政府は9月28日午後4時半から1時間、「インテリジェンス機能の強化に関する有識者会議」の第1回会合を首相官邸2階大ホールで開いた。高市首相は会議のまとめで、政府の情報活動の中長期的な推進方策を「国家情報戦略」として取りまとめて公表することが必要だと述べた。座長は構成員の互選により、東京大学名誉教授の渡部俊也氏に決まった。
インテリジェンスとは、政府が集めた情報を分析し、政策の判断に使える形にしたもののことだ。日本では今年7月31日に、首相を議長とする「国家情報会議」と、その事務局にあたる「国家情報局」が発足し、情報部門の司令塔が置かれた。今回の会議は、その器で何をするかを外部の専門家を交えて詰める場で、9月25日の内閣総理大臣決裁で設置が決まっていた。初会合で何が話し合われたかは、これまで公表されていなかった。
戦略に何を書くのか 想定される5項目
会議に配られた資料3「事務局説明資料」(内閣官房国家情報局提出)は、「政府の情報活動の中長期的な推進方策」に盛り込む「想定される主な項目」として次の5つを挙げた。
- 情報活動の意義や重要性
- 情報部門と政策部門の分離による客観性の担保、両者の連携強化
- インテリジェンスを担う人材の確保・育成の方針
- AIや情報通信技術等の先端技術の導入・活用
- 個人情報やプライバシーの保護、民主的統制
資料はこれらを「とりまとめた文書を作成・公表」するとしている。5番目に「個人情報やプライバシーの保護、民主的統制」が入っているのが特徴だ。情報機関の能力を上げる話と、その能力を国民がどう監視するかという話を、同じ一つの文書に並べて書くという建て方になる。
2番目の「情報部門と政策部門の分離」も、情報機関をめぐる古典的な論点である。政策を決める側が欲しい結論に合わせて情報を作らせてしまうと、判断の土台が崩れる。資料はこれを「客観性の担保」と表現し、同時に「両者の連携強化」も課題に置いた。分けたうえでつなぐ、という難しい注文である。
国家情報局が挙げた国内の工作の事例
同じ資料は「懸念国等の不当な工作のリスク」として、機微情報を狙った工作、重要インフラ等を狙ったサイバー攻撃、認知領域での工作の3つを整理し、国内で実際に起きた事例を3件示した。
1件目は、ロシアの情報機関員とみられる在日通商代表部員が、日本の工作機械関連会社の従業員に金銭を提供するなどして働きかけ、同社の営業秘密である機密情報を不正に取得したとして警視庁が検挙した事例である。2件目は、北朝鮮のIT労働者が情報窃取などの悪意あるサイバー活動に関与している可能性。3件目は、第51回衆議院議員総選挙に際して、SNS上で多数のアカウント群が日本政府の政策などを批判する内容を投稿・拡散していたと報じられたほか、政府において外国のものと疑われる不審アカウントが同選挙に関する内容を投稿している事例を一定数把握した、というものだ。
3件目については、資料は「報じられた」ぶんと「政府において把握した」ぶんを書き分けている。選挙に外国発の情報操作が及んでいた可能性を政府資料が明記した形で、偽情報の拡散に対する制度面の対応とあわせて読む必要がある。
海外の事例としては、中国を背景とすると指摘される「Volt Typhoon」がグアムなどの米軍・政府機関や重要インフラ事業者のシステムに長期間侵入した事例と、米カリフォルニア州の市長が中国から指示を受けて地元の中国系米国人コミュニティ向けニュースサイトを運営し、中国側の主張を含む親中的な記事を掲載したとの容疑で検挙された事例を挙げた。
「第一歩に過ぎない」 次はカウンターインテリジェンスと対外情報機能
高市首相は会議のまとめで、日本周辺について「中国・北朝鮮の軍事力の増強」「中国とロシア、そして、ロシアと北朝鮮の連携強化」が見られると述べ、日本国内でも「外国の情報機関員が関わる先端技術の不正流出」「官民の重要情報を狙ったサイバー攻撃」「自国に有利なように世論を誘導しようとする偽情報の拡散」といった脅威が高まっていると指摘した。
そのうえで7月末の国家情報会議・国家情報局の設置について「これらはインテリジェンス改革の第一歩に過ぎません」と述べ、「外国による不当な干渉の防止策の強化」と「対外情報機能の充実」をさらに進めなければならないとした。
説明資料も同じ2点を「今後の課題」に置いている。1つは懸念国などの不当な工作に対処するための「法制度を含むカウンターインテリジェンスの強化」で、法整備が視野に入っていることを明記した。もう1つは「対外情報機能の充実を含む各種情報収集・分析能力の強化」で、実現にはAIなどを使った情報通信基盤の整備と、「人的情報の収集体制を含め」た関係機関の体制強化が必要だとした。人的情報とは、人を通じて集める情報のことである。
司令塔をつくる根拠となった国家情報会議設置法は今年5月に成立した。資料は、国家情報会議が各省庁の情報活動に「方向付け」を行い、国家情報局が各省庁に対する「総合調整」を行うという役割分担を示している。情報を集めて分析する側を「プロバイダー」、それを使う官邸や各省庁を「カスタマー」と呼び、より多くの情報関心・情報要求を出させ、より質の高い分析を返す循環を「新たなインテリジェンスサイクル」と名付けた。
政府が進めるサイバー分野の体制整備は別に動いており、10月1日には基幹インフラ事業者の被害報告が義務化され、同じ日に自衛隊が攻撃元のコンピューターを無害化できる新任務も始まる。
資料は原則公開、発言者の氏名は非公開 規程は2029年6月30日まで
会議には運営要領の案も配られた。「令和8年9月28日 インテリジェンス機能の強化に関する有識者会議座長決定」の形式をとる文書で、表題に「(案)」が付いた状態で公開されている。それによると、配布資料は原則として会議終了後に公開するが、座長が必要と認めれば非公開にできる。議事の内容については内閣官房が会議終了後に記者ブリーフを実施し、意見を紹介する際は原則として発言者の氏名を公開しない。議事要旨も、発言者の氏名を付さない形で公開する。
この扱いは、扱う題材が情報活動であることを踏まえたものだが、誰がどの意見を述べたかは外から分からない形になる。執筆時点で、内閣官房のページに第1回の議事要旨は掲載されていない。
構成員は17人で、内訳は大学の研究者が10人、企業の役員が4人、このほかシンクタンクの研究員、弁護士、元検察幹部が各1人である。座長に決まった渡部俊也氏は東京大学名誉教授で、名簿は五十音順のため最後に載っていた。
会議の開催規程には期限が付いている。令和11年(2029年)6月30日をもって効力を失うとされ、内閣官房は理由として「既存の事務の不断の見直しを行い、できるだけ組織を効率的なものとしていくことが重要となっていること」を挙げた。ただし期限までに運営状況を勘案し、改組や期限の延長を含めて検討を加えるとも定めており、そのまま消えるとは書かれていない。国家情報戦略をいつ公表するかについては、資料にも首相の発言にも時期が示されていない。
