デジタル庁は11月2日、政府のAI・デジタル改革推進会議が10月22日に首相官邸で開いた第1回会合の議事録を公表した。会合には構成員の有識者10人のうち9人が出席し、全員が発言した。AIエージェントが代わりに結んだ契約の結果を誰に帰属させるかという法的な整理、自治体がAIを導入する際の費用への財政支援、AI関連の規制で司令塔となる官庁の明確化、AIの供給網を5つの層に分けた主権の確保などを求める意見が出た。議長の木原稔官房長官は会合の最後に、「AXの具体像」「AI・デジタル改革原則」「AX社会実装の加速化」の3点を年末までに中間整理の形でまとめると述べている。

議事録で何が分かったのか

会合は10月22日午後4時20分から50分までの30分間、首相官邸2階大ホールで開かれた。議長は木原官房長官と古川俊治AI・デジタル改革推進担当相の2人で、副議長に赤澤亮正AX社会実装担当相(経済産業相)と中司宏規制改革担当相が就いている。このほか総務、法務、文部科学、厚生労働、環境の各閣僚らが出席した。

会合の様子は、これまで首相官邸の公表や配付資料で骨格が伝えられていた。会合の決定事項と官房長官の指示は、AI・デジタル改革推進会議が初会合 改革原則や実装計画、年末に中間整理で扱っている。

今回の議事録で新たに分かったのは、構成員それぞれが口頭で何を述べたかである。議事録によると、北野宏明氏と佐藤孝弘氏はオンラインで参加し、村岡嗣政氏はオンラインで途中から加わった。久保田構成員は欠席した。発言は古川担当相の指名順に、北野氏、佐藤氏、宍戸常寿氏、中室牧子氏、松尾豊氏、丸山絵美子氏、村岡氏、山口明夫氏、吉永京子氏の9人が続いた。宍戸氏、松尾氏、丸山氏、吉永氏の4人は書面の資料も出している。報道関係者が入室したのは官房長官の締めくくりの発言の前で、有識者の発言はいずれもそれより前に行われた。

9人の発言の要旨は次のとおり。

構成員 肩書き(議事録の記載) 主な発言
北野宏明氏 ソニーコンピュータサイエンス研究所社長 人手不足対応の先に「人が余る」産業構造の変化を見込むべきだ
佐藤孝弘氏 山形市長 自治体のAI導入費用への財政支援と、安価に共同利用できるAI基盤
宍戸常寿氏 東京大学教授 政府がAIの状況を分析・評価し迅速に発信する体制、ガバナンス人材の育成
中室牧子氏 慶応大学教授 規制の司令塔の明確化、通知・通達のAI-Ready化、免許証画像の保存慣行の見直し
松尾豊氏 東京大学教授 2030年に目指す姿を11項目で示す
丸山絵美子氏 慶応大学教授 AIエージェントの契約の帰属や責任分界など法的な不確実性への対応
村岡嗣政氏 山口県知事 国・地方共通のデジタル基盤、開発から利用までの安全基準
山口明夫氏 日本IBM会長、経済同友会代表幹事 AIを5つの層に分けた戦略的自律性の確保
吉永京子氏 慶応大学特任准教授 医療データの共有、中小企業・スタートアップ支援、分野別の法制度の検証
AI・デジタル改革推進会議第1回で発言した有識者9人と発言の要旨(発言順)出典: デジタル庁「AI・デジタル改革推進会議(第1回)議事録」

AIエージェントの契約、誰に帰属するのか

規制・制度の論点では、民法と消費者法を専門とする丸山氏が、AIエージェントやフィジカルAI(ロボットなど物理的に動くAI)の社会実装で「法的な不確実性への対応は喫緊の課題」と述べた。

丸山氏が例に挙げたのは、利用者に代わって契約を結ぶAIエージェントである。AIの行為を人の行為と同じに扱えるのか、行為の結果を誰に帰属させられるのかについて、人を想定してきた現行法の解釈は「一義的に明確ではない部分」があると指摘した。契約や決済の前に人の確認を必ず挟む設計にすれば、人による意思決定という現行法の枠組みとつながり、利用者の安心も確保できる。一方で、速さが求められる取引には人の確認は適さないとして、AIが契約条件を判断できる環境、AIを欺かない環境、暴走したAIを別のAIが制御できる設計を整える必要があるとした。予期しない挙動のリスクを誰が負うのか、損害の責任をどう分けるのかといった法規範や、AIの挙動を記録に残す仕組みについて、法と技術の両面から検討を急ぐよう求めた。

政府は会合で、士業など資格を持つ人が行うことを前提とした規制の横断的な整理や、AIを用いた行為の責任分界について現行法制度の扱いを明確にする方針を示している。古川担当相は、この会議の下に「AI・デジタル改革推進専門調査会」を開いて集中的に検討すると述べた。

規制の進め方については、前期に規制改革推進会議の委員を務めた中室氏が発言した。中室氏は、フィジカルAIをめぐって投資を主導する官庁が旗を振る一方、現場では実証実験の許可が下りないという「矛盾した意思決定」が行われていたと述べた。複数の省庁に所管がまたがる場合でも、どこが司令塔なのかを明確にしたうえで、技術の進み方に合わせて規制を見直す仕組みが望ましいとした。

自治体の首長、費用負担と判断基準を求める

構成員のうち2人は自治体の首長で、いずれもAIを導入する際の国の支援を求めた。

山形市の佐藤市長は、AIサービスの導入費用、ライセンス料、クラウドの利用料、セキュリティー対策費が自治体にとって非常に高額だとして、財政的支援が必要だと述べた。政府職員向けの生成AI基盤「源内」に触れ、自治体が安価に共同で使えるAI基盤も要るとした。国が自治体に出す通知や事務処理要領の多くがPDFで公開されており、AIが参照できる形にする「AI-Ready化」を進めるうえで自治体の負担を軽くする必要があるとも指摘した。

自治体のネットワークは、用途ごとに環境を3つに分ける「三層分離」を原則としてきた。佐藤市長は、3つの環境でセキュリティー対策が異なるため、どの環境でどの範囲の個人情報や機密情報を扱えるのか、国が具体的な判断基準や安全性の評価情報を示すよう求めた。情報漏えいの事案が相次ぎ、市民の間に「セキュリティーに係るコストやリスクのほうが大き過ぎるのではないか」という漠然とした不安が広がっているとして、暮らしがどう良くなるのかを身近な形で示すことも求めた。

山口県の村岡知事は、県でもAIエージェントの業務での活用や自動運転の実証を進めていると説明した。そのうえで、「源内」など自治体の需要に合った国・地方共通のデジタル基盤の構築を求めた。外部のデータと連携して自律的に判断するAIエージェントについては、人による統制を徹底する必要があるとして、開発から利用までの各段階の安全基準や検証の枠組みを国が確立するよう求めた。

源内のAIエージェント環境と、その安全ルールについては政府職員18万人の生成AI「源内」、AIエージェント環境の提供を開始 安全ルール「源内基準」を公表が詳しい。中室氏も通知・通達を横断的に検索できる形に整えれば自治体職員の負担が減るとして、首長2人と同じ方向の意見を述べている。

「人が余る」可能性も 産業界と研究者の見方

産業界と研究者の発言は、AXで社会がどこまで変わるかの見通しに幅があった。

北野氏は「95%の人の95%のタスクは、AIのほうが優れている」時代が早晩来ると考え、それを前提に制度を設計すべきだと述べた。いまの議論は人手不足への対応や業務の効率化が中心だが、長い目で見れば産業構造が大きく変わり、「むしろ人が余る状況」も考えるべきだとした。AIとロボットが仮説から検証までを自律的に行う「AIサイエンティスト」の能力を持つ国が、次の科学的発見と産業競争力を握るとも指摘した。

松尾氏は、2030年に目指す姿の中心を、労働力人口が減るなかでもAXで生産性を大きく高め、経済を成長させることだとした。提出資料で示した11項目には、労働力の補完、行政・教育・医療で一人一人に応じたサービス、フィジカルAIの活用、中小企業への波及、AIの開発力の国内保持、熟練の技をAIとロボットに載せた輸出などが並ぶ。

山口氏は、AIを「石油や重要鉱物と同様の戦略資源」と位置づけた。AIの自律性を、①AIエージェントを含むアプリケーション②大規模言語モデルなどのAIモデル③データ④計算資源⑤データセンターと電力――の5つの層で考え、層ごとに国産の開発と調達先の多角化、関係国との連携を進めて主権を確保すべきだと述べた。

宍戸氏は、政府が公開情報やAI開発者からの情報提供、法的根拠に基づく報告をもとに状況を分析・評価し、迅速に発信する体制の構築を求めた。吉永氏は、日本のソフトローのガイドラインと既存法令を組み合わせた手法は国際的に注目されているとしたうえで、自律型AIの進展を踏まえ、医療、交通、労働安全など分野別の法制度を検証して見直すよう提案した。

年末の中間整理と残る論点

議事録によると、政府は年内に「AXの具体像」「AI・デジタル改革原則」「社会実装加速のアクションプラン」をまとめ、残る論点は来年6月ごろの政府決定への反映を目指す。古川担当相は、AI法を含む関連法制度の見直しについて、AI戦略専門調査会の下に「制度の在り方検討ワーキンググループ」を設けると述べた。

有識者の発言と政府の工程を突き合わせると、年末の中間整理で扱う範囲と、年明け以降に回る範囲が分かれる。木原官房長官は、AIガバナンスの強化など残された論点は年明け以降に具体化するとした。丸山氏が求めたAIエージェントの責任分界や、村岡知事が求めた開発から利用までの安全基準は、規制・制度の整理と、年明けに回るAIガバナンスの両方にかかわる。

自治体が求めた財政支援や共同利用のAI基盤について、会合で政府側が具体的に答えた記録は議事録に無い。佐藤市長と村岡知事が挙げた導入費用や判断基準が、年末の中間整理やアクションプランにどこまで入るかが、次の焦点になる。会合では中司規制改革担当相が、AIの利活用の障害となる規制・制度の情報を関係府省庁の連名で一般から募集していると説明しており、集まった意見がどう反映されるかも今後の論点となる。