防衛省が公表した令和9年度の歳出概算要求書によると、防衛省所管の要求額は8兆8432億2520万2千円だった。令和8年度の予算額8兆9843億4290万2千円と比べて1411億1770万円少ない。
防衛省は概算要求の概要で、防衛力整備計画の対象経費として「歳出ベース約9兆円、契約ベース約8兆円」を計上したと説明している。それでも要求書の合計が今年度を下回るのは、金額を書き込まずに要求する「事項要求」が広く使われているためだ。
金額を書かない「事項要求」とは何か
事項要求は、実施する事業の中身がまだ固まっていないときに、項目だけを挙げて金額の決定を先送りする要求の仕方をいう。年末の予算編成の過程で金額を詰め、政府案に反映させる。
防衛省が事項要求を多用した理由は、要求書の備考欄に書かれている。「経済財政運営と改革の基本方針2026」に基づき、年内に改定する「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」を踏まえた事業の経費については、事項要求を行い、予算編成過程において検討する、という説明だ。この3つの文書は「三文書」と呼ばれ、現行のものは2022年12月に決定された。防衛省は概要で、国内外の情勢が策定時の想定を超える速さと複雑さで変化しているとして、三文書を改定し、5年以内に防衛力を変革する方針を示している。
概算要求の大枠を定めた令和8年7月30日の閣議了解も、防衛力整備計画の対象経費は計画を踏まえて所要額を要求し、三文書の改定に伴う対応は予算編成過程で検討する、としている。つまり今回の数字は、年末に向けて積み上がることが前提の途中経過にあたる。
整備計画対象経費は歳出で約9兆円、契約で約8兆円
概要には、防衛力整備計画対象経費の当初予算ベースの推移が載っている。歳出ベースは令和5年度の6.6兆円から令和6年度7.7兆円、令和7年度8.5兆円、令和8年度8.8兆円と増え続け、令和9年度の要求は約9兆円。ここに事項要求分が上乗せされる。
契約ベースは逆の動きをしている。令和5年度9.0兆円、令和6年度9.4兆円、令和7年度8.4兆円、令和8年度8.3兆円と、令和6年度を頂点に3年続けて減り、令和9年度の要求は約8兆円だ。こちらにも事項要求分が加わる。
要求書の合計と概要の数字で増減の向きが食い違うのは、対象の範囲が違うためでもある。要求書の合計は防衛省所管の全体だが、概要の図は防衛力整備計画対象経費に限っている。概要は、この対象経費のほかにSACO関係経費と米軍再編関係経費のうち地元負担の軽減分も事項要求とする、と注記している。契約した年と代金を払う年のずれについては、防衛費、翌年度以降に払う分が16兆8274億円で扱っている。
米軍再編・SACO関係は要求書で0円に
事項要求の影響は、個別の項目にはっきり表れている。
沖縄に関する特別行動委員会(SACO)の最終報告に盛り込まれた措置の実施に必要な経費は、令和8年度予算では91億7120万9千円が計上されていたが、令和9年度の要求書では0円となった。在日米軍の兵力構成見直し等に関する政府の取組の実施に必要な経費も、今年度の472億24万円から0円に変わった。いずれも事業そのものがなくなったのではなく、金額を示さない事項要求へ移したものだ。概要にも、防衛力整備計画の対象経費のほか、SACO関係経費と米軍再編関係経費のうち地元負担の軽減分は事項要求とする、と明記されている。
サイバー分野も同様で、令和8年7月31日にサイバーセキュリティ戦略本部が決めた令和9年度予算の重点化方針を踏まえた事業の経費は、事項要求とされた。
主要装備は「金額+事項要求」の形で並ぶ
事項要求の使われ方は、概要の主要事業の一覧にも表れている。ここでの金額は契約ベースで示されており、多くの事業に「+事項要求」が添えられている。
スタンド・オフ防衛能力では、25式地対艦誘導弾と地上装置等の取得が1575億円+事項要求、25式高速滑空弾と地上装置等の取得が361億円+事項要求、極超音速誘導弾と地上装置等の取得が1673億円+事項要求となっている。金額だけで済んでいるのは、12式地対艦誘導弾能力向上型の艦発型562億円、空発型345億円、潜水艦発射型誘導弾163億円、F-35Aに搭載するJSMの180億円などだ。水中発射型極超音速誘導弾の開発と、安価なスタンド・オフ・ミサイルの開発・取得には金額の記載がなく、事項要求とだけ書かれている。
統合防空ミサイル防衛能力でも同じ形が続く。03式中距離地対空誘導弾(改善型)能力向上型の取得は626億円+事項要求、ペトリオット・システムの能力向上は656億円+事項要求、イージス・システム搭載艦の整備に伴う関連経費は689億円+事項要求。SM-6とPAC-3MSEの取得、滑空段階で迎撃するGPIの日米共同開発は、金額が付かない事項要求のみとなっている。年末の予算編成で何がどれだけ積み上がるかは、これらの空欄が埋まるかどうかにかかっている。
「退職自衛隊員・家族支援庁」の新設を要求
組織面では、これまで存在しなかった「退職自衛隊員・家族支援庁(仮称)」が要求書に登場した。要求額は4億6213万2千円で、内訳は一般行政に必要な経費が3億7986万3千円、人的基盤の強化に必要な経費が8226万9千円。令和8年度予算額は0円で、新規の要求となる。ただし要求書はこの額に続けて「(事項要求)」とも記しており、設置に伴う経費はさらに積み増される。
概要によれば、国防の任務を全うした退職自衛隊員と、平素から自衛隊員を支える家族への支援を一体的に企画立案するための体制整備が目的だ。関連する事業として、就職援護に関する経費、庁内託児所・緊急登庁支援・臨時託児事業に関する経費、予備自衛官等制度の認知度向上などが挙がっている。内部部局についても、防衛協力・交流の機動的な推進や、輸送・補給・衛生といった後方支援機能の強化に対応するため、局の新設を含む体制強化を打ち出した。
組織ごとの要求額では、防衛装備庁が1兆65億6147万7千円で、今年度の8930億9066万2千円から1134億7081万5千円増えた。一方、防衛本省は7兆8120億5564万3千円で、今年度の8兆679億1963万2千円から2558億6398万9千円減った。地方防衛局は241億4595万円で、8億1334万2千円の増額となっている。
人員関係の経費は減額で要求
人に関する経費は、要求の段階では減っている。自衛官給与費は1兆5874億1072万5千円で、今年度の1兆5893億6980万8千円から19億5908万3千円の減。人的基盤の強化に必要な経費は1177億1628万5千円で、今年度の1257億5184万8千円から80億3556万3千円減った。
防衛省は概要で、重視する3本柱9項目として、AI、無人アセット、スタンド・オフ、統合防空ミサイル防衛、宇宙、サイバー(「新しい戦い方」への対応)、太平洋・シーレーン防衛(持続的な対応能力)、防衛生産・技術基盤と人的基盤(防衛力の基盤)を挙げている。防衛生産・技術基盤をめぐっては、10月27日の有識者会議で防衛省と経済産業省が新たな法人の設立を検討すると示した(防衛産業を支える新法人の設立を検討 政府の有識者会議に資料 財務省は利払費16.6兆円を示す)。人員をめぐる状況は厳しく、令和8年版防衛白書によれば自衛官の充足率は88.1%で、部隊の最前線を担う「士」は57.8%にとどまる。要求書の数字が減っているのは、三文書の改定を待つ分が事項要求に回っているためで、最終的な額は年末の予算編成で決まる。
概要で人的基盤に挙がった事業も、金額が付いたものは小ぶりだ。女性自衛官の教育・生活・勤務環境の基盤整備が329億円+事項要求、地方協力本部の体制強化が21億円+事項要求、募集広報等のデジタル化・オンライン化が13億円+事項要求、退職自衛官に対する再就職支援の体制強化が12億円、再就職に向けた職業訓練機会の充実が9億円といった具合で、自衛官の給与体系の独自見直しは金額が書かれず事項要求とされた。
政府全体では、令和9年度の概算要求は143.1兆円にのぼる。防衛費についても、年内の三文書改定と、それを踏まえた12月の政府案の決定が次の節目となる。なお政府は9月17日の有識者会議で、防衛装備品の取得価格が3年で5〜7割上昇したことを示す資料を出しており、物価と為替の影響をどこまで見込むかも年末の論点になる。
