内閣府の消費者委員会は11月5日、「人工知能(AI)技術の利用と消費者問題に関する専門調査会」の第14回会合を開き、一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻の得津晶教授から意見を聞いた。得津氏は「『AI vs AI』時代の消費者保護法制」と題した資料を提出し、消費者が自分のAIを使って事業者のAIに対抗する時代が来るとの見方を紹介したうえで、消費者向けAIエージェントを提供する事業者と利用者の利益が一致しないおそれを指摘した。

会合は午前10時から、消費者委員会の会議室とテレビ会議を併用して開いた。一般の傍聴はオンラインとした。議事次第によると、得津氏からのヒアリングの後、事務局が専門調査会の検討状況を報告した。配付資料は得津氏の資料1点だけで、議事録は11月9日時点で「準備中」となっており、委員とのやり取りは公表されていない。以下は得津氏の提出資料による。

得津氏は資料の自己紹介で、専門は商法・金融法であり、「AIと法・消費者法の専門家ではない」と断っている。資料は、専門調査会から受けた4つの問い(照会事項)に順に答える構成をとった。

長い約款とダークパターン、手口は巧妙に

資料はまず、従来からある消費者問題が深刻になっていると整理した。1つは長すぎる契約条項(約款)で、消費者は読んでおらず、不当な条項が入っていても気づかない。もう1つはダークパターンで、資料は「消費者の心理的なバイアス(思い込みや焦り)」につけ込んで、自律性や意思決定、選択を大きく損なうように設計・操作されたウェブサイトなどの画面設計だと説明した。

ダークパターンについては、消費者庁が2025年4月に「いわゆる『ダークパターン』に関する取引の実態調査」を公表しており、資料もこれを参照先に挙げた。得津氏はこうした状況を「事業者の手法の巧妙化・複雑化」とまとめ、その背景には事業者によるAIの利用もあるとした。

これに対して、消費者の側もAIを使って対抗する、というのが資料の言う「AI対AI」の構図である。資料は、個人のために働くAIエージェントを活用する議論や「パーソナルAI」、消費者の選択を手助けする「チョイス・エンジン」など、国内外の文献を並べた。法務省大臣官房司法法制部が2023年8月にまとめた、AIを使った契約書関連業務の支援サービスと弁護士法72条の関係についての文書も参照先に挙げている。

「AI楽観論」と「新しい消費者法」論

資料は、消費者のAI利用をめぐる見方を2つに分けた。

1つ目は「AI楽観論」である。AIなら長い契約書やダークパターンにも対応でき、望ましい選択へ緩やかに誘導する仕組み(ナッジ)を消費者の側が自分のAIで組み込める。ChatGPTやGeminiのような汎用型のAIを使い、不当な条項を見つける契約書の点検もできる、という考え方だ。資料はこの見方に「?」を付けて紹介した。

2つ目は懸念論で、消費者がAIを使うことに着目した「新しい」消費者法が必要だとする。資料によると、この立場は、顧客の知識や経験に合わない勧誘をしないという適合性原則や詐欺の禁止といった基準を、人ではなくAIにも当てはめる。AIにはサイバー攻撃を受けるなどの弱さがあるためだ。具体策として資料は、次の4つを挙げた。

  • AIエージェントが自動的に結んだ契約の効力を認める
  • AIの利用を制限する契約条項を禁じる(限定チケットの購入でのボットによる買い占めの禁止などは例外とする)
  • AIの判断をゆがめるような画面や仕組みの設計を禁じる
  • AIエージェントの設計に要件を課し、AIエージェントの「製品安全法」とする

資料はこの立場の文献として、クリストフ・ブッシュ氏の2025年の論文「Consumer Law for AI Agents」や、消費者契約で使うデジタルアシスタントについて2025年にまとめられたモデル規則(DACC Model Rules)を挙げた。あわせて「Digital Fairness Act」の構想にも触れ、ダークパターンなどが主な対象だと記した。

提供者と広告主の利益が利用者とずれる

専門調査会が得津氏に示した問いは4つあった。資料の答えを並べると、次のようになる。

照会事項 得津氏の資料の答え(要旨)
AI事業者と一般利用者の利益相反 消費者向けAIエージェントの提供者は巨大IT企業になる可能性があり、広告主を含む利害関係者の利益と利用者の利益は必ずしも一致しない
利益相反を抑えるAIガバナンス 市場競争・司法・行政のどれか一つに任せるのは難しい。ルールを作る段階だけでなく、執行の段階でも官民の連携が要るのではないか
エージェント型AIの普及で問題はどう変わるか 質の良いAIが信頼を得れば問題は解決するが、質の悪いAIを消費者が誤って信じれば深刻になる
民事法による抑止 専門性の高いAIの問題を裁判所だけに委ねるのは難しい。会社の目的を利益以外にも広げる議論に、データ・情報法の問題を取り込めるか
専門調査会の照会事項と、得津教授の提出資料の答えの要旨

出典: 消費者委員会 第14回専門調査会 議事次第・資料1

1つ目の問いについて、資料は、消費者向けAIエージェントの提供者は巨大IT企業(ビッグテック)になる可能性があると見る。巨大IT企業には、広告料を支払うスポンサーを含めさまざまな利害関係者がいる。その利益と利用者の利益は必ずしも一致しないため、AIの提供者やスポンサーに有利な方向にバイアスのかかった出力が出るおそれがあると指摘した。

得津氏は個人的な経験として、生成AIに「プレゼントに最適なノンカフェインティー」を尋ねた例を挙げ、その答えについて「本当にただのハルシネーション?という不安」を記した。ハルシネーションは、AIが事実と異なる内容をもっともらしく出力することを指す。

3つ目の問いでは、消費者にAIが広まることは、消費者がAIを信頼すること(誤って信じることも含む)と同じだとした。消費者が「AIエージェントは質が悪い」と認識している間は普及しない。そのうえで、質の良いAIエージェントが現れて信頼を得る「良いシナリオ」と、質の悪いAIエージェントを消費者が誤って信じる「悪いシナリオ」を示し、個人的な経験からは「悪いシナリオ」が進んでいるのではないかとの懸念を記した。資料にはその例として「AIが言ってた」という言葉が添えられている。

市場・司法・行政、どれか一つには任せられない

2つ目の問いで、資料は、AIエージェントに製品安全法のような規制をかける考え方と、市場の競争に委ねる考え方を対置した。そのうえで、田村善之教授が唱える「多元分散型統御」を引き、規律を担うさまざまな機関をそれぞれの特性に応じて使い分けることが重要だとした。

理由として資料は、AIの中身が外から見えないこと(ブラックボックス)と専門性の高さを挙げ、市場競争だけでも、司法だけでも、行政機関だけでも対応できないと書いた。最近はルール作りの段階で官民が連携する「アジャイル・ガバナンス」や共同規制が唱えられているが、得津氏はルールを守らせる執行の段階でも官民の連携が必要ではないかと問題を提起した。そのうえで「どうやって『AI内のバイアス』の有無を判断するのか?」と問い、アジャイルな手法だけでは抑止が不十分ではないか、何を加えるのかという問題意識を示した。

4つ目の民事法の問いでも、AIの専門性の高さから、裁判所だけに委ねるのは難しいとした。資料は、会社の目的は利益を上げることだけでなく社会的な課題の解決にもあるとするコリン・メイヤー氏の「パーパス論」を取り上げた。この議論はもともと気候変動を想定しているが、データ・情報法の問題も取り込めるのではないかと書き、「どう取り込むのか?」が課題だとした。

資料はさらに、具体的な法令違反がなくても、社会に損害を及ぼす行為(負の外部性をもたらす行為)は取締役の任務を怠ったことになりうるとする議論に触れ、東京電力の株主代表訴訟の一審判決を参照先に挙げた。一方で得津氏は自らの論文で、社会の利益のために、積極的かつ公然と法令に違反した場合は、取締役の法令遵守義務違反による責任を否定すべきだと論じてきた。資料によると、名城法学に掲載された濱村美子氏の論文は、この立場に「共同規制への協力」を要件として加えた。得津氏は前者の背景に米国のルール作りを、後者の背景に日本のルール作りを見ている。

専門調査会は2月に初会合、事業者の設計段階を議論

この専門調査会は、消費者委員会が2026年1月27日に設置・運営規程を決め、2月13日に初会合を開いた。消費者委員会のページは目的を、AI技術の健全な社会実装に向け「現在生じているまたは将来起こりうる消費者問題について検討を行い、課題の整理を行うとともに、必要な対応策を取りまとめること」と説明している。

10月8日の第11回会合では、事務局が第10回までの議論を「検討状況(案)」として示した。そこでは、AIが消費者の意思決定に及ぼすリスクについて、消費者が自ら不利益に気付いて正すことは容易ではなく「消費者個人での自衛が困難」と整理した(AIの影響は「消費者個人での自衛が困難」 消費者委の専門調査会、事務局が議論を整理)。AIの設計や運用によっては、消費者の利益と事業者の目的が必ずしも一致しない「目標の不整合」が生じうるとも記している。今回、得津氏が提供者と利用者の利益相反を取り上げたのは、この論点に重なる。

検討状況(案)はまた、AIの開発・提供事業者が、特定の契約の場面が生じる前の段階から、事前のリスク評価や設計の改善に取り組むよう促すAIガバナンスが求められるとした。ガイドラインなどで考慮すべき要素が明確になれば、民法の不法行為(709条)で注意義務や過失を判断する際に参照されうるとも書いている。

10月29日の第13回会合では、東京大学大学院の宍戸常寿教授と早稲田大学の石田京子教授からヒアリングをした(消費者団体にもAIを 苦情の分析や当局への通報を提案 消費者委の専門調査会で法学者2人)。9月には、AIに買い物を委ねる場面の規律を海外と比べた委託調査の資料も公表されている(EUのAI法、禁止行為を適用した執行決定も判決も確認できず 消費者委員会の委託調査がEU・米・中を比較 AIに買い物を委ねる場面の規律は三法域とも見当たらず)。

今回の得津氏の資料は、消費者がAIエージェントを使う側に回ったとき、そのAIの提供者が誰の利益のために動くのかという点を正面から取り上げた。第11回の検討状況(案)が事業者の設計段階に向けた取り組みを中心に整理していたのに対し、今回の資料は消費者が使うAIエージェントの提供者の側に目を向けた。委員が得津氏の指摘にどう応じたかは、議事録の公表を待って確かめる必要がある。