消費者庁の消費者安全調査委員会は9月30日、「音楽イベントにおける混雑に伴う事故」の原因調査について経過報告を公表した。アリーナやドームで開かれる大規模ライブの入退場時に起きる混雑を対象にした調査で、来場者1276人のうち544人、42.6%が混雑や安全面で「気になった経験があった」と答えている。
経過報告は、調査が途中でも出さなければならない場合がある。消費者安全法第31条第3項は、調査を始めた日から1年以内に終えることが難しいと見込まれるときなどに、途中経過を内閣総理大臣に報告し公表するよう定めている。調査の開始は2025年9月25日で、ちょうど1年を越えたことから今回の公表になった。報告書は冒頭で「調査委員会による調査は、事故の責任を問うために行うものではない」と断っている。
きっかけは「体圧を感じる状況が30分」
調査に入った理由は、2024年に委員会へ寄せられた1件の申出だ。屋内施設で開かれた音楽イベントの開始前、入場口から座席までの通路付近が来場者で著しく混雑し、体を横にして人の間から抜け出すこともできず、あちこちから声が上がるほどの体圧を感じる状況が30分程度続いた、という内容だった。
この事案ではけが人が出たことまでは確認されていない。それでも委員会が調査に踏み切ったのは、屋内のイベントでは開始前と終了後に大人数が一斉に動くのに、入退場口を通れる人数が限られているため、一人の転倒が周囲に連鎖する群集事故が起こり得るからだ。委員会は、被害が出る前に対策を考えておく必要があると判断したと説明している。
背景には市場の拡大がある。報告書が引用するぴあ総合研究所の調査では、2025年のライブ・エンタテインメント市場は8564億円で、前年より12.6%増えて3年連続の過去最高。動員は9223万人、公演回数は10万820回だった。同研究所は2035年に1兆1億円規模になると見込む。従来の音楽ホールが老朽化で足りなくなり、大人数を収容できる多目的施設での公演が増えているが、こうした施設は大勢が一斉に動く場面を想定した造りとは限らない、と報告書は指摘する。
来場者の42.6%、主催者の79.2%が不安を経験
アンケートは、おおむね直近1年間に開かれた収容規模5000人以上の屋内型音楽イベントが対象だ。来場者1276人のうち、開演前や退場時など演奏中以外の場面で混雑・安全面が気になった経験が「あった」は544人・42.6%、「なかった」は634人・49.7%、「覚えていない」が96人・7.5%だった。
主催経験のある事業者48社では、混雑や安全面でさらなる対応や工夫が必要だと感じた経験が「あった」が38社・79.2%、「なかった」が7社・14.6%。来場者側より事業者側のほうが、問題を感じている割合は高い。
来場者が自由記載で寄せた404件の回答には、退場時にエスカレーターの待機列付近で身動きが取れず「圧死の事故のようなことが起こらないか不安になった」(2025年3〜4月ごろ)、入場の列とグッズ購入・交換の列が混ざって何の列かも分からず「将棋倒しと熱中症が怖かった」(2025年5月)、グッズの待機列が階段に折り返しで1時間以上続いていた(2025年12月)といった具体例が並ぶ。委員会は、会場でのスマートフォン・SNSの利用やチケット・グッズの交換といった来場者側の行動が混雑に与える影響についても調べている。
入退場時の混雑には評価の基準がない
報告書がはっきり書いているのは、ルールの空白だ。火災が起きたときの避難の安全については基準があるが、入退場時のような日常的な場面での混雑は、危険の程度や対策の効果を音楽イベントごとの特性に応じて詳しく評価する方法も基準も「ルール化されていない」。そのため混雑事故を防ぐ取り組みは、主として来場者の安全確保を担うイベント主催者に委ねられ、施設管理者や警備業者が立場に応じて役割を分担しているのが現状だという。
主催者側が運営計画を立てるときに参考にしている情報も、48社の複数回答で「同一会場での過去イベントの実績」と「過去の自社イベントの実績や記録」がともに33社・68.8%と最も多く、経験に頼る形になっている。体系立ててまとめられた資料である業界団体のガイドラインは9社・18.8%、行政の指針や注意喚起は7社・14.6%にとどまる。花火大会など屋外のイベントと違い、屋内の知見は各所にあっても広く共有されるまでには至っていない、というのが委員会の見立てだ。
委員会は、消費者庁が管理する事故情報データバンクや東京消防庁の救急搬送データに加え、X(旧ツイッター)への投稿のテキストマイニングで過去約10年の情報を集めた。事故情報データバンクは、鞄やリュックに入れたモバイルバッテリーから出火 9月に報告の3件はいずれも持ち運び中 リコール対象の40万1771台、回収率は55.3%で扱った重大製品事故の報告などが集まる仕組みで、製品以外の事故情報も蓄積されている。群集事故に関連する投稿は2016年1011件、2018年1075件、2019年1111件と推移し、人の集まりが絞られた2020年に562件まで減った後、2022年867件、2023年898件、2024年946件と戻っている。増減は来場者数・市場規模の動きとおおむね一致していた。
今後は、分析を続けているアンケートと、人の流れを可視化する群集シミュレーションの結果をもとに、事故が起こり得る要因を分析したうえで再発防止策の検討を進める。報告書に取りまとめの時期は示されていない。
