東武鉄道は、日光線新鹿沼駅構内(栃木県鹿沼市)で8月20日に除草作業中の4人が特急列車と接触して死亡した事故について、外部の専門家でつくる検証委員会の設置日を11月4日とした。同社が10月30日付の文書で明らかにした。同社が国に出した中間報告は、社内の規程が守られていなかったことに加え、列車見張員が「意見を述べると怒られる」と思い何も言わなかった現場の環境を認めている。事故の原因は運輸安全委員会が調査中で、警察も捜査を続けている。

委員会は協力会社の管理まで検証する

委員会の名称は「新鹿沼駅構内鉄道人身障害事故検証委員会」。委員長は小松原明哲・早稲田大学理工学術院教授で、長谷川尚子・文教大学准教授、三和雅史・東京経済大学准教授の計3人が委員を務める。

目的は2つある。1つは、東武が9月30日に関東運輸局へ提出した中間報告書を基に、安全管理規程などの不履行が起きた背後の要因を分析することである。もう1つは、グループ会社を含む協力会社の安全管理と委託の管理、グループ会社の組織管理を検証し、再発防止の提言を出すための独立した調査である。

東武は委員会を「独立検証機関」と位置づけ、委員会の採決には関与しないとしている。提言を尊重して再発防止策を実施し、最終報告の内容を公表するとしている。最終報告の時期は文書に書かれていない。

運輸安全委員会の調査が、事故の原因を究明して再発の防止につなげる国の調査であるのに対し、今回の委員会は東武が自ら設けるものである。東武は文書で、原因を背後の要因まで掘り下げ、内部統制の観点から必要な対策を検討するための組織だと説明している。

列車到着3分前に線路へ入った

事故は8月20日午前10時46分頃に起きた。接触したのは東武日光発浅草行きの特急「スペーシアX」2号(6両編成)で、乗客は約50人だった。

この日の作業は除草薬の散布で、10人が従事していた。東武の発注を受けた元請会社の下に建設会社と警備会社2社が入り、建設会社の下にもう1社が入る体制だった。亡くなった4人のうち1人は元請会社の現場代理人で、工事現場の責任者にあたる。

国土交通省が10月23日に開いた緊急鉄道保安連絡会議で、東武が示した資料によると、当日の経過は次のとおりである。

時刻(頃) 経過
当日朝 下請会社が、事前教育を受けていない作業員4人を派遣
9時 作業指揮者が東武の工務事務所との電話点呼で、非番の現場代理人の現場入りを報告せず
10時15分 現場代理人が作業開始を指示。作業指揮者は以後の任務を現場代理人に委ねる
10時30分 予定していた再打ち合わせをせず、踏切より先の作業を継続
10時42分 列車見張員が「列車到着3分前」と伝えたが、現場代理人の指示で線路内へ
10時46分 列車が駅へ進入し、4人と接触
新鹿沼駅構内の事故に至る経過

出典: 東武鉄道「日光線 新鹿沼駅構内 鉄道人身障害事故について」(緊急鉄道保安連絡会議 資料1)

10時42分頃からの動きは次のとおりである。一行は列車見張員を先頭に、上り本線のホーム下を進んだ。列車見張員は待避の合図を出し、自らも待避した。2人の作業員は旧上りホームの上へ待避し、作業指揮者も合図は聞こえなかったが列車を見て待避した。現場代理人と作業員3人は旧上りホームに背を向け、寄りかかるように静止していて接触した。

運転士の説明によると、列車見張員の「列車接近了解合図」を確認して減速しながら駅へ進入した。線路内の作業員を認めたものの待避を終えていると捉え、脇を通過したところで異音を感じて非常停止の手配をとったという。列車接近了解合図は、作業員の待避が完了した後に列車の乗務員へ送る決まりの合図である。列車見張員は待避の後、列車を止める手配をしなかった。

資料の記載を照らし合わせると、亡くなった作業員3人はいずれも、事前教育を受けずに派遣された4人に含まれる。

中間報告が認めた7項目

東武の資料によると、中間報告書は規程類の不履行として7項目を挙げた。①一部の作業員が事前教育を受けていなかった②作業指揮者が任務を現場代理人に委ねた③作業指揮者が見張員の見張り位置を指定しなかった④新鹿沼駅付近で予定していた再打ち合わせをしなかった⑤作業指揮者が作業員の待避位置を指定しなかった⑥列車見張員が見張りに専念していなかった⑦列車見張員が他の作業員の待避完了の確認と列車停止の手配をしなかった――である。

規程の不履行とは別に、現場で安全に関する意見や疑問を確かめ合える環境が整っていなかったとも認めた。列車見張員は列車到着3分前の移動に違和感を持ったが、意見を述べると怒られると思い何も言わなかった。作業員の1人も、余計なことを言うと揉め事になると思い発言を控えた。作業指揮者が任務を委ねた現場代理人は、上司で経験も豊富な立場だった。

さらに、規程が守られなかった場合の安全確保に強化の余地があったとした。現場の上り本線のホーム下は、待避してはならない「待避禁止区域」に指定されていなかった。

再発防止策として、東武は8月24日に新鹿沼駅構内の上り本線と中線を待避禁止区域に指定した。ほかに、点呼時に遵守事項を相互に復唱し東武の社員が理解を確かめること(9月2日から)、作業指揮者を変えるときの東武への連絡の周知、列車見張員の訓練強化、無線機などの携行の規程化を挙げている。列車の接近を知らせる列車接近警報装置は導入を広げるとし、2026年度末までに整備計画を作ったうえで順次配備する。

国は全国に緊急点検を要請

関東運輸局は事故当日、東武に警告文書を出し、背後の要因を含む原因の究明と再発防止を求めた。国交省は翌21日に全国の鉄道事業者へ注意を呼びかけ、24日からは関東運輸局の職員が東武に立ち入って法令の遵守状況を調べた。

井林国土交通相は10月2日の記者会見で、安全管理規程の不履行などで重大な事故が起きたことを「大変重く受け止めています」と述べ、東武に再発防止策の迅速かつ確実な実施と追加対策を指導し、フォローアップの保安監査を行う考えを示した。全国の鉄道事業者には10月1日付で中間報告書の内容を共有し、線路内作業の規程の遵守状況について緊急点検を求めた。点検の結果は、確認した範囲の公表資料には載っていない。

10月23日の緊急鉄道保安連絡会議には全国の鉄軌道事業者が参加し、会議資料は国交省のページで公開された。運輸安全委員会の委員長は8月25日の記者会見で、調査官3人を現地へ派遣したと説明し、「できるだけ早期に調査報告書を公表できるよう努めてまいります」と述べた。同委員会の事故の概要の調査状況は「調査中」のままである。

減っていた触車死亡事故が再び

列車と作業員が接触する事故は「触車事故」と呼ばれる。国交省の資料によると、作業員の触車死亡事故は過去30年では平成9年度が最も多く、その後は減る傾向にあったが、令和5年度以降は毎年度発生している。

対策の出発点は1999年のガイドラインである。平成8年から10年までの3年間に約30人の労働者が死亡したことを受けて策定され、計画の作成、列車の運行状況の把握、監視体制の確立、確実な待避を求めた。作業者全員の待避を確かめてから列車を通過させることも示している。2006年の鉄道事業法の改正で鉄道事業者に義務づけられた安全管理規程にも、触車防止の事項を記載することとされた。労働安全衛生規則は、軌道の近くで作業するときに監視装置の設置か監視人の配置を事業者に義務づけている。

それでも事故は続いた。運輸安全委員会の安全啓発ページは2023年4月の富山地方鉄道、同年12月のJR西日本山陽線、2024年12月のJR東海道線高塚駅構内の事故などを挙げ、過去の触車事故では遵守事項や社内規程が守られていないこと、教育が徹底されていないことが原因になっていると指摘している。

見張員の注意だけに頼る作業を続けるのか

事故の原因を確定するのは運輸安全委員会である。ただ、東武自身が認めた経過からは、はっきり言えることがある。指揮者の交代も、再打ち合わせの省略も、到着3分前の立ち入りも、誰かが止めなければそのまま進み、列車を止められるかどうかは最後まで現場の見張員と運転士の判断にかかっていた。

発注者である鉄道事業者の職務は、規程を定めるだけでは終わらない。現場で規程が破られたときに、それでも人が列車と接触しない仕組みを用意することまでが輸送の安全を預かる側の責任である。亡くなった4人は東武の社員ではなく協力会社の側の人々だったが、線路内の安全を管理する立場にあるのは東武である。

JR東日本は5人が死亡した1999年の山手貨物線の事故の後、2000年に社内規程を改め、列車見張員の注意力だけに依存する作業を禁じ、列車の運行と線路内作業の分離を基本とした。今回の会議でも「人はミスをすることがあるという前提」を教訓に挙げている。一方、東武の資料に載った主な再発防止策は教育、確認の徹底、待避禁止区域の拡大、無線機の携行が中心で、警報装置の配備の完了時期は示されていない。

第三者委員会に問われるのは、運行中の列車の合間に人を線路へ入れる作業の方式そのものを続けるのかどうかである。線路内で働く協力会社の作業員の立場から見れば、委員会は最終報告でこの問いに答え、東武は作業の方式を変えるなら期限を付けて公表すべきではないか。