政府は10月23日、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンを男性にも定期接種として打てるようにするかどうかを巡り、国民民主党・無所属クラブの向山好一衆院議員が出した質問主意書への答弁書を衆議院に送った。厚生労働省の審議会が7月に示した費用対効果の分析は、男性本人への予防効果だけを数えたもので、男性が接種することで女性の子宮頸がんが減る効果は入っていない。答弁書は、この効果を国内データに基づく新しいモデルで評価する方針を示し、従来の分析方法で女性への効果を加えた試算を行うことは「考えていない」と答えた。一方で、定期接種化は費用対効果の結果だけで決めるのではなく、「他の多角的な要素を勘案して総合的に判断する」とした。
7月の分析は「1QALY当たり1億7144万円」
質問の前提になったのは、7月22日に開かれた厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会の「ワクチン評価に関する小委員会」(第35回)だ。厚労省の議事録によると、この回で、研究班の代表を務める池田委員が、9価HPVワクチンを中学1年生相当の男子に2回接種する場合と、接種しない場合とを比べた費用対効果の分析結果を説明した。
費用対効果は「ICER(増分費用効果比)」で示す。接種で増える費用を、接種で得られる健康の改善で割った値で、小さいほど費用に見合う効果があることを表す。健康の改善は「QALY(質調整生存年)」という単位で測る。完全に健康な状態で1年生きることを1とし、病気で生活の質が下がった期間は割り引いて数える。
分析は2つのシナリオを立てた。1つ目は、薬事承認で男性への効能が認められている尖圭(せんけい)コンジローマと肛門がんの予防だけを数えるもので、1人当たりの費用は4万7125円増え、ICERは1QALY当たり1億7144万円だった。池田委員は「かなり高額な値」と説明した。2つ目は、承認は得ていないが一定の知見が出てきている中咽頭がんと陰茎がんの予防効果も加えたもので、ICERは1QALY当たり8553万円に下がったが、池田委員は「一般的に考えられております費用対効果の基準を、依然上回っている」と述べた。
| シナリオ | 数えた予防効果 | ICER(1QALY当たり) |
|---|---|---|
| 1(基本) | 尖圭コンジローマ・肛門がん | 1億7144万円 |
| 2(参考) | 上記+中咽頭がん・陰茎がん | 8553万円 |
質問主意書によると、厚労省の担当官は第31回小委員会で、日本の公的な費用対効果分析の判断基準を1QALY当たり500万円と述べている。7月の結果は、2つのシナリオともこの水準を大きく上回る。
争点は「女性への効果」と「有効性が何年続くか」
7月の分析は、従来から使っている「マルコフモデル」で計算した。接種した本人に何が起きるかを追う方法で、池田委員は議事録で、女性に対する間接的な感染予防効果や集団免疫の効果は「含まれておりません」と説明している。男性が接種すれば性的接触を通じて女性への感染も減るため、子宮頸がんの予防にもつながるとされるが、その分は試算の外に置かれた。
向山議員は、令和6年3月の第24回小委員会では4価ワクチンについて同じマルコフモデルで女性への効果を入れたシナリオが示されていたと指摘し、9価でも同じ条件で分析できるはずだとただした。答弁書は、必要な情報が手に入ると仮定すれば分析すること自体は「一般的に可能」と認めた。そのうえで、女性への効果は、人から人への感染の広がりを組み込む「ダイナミックモデル」で評価することになっており、そのための信頼性の高い国内データを集めている途中だとして、マルコフモデルで同じ分析を行うことは「考えていない」と答えた。厚労省がこうした試算を自ら行ったり、研究班から報告を受けたりしたこともなく、結果は「把握していない」とした。7月の分析が過去の方針と食い違うとの指摘には、女性への効果を含めて総合的に評価する方針を「否定するものではない」とし、整合しないとは「考えていない」と退けた。
もう1つの争点は、ワクチンの効果が何年続くと仮定するかだ。7月の基本分析は20年とし、感度分析として30年と50年の場合も示した。池田委員は議事録で、30年、50年と長くするとどちらのシナリオでも費用対効果の数字が小さくなる、つまり改善すると説明している。向山議員は、接種した若者ががんの多い40〜60代に達するまでを評価するには20年は短すぎるとし、海外の評価の多くが50年以上か生涯続くと仮定していることを挙げて、50年以上を基本にすべきだと求めた。答弁書は、持続期間の設定は厚生労働科学研究の研究事業で委員の意見や先行研究を踏まえて決めるものだとして、50年以上が合理的かどうか「一概にお答えすることは困難」とし、政府から研究班に設定を見直すよう「促すことは考えていない」と答えた。
「費用対効果だけでは判断しない」 新モデルは今年度中めど
向山議員は、B型肝炎ワクチンやおたふくかぜワクチンの定期接種化の議論では、費用対効果が必ずしも優れていなくても、病気の重さや社会的な要因を合わせて判断してきたと指摘した。答弁書は、予防接種に関する基本的な計画(平成26年厚生労働省告示)に基づいて評価・検討するとし、定期接種化の可否は費用対効果の結果「のみをもって」判断するのではなく、総合的に判断すると明言した。男性へのHPVワクチンについても、厚生科学審議会での検討では費用対効果以外の観点を含めて総合的に評価するとした。おたふくかぜワクチンについては、同じ小委員会が9月に、定期接種に使えるようにすることに「妨げる大きな懸念はない」とする議論のまとめを出している(おたふくかぜワクチンの定期接種化、「妨げる大きな懸念はない」 厚労省の小委員会がとりまとめ 対象案は1歳と就学前1年の2回 令和9年度からの導入は基本方針部会が判断)。
議論を急ぐべきだとの求めには、7月の分析でも海外の信頼性の高いデータを使っているとし、分析の精緻化に時間をかけすぎているとの「認識はない」と答えた。根拠として、研究班の代表が7月の小委員会で「今年度中をめどに、この日本のデータを用いたダイナミックモデルを構築」する見込みを示したことを挙げた。上野厚労相が6月9日の参院厚生労働委員会で、審議会の議論を「しっかりそれを後押しをしていきたい」と答弁したことも引いた。
ダイナミックモデルに使う日本の性的接触のパターンについては、研究班の代表が7月の会議で、調査している研究グループにデータの提供を頼んでいると述べていた。答弁書は、これは研究代表者が個別に頼んでいるもので、研究グループの名称や調査の時期、データ提供の見込みは厚労省として「具体的に」把握していないとした。
承認は尖圭コンジローマと肛門がん 中咽頭がんの予防は「明らかではない」
男性への接種の根拠となる薬事承認の範囲も、議論の前提になっている。第35回小委員会の議事録によると、事務局は、令和7年8月に9価ワクチンの男性への接種の適用拡大が承認されたと説明した。男性で予防効果が承認されているのは尖圭コンジローマと、肛門がん及びその前駆病変で、中咽頭がんや陰茎がん、女性に対する予防効果は承認されていない。小委員会は令和7年7月、定期接種化の議論では当面、承認されている範囲を対象にすると決めている。女性の定期接種は、令和8年度から9価ワクチンだけを使うことになった。
向山議員は、定期接種化が遅れる間に予防できたはずの中咽頭がんなどが男性に出続けるとして、行政の不作為の責任をただした。答弁書は、中咽頭がんに対するワクチンの有効性は承認の審査の対象になっておらず、定期接種化で中咽頭がんが予防されるかどうかは「明らかではない」として、こうした前提に立つ質問には答えられないとした。そのうえで、必要な情報が得られれば厚生科学審議会で議論し、「適切に検討をしてまいりたい」と結んだ。
7月の小委員会の終わりに、鈴木委員長は、研究班にできるだけ早くダイナミックモデルで分析結果をそろえてもらうよう求めた。あわせて、費用対効果の分析結果だけが定期接種化を進める「必須要因というわけではありません」と述べ、海外の状況やジェンダーニュートラル(性別を問わない接種)の考え方も含めて議論を続けるとした。定期接種化の時期や議論の日程は、答弁書でも示されなかった。
