米下院で民主党を率いるハキーム・ジェフリーズ院内総務は11月4日付の書簡で、次の下院議長に立候補すると同僚議員に伝えた。第120議会に当選した議員へあてた書簡で、「the 57th Speaker(第57代議長)」を目指すと明記し、支持を求めている。最初の100日の課題には、メディケイド(低所得者向け公的医療保険)の削減の撤回、トランプ関税の撤廃、イランでの戦争の停止などを挙げた。
書簡は、民主党が下院の多数を握る前提で書かれている。ただし全国の議席の確定値を、本紙は公式の集計で確認できていない。
3本の柱と「最初の100日」の5項目
書簡は「America is back!(米国は戻ってきた)」という一文で始まる。新しい議会で取り組む分野として、生活費の負担軽減、説明責任、米国の価値の3つを挙げた。
| 柱 | 書簡に書かれた内容 |
|---|---|
| 生活費の負担軽減(Affordability) | 住宅、医療、食料品・日用品、ガソリン・光熱費、介護・育児の5つの作業部会で取り組む |
| 説明責任(Accountability) | 不当な値上げの摘発、最高裁をめぐる問題の処理、議員の株取引の禁止 |
| 米国の価値(American Values) | 法の下の平等、投票の権利、移民の国としての伝統の回復 |
このうち最も具体的なのが、最初の100日の課題である。書簡は「During the first 100 days」として5項目を並べた。メディケイドの削減の撤回、補助的栄養支援プログラム(SNAP、低所得者向けの食料費の補助)の資金の回復、医療保険の購入を補助する医療費負担適正化法(ACA)の税額控除の延長、トランプ関税の撤廃、イランでの戦争の停止である。
議会と政権の関係については、下院が「wholly owned subsidiary(完全子会社)」のように動く時代は終わると書いた。議会が行政府を抑制する役割を取り戻すという主張で、書簡は政権への対決姿勢を前面に出している。一方で、生活費の問題では「bipartisan common ground(超党派の一致点)」を可能な限り探るとも記した。
少数党の2年を10項目で総括
書簡の前半は、第119議会での民主党の実績を10項目に分けて列挙している。ACAの税額控除を3年延長する法案の下院通過、連邦職員の団体交渉権を制限した大統領令を撤回する法案の可決などである。
ジェフリーズ氏の公式サイトによると、ACAの3年延長の下院通過は2026年1月のことだ。同サイトは、共和党が下院、上院、大統領職を押さえるなかで、民主党が「discharge petition(請願)」という手続きで採決に持ち込み、複数の法案を成立させたと説明している。団体交渉権の法案は、この手続きの3件目に数えられている。
ジェフリーズ氏はニューヨーク州第8区選出で、現在7期目だ。2022年と2024年に、民主党の議員団から全会一致で院内総務に選ばれた。2020年のトランプ大統領の弾劾裁判では、下院側の訴追担当者の1人を務めている。
書簡はこの2年を「Against all odds(あらゆる困難に抗して)」成果を上げた期間と位置づけた。そのうえで、少数党として得た成果を多数党としての「dramatic change(劇的な変化)」につなげると書いている。実績の評価はいずれも同氏の主張で、共和党側の評価は次の節に記す。
議長は下院の投票で決まる 前回は218対215
下院議長は、合衆国憲法第1条が「The House of Representatives shall chuse their Speaker」と定める役職で、下院が自ら選ぶ。議事を取り仕切るだけの職ではない。連邦法は、大統領と副大統領がともに職務を行えないとき、議長が議長職と議員職を辞したうえで大統領の職務を行うと定めている。副大統領に次ぐ順位である。
書簡が「第57代」と書いたのは、現職のマイク・ジョンソン議長の次に当たるためだ。ジョンソン氏は2023年10月25日、ケビン・マッカーシー議長の解任で空いた席に選ばれた。
現在の第119議会の冒頭、2025年1月3日の議長選挙は僅差だった。下院書記局の記録によると、ジョンソン氏が218票、ジェフリーズ氏が215票、トム・エマー議員が1票で、投じられた434票のうち218票を得たジョンソン氏が議長に就いた。下院書記局の現在の党派別の人数は、共和党218人、民主党214人、無所属1人、欠員2である。
憲法修正第20条は、議員の任期が1月3日正午に終わると定める。今の議員の任期は2027年1月3日正午までとなる。同条は議会の招集も同じ時刻と定めるが、法律で別の日に変えることができる。新しい議長の選出の日程は、公式の発表をまだ確認できていない。
共和党の主張とジョンソン氏の去就
ジョンソン議長は投開票前の10月30日付の米紙への寄稿で、民主党について「bent the knee to their far-left wing(極左に屈した)」と書き、僅差の民主党多数の下院でも左派勢力に左右されると主張した。議長の公式サイトが全文を載せている。
寄稿は共和党の実績として、4人家族の手取りが平均1万900ドル増える減税、1兆6000億ドルの歳出削減、民間の雇用の100万人超の増加を挙げた。同じ2年間について、ジェフリーズ氏の書簡はメディケイドの削減を批判しており、評価は正反対である。
民主党全国委員会は、民主党が下院の多数を取り戻したとする声明を出している。米中間選挙、民主党全国委が上下両院の多数奪還を声明 テキサス州は上院・知事とも民主党候補が先行で伝えたとおり、全国委の主張と公式の集計は分けて読む必要がある。
全国委は別の発表で、ジョンソン氏が次の議会で党の指導部の役職を求めないと表明したと書き、共和党の議員団にあてた同氏の書簡の一部を引いた。ただし、これは対立する党の発表である。本紙は11月6日朝までに議長の公式サイト、同氏の議員サイト、下院共和党のサイトを確認したが、同氏の書簡も、この件の発表も見つけられていない。したがって本人の決定としては確認できていない。
法律にするには上院と大統領が要る
書簡の項目の実現には、下院の多数だけでは届かないものが多い。憲法第1条は、法案は上下両院を通過したうえで大統領に送られ、大統領が拒否した場合は両院それぞれの3分の2の賛成で再可決すると定める。全議員が投票するなら、下院の435議席では290票、上院の100議席では67票に当たる。
下院が単独で握る権限もある。歳入に関する法案は下院から始めると憲法が定めている。関税を課す権限も、憲法第1条が議会に与えた権限の1つである。ただし関税撤廃やイランでの戦争の停止は政権の方針と対立する項目で、書簡は大統領の署名を得る道筋を示していない。
日本にとっての焦点は関税である。書簡は「eradicate the Trump tariffs(トランプ関税を撤廃する)」とだけ書き、どの関税をどの手順で撤廃するのかは示していない。日本は2025年9月の了解覚書に基づき、計5500億ドルの枠で対米投資を進めている(対米投資5500億ドル、これまでに結んだ貸付契約は5件 協調融資の総額は約68億ドルで枠の約1.2% 利益は元利回収後に米9割・日1割)。書簡はこの投資に触れていない。
大統領の拒否権を3分の2で覆す票の確保を書簡が示していない以上、100日の課題は、議長候補が党内に示した公約であり、米国の政策の変更そのものではない。日本政府と輸出企業が見るべきは書簡の文言よりも、下院が来年1月以降に実際にかける法案の中身である。
