高市早苗首相は11月8日、東京都内で開かれた「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」に出席して挨拶し、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長について「日本国の総理大臣として、金正恩委員長と会って、率直に話し合いたい、これが私の偽らざる思いでございます」と述べた。2002年の日朝平壌宣言に基づく関係づくりを掲げ、「対話をし、具体的に行動する用意があります」とも語り、日朝首脳会談の実現に改めて意欲を示した。首相官邸が同日、挨拶の全文を「総理の一日」に掲載した。
「私の代で突破口を」 首脳会談への意欲を重ねて表明
首相は挨拶の冒頭で、10月21日で内閣発足から1年がたったことに触れたうえで、被害者の家族から「帰国を待ちわびる切実な思い、痛切なお声」を聞きながら帰国を実現できていないことを「大変心苦しく感じております」と述べた。
続けて「私の代で何としても突破口を開き、拉致問題を解決するとの決意は変わりなく、ご家族の皆様が肉親を抱きしめるその日まで、私の使命は終わりません」と語った。北朝鮮との関係については「『日朝平壌宣言』に基づき、互いに実りある関係を作っていきたい」とし、金委員長との会談を望む考えを示した。そのうえで「日朝双方の未来のためにも、そして、地域の平和と安定のためにも、互いに建設的な努力をする必要がございます」と、北朝鮮側にも歩み寄りを求めた。
被害者と家族の高齢化にも言及した。首相は「拉致被害者の皆様も、そのご家族の皆様も歳を重ねていかれ、その中でこの問題は、すぐにでも解決されなくてはなりません」と述べ、「具体的な成果に結びつけるべく、現在も働きかけを続けております」と語った。働きかけの相手や中身には触れなかった。官邸が掲載した会場の写真には、「親の世代が存命のうちに 全拉致被害者の即時一括帰国を実現せよ! 国民大集会」と書かれた横断幕が写っている。
国連演説・各国首脳との会談で協力を要請
首相は、北朝鮮との直接の対話と並べて、国際社会への働きかけを説明した。9月の国連総会の一般討論演説で「拉致問題を一刻も早く解決しなければならないことを訴えました」と振り返った(演説の内容は「高市首相、国連憲章の「旧敵国条項」削除を国連総会で要求 「日本の誇りと名誉にかけて」 安保理は常任・非常任の双方拡大を」)。
訪米時の首脳会談では「拉致問題の即時解決について」、トランプ米大統領から「改めて全面的な支持をいただきました」と述べた。拉致問題対策本部によると、トランプ大統領は2025年10月に来日した際の日米首脳会談でも、首相の求めに対して全面的な支持を表明しており、このときルビオ国務長官とともに被害者の家族と面会した。大統領と家族の面会は2019年以来6年ぶり3回目だった。
首相はこのほか、二国間の首脳会談の機会に「私から各国首脳に対し、例外なく拉致問題の即時解決に向けた協力をお願いし、それぞれの首脳から支持をいただいています」と説明し、「この国際社会の力強い後押しというものも、問題解決に向けた力になると、私は確信をしております」と述べた。対策本部の資料によれば、2026年1月の日韓首脳会談でも首相が李在明(イ・ジェミョン)大統領に協力を求め、両首脳は取り組みの重要性で一致している。
挨拶の終盤では、国民一人ひとりが声を上げ続け、「全ての世代が一刻も早い解決を求めている」ことを北朝鮮と国際社会に示すことが「極めて重要」だと訴えた。会場に来ていた地方議員や自治体関係者にも、地元での活動への感謝を述べ、協力を求めた。
認定被害者17人のうち12人が未帰国
拉致問題対策本部によると、日本政府は北朝鮮当局による拉致被害者として17人を認定している。このうち帰国したのは、2002年10月15日に帰国した地村保志さん・富貴惠さん夫妻、蓮池薫さん・祐木子さん夫妻、曽我ひとみさんの5人だけで、5人の帰国は拉致から24年ぶりだった。残る12人は今も帰国していない。
政府は認定被害者のほかにも、いわゆる特定失踪者を含め、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案があるとしている。そのうえで、北朝鮮から納得のいく説明や証拠の提示がない以上、「安否不明の拉致被害者は全て生存しているとの前提に立ち」、認定の有無にかかわらず全員の安全確保と即時帰国に全力を尽くすとの立場を取る。今回の大集会の名称にある「即時一括帰国」は、この全員の帰国を求める考え方を表している。
政府の基本方針は、2013年1月25日の拉致問題対策本部決定「拉致問題の解決に向けた方針と具体的施策」に書かれている。拉致問題を「国の責任において解決すべき喫緊の重要課題」と位置づけ、「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」との方針を堅持するとしている。首相が挨拶で掲げた平壌宣言に基づく関係づくりも、この方針の上にある。対策本部は、日朝平壌宣言にのっとり全ての被害者の一刻も早い帰国を実現し、「不幸な過去」を清算して国交正常化を実現するとしている。
2002年の首脳会談から合意と頓挫を繰り返す
日朝の首脳が会ったのは、これまで2002年と2004年の2回である。対策本部の資料によると、北朝鮮は1991年以来、日本政府が拉致問題を提起しても否定し続けてきた。2002年9月17日の第1回日朝首脳会談で、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長(当時)が初めて拉致を認めて謝罪し、再発防止を約束した。このとき北朝鮮側は、日本政府が拉致の疑いがあるとしていた13人について、4人は生存、8人は死亡、1人は入境を確認できないと伝えた。政府は、北朝鮮が示した情報は内容の一貫性に欠け、疑わしい点が多いとしている。松木薰さんのものとして提供された「遺骨」は、鑑定で別人のものと確認された。
2004年5月22日の第2回首脳会談では、地村さんと蓮池さんの家族計5人の帰国が決まり、北朝鮮側は安否不明の被害者について「白紙の状態から」調査を再開することに同意した。しかし政府は、いまも北朝鮮当局から納得のいく説明がないとしている。
2014年5月にはストックホルムでの日朝政府間協議で、北朝鮮が拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的な調査を約束し(ストックホルム合意)、調査のための特別調査委員会を立ち上げた。日本も人的往来の規制などの独自措置の一部を解除した。だが2016年1月の核実験と2月の弾道ミサイル発射を受けて日本が独自措置を発表すると、北朝鮮は調査の全面中止と特別調査委員会の解体を一方的に宣言した。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2002年9月 | 第1回日朝首脳会談。北朝鮮が拉致を認め謝罪 |
| 2002年10月 | 被害者5人が24年ぶりに帰国 |
| 2004年5月 | 第2回日朝首脳会談。家族5人が帰国、北朝鮮が再調査に同意 |
| 2014年5月 | ストックホルム合意。北朝鮮が全日本人の包括的調査を約束 |
| 2016年2月 | 北朝鮮が調査の全面中止と特別調査委員会の解体を宣言 |
| 2025年10月 | 来日したトランプ米大統領が被害者家族と面会 |
| 2026年11月 | 高市首相が国民大集会で金委員長との会談に意欲 |
出典: 内閣官房 拉致問題対策本部「北朝鮮による拉致問題とは」、首相官邸「総理の一日」(2026年11月8日)
首脳会談の見通しは示さず
首相は挨拶の結びで、集会で聞いた声を「しっかりと心に刻んで、高市内閣でなんとしても拉致問題を解決すべく、邁進(まいしん)してまいります」と述べ、「政府一丸となっての取組」を誓った。
一方で、挨拶では日朝首脳会談の時期や、北朝鮮側との接触の有無・経路には触れなかった。首相が語ったのは、会談を望む意思と、国際社会を通じた働きかけを続けているという点までである。2004年の第2回会談から22年がたち、ストックホルム合意に基づく調査も2016年に止まったままで、北朝鮮側が日本との対話に応じるかどうかは見えていない。
拉致被害者本人の帰国は2002年10月の5人が最後で、家族の帰国・来日も2004年7月の曽我ひとみさんの家族3人を最後に途絶えている。首相は会談に応じる用意を公の場で示しながら、認定の有無を問わず全ての被害者の即時帰国を求める政府の立場は変えていない。北朝鮮が示した安否情報は疑わしい点が多く、2004年に約束した再調査もストックホルム合意の調査も結果を出していない。部分的な説明や一部の帰国で交渉を区切らず、全員の帰国を会談の前提に据え続けることが、被害者と家族に対する国の責任である。
