三井化学は11月4日、同社が半導体材料大手のJSRを取得するとの報道について、「当社が発表したものではなく、当社からの情報に基づくものではございません」とする開示を出した。そのうえで「本件も含めさまざまな検討を行っていることは事実ですが、現時点で決定した事実はありません」と記した。検討に触れた一文は、同じ題名で9月18日に出した開示には無かった。

9月の開示に無かった「検討」の一文

開示の本文は2文だけだ。1文目で報道が自社の発表ではないと断り、2文目で検討の事実と未決定を述べている。題名は「当社に関する一部報道について」である。

三井化学は9月18日にも同じ題名の開示を出している。このときの報道は、同社の開示によると、同社が「JSR 株式会社の取得に関する最終候補である」という内容だった。開示は「当社が発表したものではなく、当社からの情報に基づくものではございません」と述べただけで、検討しているかどうかには触れていない。約1か月半を経た今回は、報道の内容が「最終候補」から「取得」へ進み、同社も検討の事実までは認めた形だ。

同社が認めた範囲は「検討」までである。取得するかどうかは決まっておらず、金額、時期、取得の方法、相手方との交渉の状況は開示に書かれていない。開示の「企業価値向上を目的に」という目的の説明も、「さまざまな検討」全体にかかる表現で、JSRに限った説明ではない。

JSR側と産業革新投資機構(JIC)の公式発表は、確認できた範囲では出ていない。JICのニュース一覧は、11月5日早朝の時点で最新の掲載が10月15日で、本件の発表は無かった。JSRのニュース一覧は本紙の取得方法では中身を読めず、同社の発表の有無は確認できていない。

合成ゴムの国策会社から半導体材料の大手へ

JSRの出発点は半導体ではない。1957年12月、合成ゴムの国産化を目的に、政府と民間会社の出資で日本合成ゴムとして設立された。祖業のエラストマー(合成ゴムなどの弾性素材)事業は2022年にENEOSへ譲渡している。

いまの中核はデジタルソリューション事業で、電子材料、ディスプレイ材料、光学材料の3事業からなる。JSRの会社案内は、この事業が売上の大半を占めると記す。電子材料では、半導体の回路を形づくるリソグラフィー工程に使うフォトレジスト(光に反応する感光材料)を各波長向けにそろえる。同社はこの工程を「半導体デバイスの微細化と性能を決める中核技術」と位置づける。

会社案内によると、2025年度の連結売上収益は4407億円、研究開発費は322億円だった。海外の売上が71.0%を占め、連結従業員は2026年3月31日時点で6951人にのぼる。

事業の絞り込みも続いている。沿革によると、2025年に医学生物学研究所とJSRライフサイエンスをトクヤマへ譲渡し、2026年にはバイオプロセス材料事業をメルクに譲渡した。経営は、半導体製造装置メーカー出身で2025年4月に就任した堀哲朗CEOが率いる。会社案内では、2030年までにコア営業利益1000億円の達成を目標に掲げている。

2024年の非公開化で掲げた「業界再編」

JSRは2024年に株式市場を離れた。買い手はJICC-02という会社で、JICの完全子会社であるJICキャピタルが運用するファンドが全株式を持っていた。JICは産業競争力強化法に基づき2018年9月に発足した投資機構である。

2024年3月18日の公開買付け(TOB)開始の発表によると、買付価格は1株4350円、買付代金は約9038億円を見込んだ。JSRの沿革には、同年にTOBが成立してJICC-02が親会社となり、東京証券取引所プライム市場で上場廃止となったと記されている。その後JICC-02と合併し、JICC-02がJSR株式会社に商号を変えて事業を承継した。現在の株主の構成は、JSRの会社概要には記載が無く、確認できていない。

非公開化の目的は、この発表文に詳しい。話の発端は2022年11月中旬で、JSRの側からJICキャピタルに資本政策を打診した。文書はJSRの認識として、海外の半導体材料メーカーが大型の合併・買収で競争力を高める一方、「合併・買収が進んでいない国内の半導体材料メーカーはより一層の競争力強化が求められる」と記す。

JSR自身の弱みも書かれている。プロセス材料や5G向けの実装材料などで「依然として低い市場シェアに甘んじている」材料があり、参入していない材料も多いという。そのうえで「より大胆に業界再編を志向する」ことで品ぞろえと国際競争力を高める必要があるとしていた。JICキャピタルの側も、半導体材料業界の国際競争力強化に向けた事業再編を主たる目的の一つに挙げている。

三井化学の半導体事業より大きい売上規模

三井化学で半導体材料を担うのはICTソリューション部門だ。主力は、フォトマスク(回路の原版)にちりが付くのを防ぐカバーの「三井ペリクル」と、半導体製造工程用の「イクロステープ」である。同社の説明では、ペリクルは世界首位の立場にあり、従来型のDUV(深紫外線)露光向けは旭化成からの事業買収もあって大きく伸びた。最先端のEUV(極端紫外線)露光向けは2025年度に伸び悩み、足元では歩留まりの改善で持ち直しているという。

区分 売上収益 コア営業利益
三井化学 全社(2026年3月期) 1兆6688億円 1000億円
三井化学 ICTソリューション部門(同) 2795億円 369億円
JSR 全社(2025年度) 4407億円 確認できていない
三井化学とJSRの事業規模出典: 三井化学「2027年3月期 第1四半期連結決算概要」、JSR「会社案内」

JSRの4407億円には半導体以外の事業も含まれるが、全社の規模で三井化学のICT部門の約1.6倍にあたる。三井化学全体の売上収益と比べると約26%の大きさだ。ICT部門の2026年4〜6月期は売上収益778億円、コア営業利益111億円で、前年同期の690億円、90億円から増えている。8月5日時点の全社の2027年3月期の業績予想は売上収益1兆9000億円、コア営業利益1050億円、純利益450億円である。

同社の経営陣は、5月27日の経営概況説明会でM&A(企業の合併・買収)についてこう答えている。市村社長らが応じた質疑の要旨によると、成長領域は「基本的には既存の製品・技術の強化により伸ばす」としつつ、他社との合従連衡については「海外では M&A、国内では連携という色合いが強い」と説明した。半導体・電子材料の分野では「機会があれば検討していく考えですが、それだけを当てにするのではなく、自助努力で成長が見込める領域を着実に伸ばしていく考えです」と述べている。

一方で資金の投入先は動いている。6月12日には、歯科製品の米Ultradent社の買収を決めた。取得価額は調整前で9億ドルで、手続きは現地時間の8月14日に完了した。この際の開示は、ライフ&ヘルスケアとICTの2領域に資源投下を厚くし、「M&A や提携も積極的に活用」すると基本方針を説明している。

基礎化学品の側では切り離しが進む。説明会資料は、2027年度をめどとするベーシック&グリーン・マテリアルズ事業の分社化の検討を挙げた。7月1日には、三井化学が52%を出資するプライムポリマーへ、住友化学の国内ポリプロピレン事業などの統合が始まった。住友化学の足元の業績は住友化学中間期、純利益2.1倍の828億円 通期予想を上げ年17円に増配で報じている。

問われるのは再編の中身だ

JSRの非公開化は、国内の半導体材料の再編を目的に掲げて実行された。三井化学の開示が示すとおり、取得は決まっていない。ただ、話が進むのであれば、当事者が示すべき内容ははっきりしている。

半導体材料の競争力は、日本の産業の基盤に関わる。JSRが2024年の文書で自ら挙げた課題は、シェアの低い材料と未参入の材料だった。三井化学が加わることで、その品ぞろえがどう変わるのか。研究開発費322億円の投資水準と国内の生産拠点は維持されるのか。法律に基づく機構の傘下で9000億円規模の買収を行った以上、国の産業政策の成果を見る国民の立場からは、JIC側が再編の目的の達成度を数字で説明すべきではないか。

三井化学の株主の立場からは、別の問いが立つ。同社は5月に、国内は「連携という色合いが強い」と述べ、半導体分野のM&Aを当てにしない姿勢を示していた。8月に9億ドルの買収を終えたばかりでもある。取得へ進むのであれば、その説明との関係と資金の裏付けを株主に示すべきではないか。