外務省は10月1日、茂木敏充外務大臣がペトラ・ジグムント駐日ドイツ大使との間で、「海外における日本国民及びドイツ国民の保護についての協力に関する日本国外務省とドイツ外務省との間の覚書」に署名したと発表した。海外で紛争や災害が起きた際に、両国が自国民を現地から退避させる場面で協力するための枠組みである。

外務省は、2004年のコートジボワール事案と2013年の南スーダン事案で両国に協力の実績があることを挙げ、「今後も不測の事態における海外からの自国民退避における連携を強化することで一致している」と説明した。覚書によって平素から日独間で情報共有などが行われ、緊急時の邦人保護に資することが期待されるとしている。

ドイツの軍用機で、2回合わせて邦人15人が現地を離れた

覚書の土台になった2件は、いずれも日本から遠いアフリカの事案である。

1件目は2004年11月のコートジボワール。政府軍が反政府勢力を空爆し、同軍とフランス軍が衝突したことをきっかけに騒擾が起きて情勢が悪化した。このときドイツの軍用機により、邦人11人がガーナとパリへ退避した。

2件目は2013年12月の南スーダン。政府と反政府勢力の衝突で情勢が悪化し、独軍用機で邦人4人がウガンダへ退避した。

2回を合わせると15人が、日本の機体ではなくドイツの機体で現地を離れたことになる。両国とも、この実績を踏み台に枠組みを作った形である。

覚書は何を決めるのか

今回の発表は、覚書の内容を「平素から日独間で情報共有等が行われ」る枠組みだと記すにとどめており、条項の詳細は示していない。

同じ系列の覚書のうち、2024年9月に署名された日韓の覚書については、外務省が内容をより具体的に公表している。それによると、平時からの危機管理プロセスや訓練に関する情報共有、第三国での緊急時の退避計画を含む危機管理に関する情報交換、第三国から自国民を退避させると決めた場合の相互支援・協力、ハイレベルでの協議と意見交換を行うこととされている。退避そのものを約束するのではなく、いざというときに動けるように平時から手順と情報をそろえておく取り決めだと読める。

日韓の覚書のときに外務省が挙げた理由も具体的だった。新型コロナウイルスの流行下におけるアフリカ大陸などからの帰国、2023年4月のスーダン、同年10月と11月のイスラエルからの退避で協力を重ねており、こうした案件では「日韓両国から遠隔であり、活用可能な支援手段に限りがある」という現地事情があったという。遠くて手段が足りない場所で、互いの空席や船の枠を融通し合う話である。

韓国・豪州・カナダに続き、確認できる限りで4件目

本紙が外務省の報道発表で確認できた同種の覚書は、今回のドイツで4件目になる。

1件目は2024年9月6日の日韓で、上川陽子外務大臣と趙兌烈韓国外交部長官が持ち回りで署名した。2件目は2025年9月5日の日豪で、岩屋毅外務大臣とペニー・ウォン豪外相が第12回日豪外務・防衛閣僚協議(2プラス2)の機会に署名した。きっかけは2024年5月のニューカレドニアからの退避協力だった。3件目は2026年3月4日の日・カナダで、茂木外務大臣とイアン・マッケイ駐日カナダ大使が、カーニー首相の来訪に合わせて署名している。2006年7月のレバノン情勢悪化の際にカナダ・英国・フランスが共同でチャーターした船で邦人5人がキプロスへ退避した事案、2023年4月のスーダンでカナダの軍用機により邦人4人と邦人の家族1人がジブチへ退避した事案が背景に挙げられていた。

約2年の間に、相手が韓国、オーストラリア、カナダ、ドイツと増えている。いずれも発表文の書き方は同じで、過去の退避協力の実績を挙げ、それを枠組みとして固定するという組み立てになっている。

自衛隊が動ける条件は狭い

他国の手段に頼る場面が残るのは、日本側の制度に理由がある。

自衛隊法第84条の3は、外務大臣から依頼を受けた防衛大臣が、内閣総理大臣の承認を得て部隊に在外邦人の警護や救出などの「保護措置」を行わせることができると定める。ただし要件が3つ付いている。保護措置を行う場所で相手国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たっており、かつ戦闘行為が行われることがないと認められること。自衛隊が武器の使用を含む保護措置を行うことについて相手国の同意があること。そして予想される危険に対して部隊と現地当局の連携・協力が確保されると見込まれることである。

輸送だけを行う第84条の4はこれより緩く、予想される危険と避けるための方策を外務大臣と協議し、方策を講じられると認めれば実施できる。使えるのは輸送用の航空機、輸送に適する船舶、その船舶に搭載された回転翼航空機で、特に必要と認められるときは車両も使える。邦人の配偶者や子、名誉総領事・名誉領事なども対象に含まれ、現地での連絡調整に必要な人や家族を同乗させることもできる。

つまり情勢が崩れて戦闘行為が起きている場所では、第84条の3の保護措置は要件を満たしにくい。実際に邦人が退避を迫られるのはそうした局面であり、他国の軍用機や共同チャーター船に同乗させてもらう余地を広げておくことに実益がある。外務省が外務省、中東3か国・地域の危険レベルを同日引き下げ イラク南東部8県とベイルートの「退避勧告」解除 イスラエルは大半がレベル2にのように危険情報を細かく上下させているのは、こうした判断の前段にあたる。

守る対象は129万8170人、アフリカはそのうち6592人

外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2025年10月1日時点で海外に住む邦人は129万8170人で、前年の129万3097人とほぼ同数だった。3か月以上滞在する「長期滞在者」が70万9684人、「永住者」が58万8486人である。ウクライナ、アフガニスタン、シリアは在留邦人の安全上の理由で公表を控えており、この数には含まれていない。

地域別では北米が49万1701人で全体の37.9%、アジアが34万7333人で26.8%、西欧が21万5695人で16.6%を占め、この3地域で約81%になる。一方、今回の2件の舞台となったアフリカは6592人で全体の0.5%しかない。国別ではコートジボワールが169人、南スーダンが27人である。

人数が少ないことは、現地に日本の大使館や総領事館はあっても、動かせる機体や船を日本が自前で持ち込みにくいことと表裏の関係にある。覚書の相手となったドイツ自体には4万4648人の邦人が住み、国別で8番目に多いが、覚書が効くのはむしろ両国とも在留者が少ない第三国である。