厚生労働省は6日、社会保障審議会介護給付費分科会(第274回)に、介護現場のカスタマーハラスメント(カスハラ)対策を強化する案を示した。2027(令和9)年度の介護報酬改定に向けた議論の一つで、全ての介護事業者に対し、カスハラへの対応を介護サービスの運営基準で「事業者が講ずべき措置」として位置付ける。これまでは基準省令の解釈通知で「講ずることが望ましい」取組にとどまっていた。同省が示した調査研究の速報値では、カスハラが起きたときの初動対応の手順を定めている施設・事業所は39.0%だった。

「望ましい」から「講ずべき措置」へ

介護サービスの運営基準は、事業者が守るべき人員・設備・運営のルールを定めた厚労省令で、細かな運用は解釈通知で示す。ハラスメント対策は、セクシュアルハラスメントとパワーハラスメントについてはすでに、事業者が講ずべき措置として基準省令に書き込まれている。一方、利用者や家族からのカスハラは、解釈通知で「望ましい措置」とされていた。

状況を変えたのは、2026年10月に施行された改正労働施策総合推進法だ。介護事業者を含む全ての事業主に、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置が義務付けられた(カスハラ対策義務化、2026年10月1日に施行 企業規模の例外なく全ての事業主が対象 勧告に従わなければ公表、報告しなければ20万円以下の過料)。厚労省はこれを踏まえ、運営基準の側でもカスハラ対応を「講ずべき措置」に加え、具体的な中身は法律の指針に沿って解釈通知で明確にする案を出した。

あわせて、カスハラを未然に防ぐ取り組みと、起きたときに施設・事業所として組織で対応する考え方も解釈通知に書く。同省は、事案が起きたときに対応を現場の職員個人に委ねず、管理者らが関わって事実の把握、記録、職員への配慮、利用者・家族への対応を進めるよう求めている。

分科会ではこれまで、委員から「職員を守る取組を運営基準上に明確に位置付けることが不可欠」「現場職員個人ではなく組織として毅然と対応する体制を整備すべき」といった意見が出ていた(事務局の整理による)。

初動の手順があるのは39.0%、契約解除の手順は15.4%

厚労省が示したのは、令和8年度老人保健健康増進等事業として三菱総合研究所が行った「介護現場における効果的なハラスメント対策等に関する調査研究事業」の速報値だ。936の施設・事業所が答えた。

カスハラが起きたときに、管理者らが事実関係を確かめて対応方針を決める体制がある施設・事業所は72.1%あった。しかし、初動対応の手順を定めているのは39.0%、契約解除などの判断の手順を定めているのは15.4%にとどまった。体制はあっても、何をどの順で進めるかを文書にしている施設・事業所は少ない。

項目 割合
管理者らが事実確認・対応方針を検討する体制がある 72.1%
初動対応の手順等を定めている 39.0%
契約解除等の判断・検討手順を定めている 15.4%
契約時にカスハラの説明を「必ず実施」 54.6%
契約時にカスハラの説明を「実施していない」 25.4%
防止目的の設備・機器を「特に整備していない」 32.3%
介護施設・事業所のカスハラ対策の整備状況(936施設・事業所)

出典: 厚生労働省 第274回介護給付費分科会 資料5(令和8年度老人保健健康増進等事業・三菱総合研究所の速報値)

事前の備えでは、サービスの範囲を契約書(重要事項説明書)に書いて説明している施設・事業所が64.2%、カスハラを理由に解約することを契約書に書いているのは32.6%だった。防止のための設備・機器では「スマートフォン・タブレット端末」が48.7%で最も多い。

事例が起きた後の対応を答えた323の施設・事業所では、「管理者による介入」が69.0%、「事実確認」が63.2%、「記録作成」が60.4%だった。対応した施設・事業所のうち「効果的だった」と答えた割合は、「契約解除又はサービス提供終了」が71.6%、「警察への相談」が66.7%、「管理者による介入」が61.4%、「弁護士への相談」が61.1%だった。

2人での訪問は「同意」の要件を残す

利用者の自宅で職員と利用者・家族が1対1になる訪問系サービスは、とくに対応が難しい。現行の介護報酬は、訪問介護と訪問看護で、暴力や著しい迷惑行為があるなどの場合に2人でサービスを提供すると加算を認めている。訪問介護は通常の単位数の2倍(100分の200)を算定できる。ただ、利用者の負担も増えるため、利用者か家族の同意が要件になっている。

調査では、カスハラ防止を目的に複数で訪問しているのは18.0%で、58.9%は「実施していない」と答えた。複数名訪問の費用負担を答えた201の施設・事業所(過去に実施したところを含む)のうち、介護報酬の加算を算定しているのは19.4%で、68.2%は加算も公費助成も使っていなかった。事業所が自分で費用を負担している理由は「緊急又は一時的な対応で間に合わなかった」が31.4%、「活用できる公費助成制度を把握していなかった」が26.3%、「利用者又は家族等の同意が得られず加算を算定できない」が21.2%だった。

分科会では、職員の安全のために必要なら同意が無くても2人で訪問できる仕組みを求める意見が出ていた。これに対し厚労省の案は、加算については利用者の負担が増えることを理由に、引き続き同意を算定要件とするとした。そのうえで、場面や危険の程度に応じて施設・事業所が気を付けるべき点を解釈通知で示す。ケアマネジャーが働く居宅介護支援には新しい加算を設けず、自宅を訪ねずにモニタリングできる「特段の事情」の扱いなど、運営基準の側で手当てする方向だ。

サービスを断れる「正当な理由」と、認知症の言動の線引き

介護事業者は運営基準で、正当な理由なくサービスの提供を拒んではならないとされている。厚労省の案は、この「正当な理由」の考え方を明確にし、提供を始めた後で続けるのが難しくなった場合に段階を踏んで対応を考えることを解釈通知に書く。いきなり打ち切るのではなく、安全確保の手を打ち、関係者と連携しながら続けられるかを検討する手順を想定している。

調査で契約解除やサービス終了を検討したと答えた80の施設・事業所に理由を聞くと、「利用者又は家族等との信頼関係の維持が困難」が53.8%、「サービス提供体制の維持が困難」が51.3%だった。終了の際には67.5%がケアマネジャーに連絡して今後を協議し、45.0%が他の事業所への引き継ぎをしていた。

もう一つの論点は、認知症などの病気や障害が背景にある暴言・暴力の扱いだ。厚労省は、こうした言動を直ちにカスハラとして扱うのではなく、背景を踏まえてケアや環境を見直す必要があるとする一方、職員に危険が及ぶおそれがあれば安全確保の対応をとるべきだとしている。調査では、病気や障害による言動とカスハラとして対応すべき言動との区別が難しいと答えた施設・事業所が68.8%に上った。区別の基準を「特に定めていない」は40.9%、「文書化した基準がある」は23.2%だった。案では、判断が難しい場合は職員個人に委ねず、施設・事業所として検討することも解釈通知に書く。

事業所が抱え込まず、地域の関係機関へ

3つ目の論点は、事業所だけでは対応できない事案の扱いだ。厚労省の案は、市町村や保険者、地域包括支援センター、ケアマネジャー、医療・福祉の専門職、警察、法律の専門職と連携して対応を検討することと、平時から地域の相談先と連携の方法を確かめておくことを、解釈通知に書くとしている。

調査では、病気や障害による言動との関係で相談する先は「管理者」が86.6%、「法人本部」が44.9%と内部が中心で、「市町村、保険者又は地域包括支援センター」は23.4%、「主治医等」は12.8%だった。厚労省は資料で、市町村の役割の明確化については、事業所の運営基準とは別に検討を進めるとしている。

同じ日の分科会では、カスハラ対策のほか、人口減少に応じたサービス提供体制、高齢者虐待の防止と介護現場の安全確保、災害時の業務継続の取り組みも議題になった。2027年度改定に向けた議論は、2027年度の介護報酬の地域区分、5区分へ再編案 1単位の単価と経過措置 厚労省などで伝えた地域区分の見直しと並行して続いている。

今回の案は、運営基準に「講ずべき措置」を書き加えても、具体的な手順の多くを解釈通知と今後の調査研究、マニュアルの改訂に委ねている。初動の手順を持つ施設・事業所が4割に届かない現状を変えるには、解釈通知で示す手順の中身と、小さな事業所でもそれを整えられる支援の具体化が問われる。2人訪問の費用を事業所が負担している例のうち、同意が得られないことを理由に挙げたのは2割あった。同意要件を残す以上、その分を基金などの公費でどう補うかも、あわせて示す必要がある。