環境省は11月6日、九州電力が大分県日田市と熊本県阿蘇郡小国町で計画している「(仮称)下筌(しもうけ)・松原揚水発電所新設計画」について、計画段階環境配慮書に対する環境大臣意見を経済産業大臣に提出した。国が管理する既設の下筌ダムと松原ダムが持つ発電用の容量を使い、出力10万キロワット級の揚水式水力発電所を新しく設ける計画だ。意見は、発電設備を置く可能性がある区域に国定公園や地すべり防止区域などが重なっているとして、位置の選定でこれらが十分に考慮されていない懸念があると指摘した。希少な猛禽(もうきん)類のクマタカとハヤブサ、地下水への影響を調べるよう求めている。
上下に並ぶ2つのダムで水を行き来させる
揚水発電は、高低差のある2つの貯水池の間で水を行き来させて発電する方式だ。電力が余る時間帯にその電力で下の池から上の池へ水をくみ上げておき、需要が高まる時間帯に水を落として発電する。電気を水の位置エネルギーの形でためておけるため、大型の蓄電池に近い役割を持つ。
九州電力と国土交通省九州地方整備局が2024年6月25日に出した共同発表によると、今回の計画では上流の下筌ダムを上池、下流の松原ダムを下池にする。両ダムは筑後川水系で上下流方向に隣接し、それぞれにほぼ同じ量の発電用の容量を持っている。共同発表は、揚水発電の役割を「再生可能エネルギーの出力制御の低減や電力需給逼迫時の電源等」と説明していた。
出力制御は、太陽光や風力の発電量が需要を上回りそうなときに、その発電を一時的に抑えることを指す。共同発表の資料によると、全国の出力制御量は2023年度の実績で年約18.9億キロワット時にのぼる。共同発表の図では、需要が少ない時に上池へ水をくみ上げ、需要が高い時に下池へ落として発電する仕組みを示し、出力制御の低減や火力発電の抑制に役立つとしている。
環境省が公表した事業の概要では、事業者は九州電力で、事業実施想定区域の面積は約9540ヘクタール。熊本県と大分県の資料では、事業の規模を最大出力10万キロワット級としている。発電設備の具体的な配置や工事の内容は、配慮書の段階ではまだ決まっていない。
環境相意見、国定公園や地すべり防止区域との重なりを指摘
環境大臣意見は前文で、揚水発電が太陽光や風力の出力の変動を吸収し、需給のバランスを調整する電源として期待されると認めた。九州電力が関係機関との意見交換の場を設け、そこでの意見を環境影響評価の進め方に反映するとしている点も「一定の配慮が認められる」と評価した。
そのうえで、想定区域とその周辺の状況を並べた。区域の一部には、森林法に基づく水源かん養保安林、特定植物群落に選ばれている「河岸断がいのアラカシ林」、砂防指定地、地すべり防止区域、急傾斜地崩壊危険区域、山腹崩壊危険地区と地すべり危険地区がある。区域と周辺の一部は耶馬日田英彦山国定公園の第2種特別地域と普通地域に重なり、湧水や地下水を使う水源が30か所程度ある。
意見はこれを踏まえ、九州電力が設備や土捨て場を置く可能性のある区域を広く取ったまま調査・予測・評価をしていることについて、「事業の位置の選定に当たって、これらの要素が十分に考慮されていない懸念がある」と指摘した。次の段階の図書である方法書以降で、区域を絞り込んだ経緯を書き、現地調査を含めて情報を集め直して事業計画に反映するよう求めた。
総論では、環境への影響はまず回避か低減を優先して検討し、それが難しい場合に代償措置を検討することも求めた。関係機関と十分に調整し、地域住民に「丁寧かつ十分な説明」を行うことも書き込んだ。
導水路のトンネル、地下水位の低下を懸念
各論は4項目ある。1つ目は水環境で、計画では2つのダムを結ぶ導水路の大部分をトンネル式で地下に埋める。導水路のルートが河川や沢筋の地下を横切ることになるため、意見は地下水への影響を懸念し、地下水位の低下による水環境への影響を調べるよう求めた。
2つ目は土地の改変による自然環境への影響だ。砂防指定地や地すべり防止区域などが集まる区域は「土地の改変に慎重を要する地域」だとして、土砂や濁水が流れ出たときの動植物や川への影響を調べ、崩れやすい箇所の改変を避けて改変する土地の量を可能な限り抑えるよう求めた。
3つ目は動植物と生態系だ。想定区域とその周辺では、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種のクマタカとハヤブサの生息が確認されている。意見は餌場や繁殖への影響を懸念し、専門家の助言を踏まえて調査するよう求めた。4つ目は廃棄物で、工事で出る建設発生土を極力抑え、可能な限り再生利用するよう求めている。
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「蜂の巣城紛争」を経た多目的ダム
下筌ダムと松原ダムは、洪水を防ぐために国が造った多目的ダムだ。九州地方整備局の説明によると、1953年6月の梅雨前線による豪雨で筑後川流域は大洪水となり、死者147人を含む大災害になった。これを受けて1957年にダムによる洪水調節を含む治水基本計画がつくられ、上流部の候補地11か所から両ダムの地点が選ばれた。
| 項目 | 下筌ダム(上池) | 松原ダム(下池) |
|---|---|---|
| 型式 | アーチ式コンクリートダム | 重力式コンクリートダム |
| 堤高 | 98メートル | 83メートル |
| 総貯水容量 | 5930万立方メートル | 5460万立方メートル |
| 本体の竣工 | 1969年8月31日 | 1970年3月31日 |
| 所在 | 津江川(大分県と熊本県小国町の境) | 筑後川本川上流(大分県日田市) |
両ダムの事業は1973年3月に完了が告示され、翌4月に管理が始まった。整備局は、両ダムの完成で下流の日田市や久留米市を水害から守るとともに、最大12万7500キロワットの電力を供給できるようになったと説明している。
建設は難航した。整備局のダムの説明には、地元住民がダム建設に反対して「いわゆる蜂の巣城紛争を展開し、現地や法廷においてその紛争はし烈をきわめ」たと記されている。1958年に本格的な調査を始めてから水をためるまで13年余りかかった。今回の計画は、その2つのダムに新たな発電設備を加えるものになる。
2024年の共同発表は、揚水発電の導入で治水の面でも利点があるとしていた。揚水発電の放流管を使えば、大雨の前にダムの水位を下げておく事前放流の時間を縮められる。くみ上げのために空けておく容量があるため、洪水期以外でも実質的に洪水調節ができるという。共同発表は、この検討を「パイロット事業」と位置づけていた。
経産相意見を経て方法書へ、両県の知事意見はまだ
環境影響評価法は、出力3万キロワット以上の水力発電所の新設を、環境影響評価が必ず要る「第一種事業」に定めている。配慮書は、事業の位置や規模を検討する早い段階で、環境への配慮を事業者がまとめる図書だ。
熊本県と大分県の資料によると、九州電力は8月28日から9月28日まで配慮書を公表し、一般からの意見を募った。経済産業大臣は9月24日に環境大臣へ意見を求め、環境大臣は11月6日に意見を出した。熊本県は9月15日に現地を視察し、10月6日に審査会を開いた。大分県は9月28日に審査会を開いている。11月8日時点で、両県のページの知事意見の欄は空いたままだ。
今後は、経済産業大臣が環境大臣意見を踏まえて九州電力に意見を述べる。九州電力はその内容を検討して事業計画を決め、方法書・準備書・評価書の順に進む事業段階の環境影響評価の手続きに入る。方法書の段階では、どの項目をどの方法で調べるかを示し、改めて住民や知事の意見を聞くことになる。
九州電力が設備の配置をどこまで絞り込み、導水路のルートやクマタカの生息地への対応をどう示すかは、方法書で明らかになる。運転開始の時期や事業費は、今回確認した国と県の資料には書かれていない。
