世界貿易機関(WTO)の紛争解決機関(DSB)は9月25日の会合で、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)などがWTO協定に反するかどうかを審理する紛争処理パネルの設置を決めた。ロシアが求めていたもので、日本を含む18の国・地域が第三国として手続きに参加する。案件番号はDS639。
CBAMは、EUに入ってくる品物の価格に、その生産で出た二酸化炭素の分を上乗せさせる仕組みだ。欧州委員会は、域内の排出量取引制度(EU ETS)を補い、企業が規制の緩い国へ生産を移す「カーボンリーケージ」を防ぐための措置と説明している。対象はセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素の6分野。2023年から2025年までは報告だけを求める移行期間で、2026年1月1日から本格運用に入った。輸入業者は許可の取得と報告に加え、輸入品に含まれる排出量に見合う「CBAM証書」を買って提出する義務を負う。証書の価格は、EU ETSの排出枠の落札価格をもとに決まる。
ロシア「輸入障壁だ」、EU「WTO協定に整合的」
ロシアは、CBAMパッケージが対象品目のEUへの輸入に大きな貿易障壁を作っていると主張した。さらに、EU ETSで一部の企業に排出枠が割り当てられていることが、特定の国内産業の競争力を強めるための輸出補助金にあたるとしている。2025年5月の協議要請では、GATT1994の第1条や第3条、輸入許可手続協定、補助金・相殺措置協定(SCM協定)の規定に反すると列挙した。
EUは、「ウクライナへの侵略戦争を続けている」ロシアが、EU市場への輸出を有利にするために国際法に頼ろうとするのは異例だと述べた。そのうえで、ロシアの行為を正当化するためではなく、ルールに基づく多角的貿易体制への支持を再確認するために手続きに参加するとし、CBAMもEU ETSもWTO協定に整合的だと確信していると表明した。ロシアとEU・米国の間では貿易上の措置が相次いでおり、米、対ロ制裁法が成立 ロシア産ガスの購入国に最大100%の関税 日本のLNG輸入の8.9%がロシア産、除外は「輸出全体の15%未満」が条件もその一つだ。
協議を断られてから1年4か月
ロシアが協議を要請したのは2025年5月12日だった。EUは同月22日、協議は実りあるものにならず、双方が満足する解決にもつながらないとして、協議に入ること自体を断った。ロシアは2026年7月10日にパネルの設置を要請したが、7月24日のDSB会合ではEUが反対し、いったん見送られた。
2回目の要求で設置が決まったのは、紛争解決了解(DSU)第6条1項が、要請が議題に載った次のDSB会合までにパネルを設置すると定めているためだ。設置を止めるには、DSBが全会一致で「設置しない」と決める必要がある。訴えられた側が1か国で拒めるのは最初の1回だけで、2回目は反対しても止められない。
日本が第三国として参加する意味
第三国参加はDSU第10条2項に基づく。紛争の対象に「実質的な利害関係」を持つ加盟国がDSBに届け出ると、パネルで意見を述べ、意見書を提出することができ、その内容はパネル報告書に反映される。当事国ではないが、審理の中身に自国の立場を書き込める立場になる。
日本のほかに権利を留保したのは、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、中国、インド、インドネシア、サウジアラビア、韓国、マレーシア、ノルウェー、パラグアイ、シンガポール、スイス、台湾、タイ、英国、米国。CBAMの対象には鉄鋼とアルミニウムが入っており、これらをEUへ輸出する国が並んだ。
日本も2026年度から排出量取引制度を始めている。経済産業省によると、GX推進法に基づく制度で、二酸化炭素の直接排出量が直近3年度平均で10万トン以上の事業者が対象。政府が排出枠を無償で割り当て、事業者は毎年度の排出実績と同量の排出枠を期限までに保有することが義務づけられる。対象事業者は2026年9月30日までに、制度対象である旨の届出と移行計画の提出を求められている。ロシアが輸出補助金だと問題にしているのはEU ETSでの排出枠の割り当てで、無償で配るという点では日本の制度も同じ形をとっている。
上訴しても審理する上級委員会がいない
パネルが報告書を出した後に当事国が上訴しても、審理する上級委員会は空席のままだ。同じ9月25日の会合では、コロンビアが130の加盟国を代表して、上級委員会の欠員を埋める選任手続きの開始を求める提案を100回目の提出として示したが、米国が反対し、今回も手続きは始まらなかった。米国は、WTOの紛争解決制度に根本的な懸念があり、この提案はそれに答えていないと説明している。
上級委員会の代わりに仲裁で上訴を扱う枠組みとして、DSU第25条に基づく「多国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)」がある。2020年4月に18の加盟国で始まったもので、現在の参加国にはEUと日本が名を連ねる。ただし、これは参加国どうしの紛争に使う仕組みで、参加国の一覧にロシアの名前はない。
