多様な知を結び付ける視点を持つと評価した。
大学運営の経験も理由に挙げた。略歴によると、藤垣氏は1962年生まれ。東大教養学部を卒業し、科学技術庁科学技術政策研究所の主任研究官などを経て、2021年度から2025年度まで東大の理事・副学長を務めた。文書は、理事として入試をはじめとする難しい課題に対応してきた経験と、学内の多様な構成員と意思疎通を図る力を指摘している。
意向投票の扱いについて、会議の内規16条は「求められる総長像」に照らし、候補者の資料、推薦書、面接、所信表明、意向投票の結果を「総合的に考慮して」総長予定者を決めると定める。10月13日の部局長等会議の説明資料は、意向投票を「選挙又は最終決定を拘束する予備投票ではなく、複数の判断材料の一つ」と位置付けている。そのうえで、意向投票の最多得票は学内の支持を示す重要な事実として重く受け止めたとしている。
文書は、候補者が女性であることを選考理由とする議論は行われておらず、性別は判断の要素ではないとも明記した。候補者ごとの具体的な評価や面接での質疑は、候補者の名誉に不当な影響が及ぶおそれがあるとして公表していない。推薦書も、推薦人の了承を得ていないことを理由に非公開とした。
関連財団の不正も協議の材料に
協議では、東大の関連法人である一般財団法人総合研究奨励会の事案も取り上げられた。東大は7月10日に同法人の元役職員による不正行為を公表し、9月11日には法人のあり方の見直しに関する報告を出している。事案は選考の途中で明らかになった。
文書によると、8月18日に第2次候補者を決めた時点では調査が続いていたため、会議としての統一見解は出さなかった。各委員が判明している事実を踏まえて判断し、新たな事実が明らかになれば最終選考で改めて考えるとした。9月28日にも、委員の提起を受けて報告書を基に意見を交わし、候補者が面接でこの事案について述べた内容にも意見が出た。ただ会議としての統一見解はまとめていない。
文書は、東大が不正行為があったと整理しているのは元業務執行理事・事務局長の1人だけだとも記した。そのうえで、事案とは別に、東大が抱えるガバナンスとリスク管理の課題に多くの委員が触れ、各候補の考え方を繰り返し議論したとしている。9月29日の選考理由の文書も、東大で近年ガバナンス上の課題が相次いで表面化し、社会的信頼の回復が急務だと書いていた。
文科省が検証を依頼、有志は再質問
会議は選考の翌日の9月29日に結果と理由を公表し、国谷議長は談話で、意向投票で最も多くの支持を得た候補が選ばれなかったことを認めたうえで、「学内構成員の方々にも理解を得られる結果だと思っております」と述べた。10月13日には部局長等会議で委員が選考過程を説明した。
それでも学内の疑問は続いている。東大によると、10月13日に教職員有志が議長と監事に質問を出し、会議は回答して内容を公表した。有志は10月27日に再び質問を出しており、会議は回答文書を作っている。文部科学省は10月20日、東大に選考の経緯を検証するよう依頼した。会議は「大学や監事の検証作業に真摯に対応・協力」するとしている。
今回の選考は、2020年の前回選考で指摘された課題を踏まえて手順を見直したうえで行われた。評価項目や選考の手順をあらかじめ示し、今年度の会議にはすべて監事が同席した。監事は毎回、議事運営に問題がなかったと述べたという。藤垣氏は藤井輝夫総長の任期満了を受け、2027年4月1日から2033年3月31日までの6年間、第32代総長を務める予定だ。
