ユネスコ(国連教育科学文化機関)の評価機関は、日本が提案している「書道」を人類の無形文化遺産の代表一覧表に記載するよう、政府間委員会に勧告した。パリで11月4日付で作成された委員会の議題文書に、記載を決める決議案が載った。委員会は11月30日から12月5日まで中国・厦門(アモイ)で開かれ、登録の可否はこの場で決まる。記載が決まれば、文化庁の一覧で23件ある日本の代表一覧表の記載は24件目となる。
基準5項目をすべて満たすと判断
決議案は番号21.COM 7.b.8で、対象は「Shodo, calligraphy in Japan」(提案番号02263)。代表一覧表の基準R.1からR.5までをすべて満たすとしたうえで、「記載を決定する」との文を置いた。
R.1は、無形文化遺産に当たるかを問う基準である。決議案は、書道が表現の手段にとどまらず、古典文学が書で表されてきたことから伝統文化を広める役割を持つと述べた。天然素材で作る用具を通じて、自然への敬意も育むとしている。伝承の場には学校の部活動と授業、書道教室を挙げた。
R.2は、記載が無形文化遺産全体の認知を高めるかを問う。決議案は、手書きの書が今も続く伝統として持つ文化的・芸術的な価値を示せると評価した。歴史資料の保存を通じて知識と価値観を次の世代へ伝える役割にも触れた。
R.3は保護の措置である。学校教育、地域の団体が開く講習会や展覧会、政府の支援の3つを組み合わせている点を認めた。政府の支援には、登録無形文化財としての登録、財政支援、普及啓発を挙げた。日本書道文化協会が、書道の存続の状況と記載による影響を見守ることにも言及している。
R.4は関係者の参加と同意、R.5は国内の目録への掲載を問う。担い手が登録推進の協議会を設けて提案を主導し、調査票への回答や映像資料の提供で提案書の作成に加わった経緯を確認した。書道は2021年12月に文化庁の目録に載り、目録は担い手の参加を得て毎年更新されているとした。
決議案はさらに、提出された提案書の質を称賛し、今後の提案書作りの好事例になると記した。評価機関の総括報告書も、「好事例」の節で書道を取り上げ、政府と担い手の協力を反映した、よく構成された提案書だと述べている。
書き初めから命名書まで 決議案が描く書道
決議案は書道を、漢字や仮名を伝統的な筆遣いで紙に手書きする行為と説明した。この技法は印章の図案作りにも使われるとしている。文化庁の提案概要はこれを、筆、墨、硯、紙などの用具を用いて、漢字、仮名、漢字仮名交じりの書、または篆刻として手書きする文字表現の行為と定義する。
提案の特徴は、芸術としての書だけでなく、暮らしの中の習慣として書道を位置づけた点にある。決議案は、新年の決意や目標、祈りを紙に書く書き初めのほか、手紙、芳名帳への署名、新生児の命名書を例に挙げた。文化庁の概要も、冠婚葬祭の金封への署名を含めて、日常の様々な場面で使われる社会的慣習だと説明している。
担い手の範囲も広い。伝統の技法を身につけた実践者、書道を教える指導者とその生徒に加え、筆、墨、硯、紙を作る職人までを含めた。
文化庁の解説は、日本の書道の歴史を次のようにまとめている。技の習得は、優れた書を手本に写す臨書を通じて行われてきた。中国の書から書法を吸収し、平安中期以降に「和様」と呼ばれる書風が生まれた。和歌の文化の隆盛とともに仮名の書が発展し、江戸時代には伝統的な書法が庶民にも受け入れられた。
勧告は3通り 決定権は委員会に
評価機関は、世界各地域から選ばれる専門家6人と非政府組織(NGO)6団体で構成される。各国の提案書を事前に審査し、委員会に「記載」「情報照会」「不記載」のいずれかを勧告する。情報照会は締約国に追加の情報を求めるものである。文化庁は「この勧告を踏まえ、政府間委員会が登録の可否を決定する」と説明している。今回の「記載」の勧告は決定ではなく、登録はまだ確定していない。
今年の審査は、緊急保護一覧表などを含めて全体で64件が委員会に諮られる。評価機関は60件(94%)に記載、4件(6%)に情報照会を勧告した。記載の勧告の割合は、前年の99%から下がった。代表一覧表に限ると59件のうち56件が記載の勧告で、3件は情報照会だった。書道と同じく記載を勧告された案件には、インドネシアの「テンペの文化」やギリシャのキクラデス諸島のチーズ作りがある。
審査の過程では、評価機関が提案国に質問する対話の手続きが代表一覧表の30件で行われ、質問は計43問と、手続きの開始以来で最も多かった。
審査の順番待ちで1年先送り
書道の提案は、1度目で審査に進めたわけではない。文化庁によると、日本は2024年3月に提案書を出したが、ユネスコが審査件数の上限を超える提案を受理した場合の規定により、2025年の審査は見送られ、2026年の審査に優先権が与えられた。日本はこれを受けて2025年3月に提案書を出し直した。
背景には審査の枠がある。審査件数は年約60件に制限され、登録の無い国の案件が優先される。文化庁は、日本の案件の審査は実質2年に1件になっていると説明している。日本の代表一覧表の記載は2020年の伝統建築工匠の技、2022年の風流踊、2024年の伝統的酒造りと2年おきに続いてきた。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2021年10月15日 | 文化審議会が登録無形文化財への登録を答申 |
| 2021年12月 | 文化庁の無形文化遺産の目録に掲載 |
| 2024年3月 | ユネスコに提案書を提出(のちに2025年の審査見送り) |
| 2025年3月4日 | 文化審議会の部会が改めて提案候補に選定 |
| 2025年3月6日 | 関係省庁連絡会議が提案を決定 |
| 2025年3月 | ユネスコに提案書を再提出 |
| 2026年11月4日 | 評価機関の勧告を載せた文書の日付 |
| 2026年11月30日〜12月5日 | 第21回政府間委員会(中国・厦門) |
出典: 文化庁「無形文化遺産」「令和6年度におけるユネスコ無形文化遺産への提案候補の選定について」、ユネスコ第21回政府間委員会の議題文書
文化庁の一覧には、2026年3月に提案書を出した案件として、神楽、温泉文化、山・鉾・屋台行事などの拡張提案が並ぶ。
国内の文化財としては2021年に登録
国内では、書道は2021年に文化財の枠組みに入った。同年6月に一部施行された改正文化財保護法で登録無形文化財の制度が新設され、文化審議会は10月15日、この制度で初となる登録の一つとして書道を答申した。文化庁の広報誌によると、無形文化財はそれまで「芸能」と「工芸技術」の2分野だったが、この改正で「生活文化」が加わった。生活文化の分野のその後の動きは、池坊專永氏が人間国宝に 華道で初めて、杜氏と京料理の2人も 文化審議会が答申で伝えている。保持団体には、漢字、仮名、篆刻など分野ごとの団体を代表する書家が会派を超えて2021年に設立した日本書道文化協会が認定された。
現在の学校教育も、決議案が伝承の場に挙げた通りである。平成29年告示の学習指導要領は、小学校国語で毛筆の書写を3年生以上の各学年で行い、年間30単位時間程度を当てると定める。中学校でも各学年で毛筆の書写を指導するとしている。
書の分野では、中国の書法が2009年に、アラビア書道が2021年に代表一覧表に記載されている。書道の記載が決まれば、日本の書が同じ一覧に加わることになる。
