国民民主党が10月20日に衆議院へ提出した「就業者の租税及び社会保険料による負担の軽減のために講ずべき措置に関する法律案」(衆法第222回国会1号)は、所得税の基礎控除と給与所得控除の最低額の合計を、2027年分以後も178万円以上に保つよう政府に求めている。現行の所得税法と租税特別措置法では、合計が178万円になるのは2026年分と2027年分に限られ、2028年分からは最大でも168万円に下がる。法案はこのほか、16歳未満の子を扶養控除の対象に戻すこと、個人住民税の基礎控除を引き上げること、住民税がかからない収入水準の就業者に給付することを盛り込んだ。同党はこの法案を「給付付き現役世代減税法案」と呼んでいる。
政府に法制上の措置を義務づける「講ずべき措置」の法案
法案は、税率や控除額を直接書き換えるものではない。衆議院が公表した要綱によると、所得税と個人住民税の控除の見直し、就業者への給付制度の導入について、それぞれ「政府は、このために必要な法制上の措置を講ずるものとする」と定め、具体的な改正は政府に委ねる形をとる。施行は公布の日とした。
趣旨には、物価が上がり生活費が増えているのに「賃金水準の十分な上昇が伴わない」中で、社会保険料に加えて所得税と個人住民税の負担が増えていることが国民生活と経済に悪影響を及ぼしている、との認識を掲げた。措置を講じた後も、政府は物価や賃金の状況を踏まえて負担の軽減を「不断に検討」するとしている。附則には、政府が2028年度末までに法人税と消費税の抜本的な改革を検討し、必要な法制上の措置を講じる規定を置いた。
衆議院の議案審議経過情報によると、提出者は浅野哲氏、近藤雅彦氏、玉木雄一郎氏、古川元久氏の4人で、提出会派は国民民主党・無所属クラブ、賛成者は24人。衆議院の受理は10月20日、参議院の予備審査としての受理は10月21日である。11月4日時点で、衆議院の委員会への付託は記録されていない。
178万円は2027年分まで 2028年分からは最大168万円
会社員やパートの給与には、必要経費にあたる給与所得控除と、誰にでも認められる基礎控除が差し引かれる。収入が給与だけなら、この2つの合計額までは所得税がかからない計算になる。法案の「178万円」はこの合計額を指す。
現行法を確かめると、所得税法が定める基礎控除は62万円、給与所得控除の最低額は69万円である(いずれも2026年12月1日に施行される改正後の規定)。これに租税特別措置法の特例が上乗せされる。2026年分と2027年分は、合計所得金額が489万円以下の人の基礎控除に42万円を加えて104万円とし、給与収入220万円以下の人の給与所得控除を74万円とする。合わせて178万円である。
この上乗せは2年間の時限措置だ。2028年分以後は、基礎控除への加算が合計所得金額132万円以下の人に限って37万円となり、給与所得控除の特例も無くなる。合計は99万円と69万円で168万円となり、合計所得金額が132万円を超える人の基礎控除は、2350万円以下なら62万円に戻る。
| 区分 | 2026・2027年分(現行法) | 2028年分以後(現行法) | 国民民主党案(2027年分以後) |
|---|---|---|---|
| 基礎控除 | 104万円(合計所得489万円以下) | 99万円(合計所得132万円以下)、それを超えると62万円(2350万円以下の場合) | 所得の状況で差を付けない |
| 給与所得控除の最低額 | 74万円(給与収入220万円以下) | 69万円 | ― |
| 合計 | 178万円 | 最大168万円 | 178万円を下回らない |
法案は、2027年分以後の所得税で合計が178万円を下回らないようにするとともに、基礎控除の額に「原則として所得の状況によって」差が生じないようにすることを求める。理由として、健康で文化的な最低限度の生活を営む費用は「所得の状況にかかわらず生じる」ことを挙げた。現行の特例は所得に応じて加算額を変えているため、この点が現行の仕組みと最も大きく異なる。今年の年末調整で始まる改正の中身は、年末調整、12月から扶養の「年収の壁」が123万円から136万円に 給与所得控除の最低保障額は65万円から74万円へ 勤労学生は150万円から163万円にまとめている。
16歳未満の扶養控除を戻し、住民税も178万円へ
所得税では、扶養控除の対象に16歳未満の扶養親族を加えることも求める。現行の所得税法は、扶養控除を受けられる「控除対象扶養親族」を、居住者の場合「年齢十六歳以上の者」と定めており、中学生以下の子は扶養控除の対象にならない。法案は、所得税の見直しで自治体の財政に悪影響が出ないよう政府に求める規定も置いた。
個人住民税は、2028年度分以後の所得割について、基礎控除の最高額を引き上げ、給与所得控除の最低額との合計を178万円とするよう求める。地方税法が定める住民税の基礎控除は、前年の合計所得金額が2400万円以下の人で43万円であり、所得税の62万円より低い。住民税でも16歳未満の扶養親族を扶養控除の対象に加える。住民税は自治体の税収のため、減収分を補填する措置を講じるよう政府に義務づけている。
要綱は住民税の見直しの目的に、税負担の増加とともに「個人住民税に係る制度の影響により生ずる国民の就業の抑制」への対処を挙げている。同党の浅野哲税制調査会長は10月20日の衆議院本会議の質疑で、住民税の税率が一律10%であることを挙げ、「年収にかかわらずすべての納税者の税負担を年5万円程度軽減できます」と述べた。
住民税がかからない就業者には給付で補う
控除を広げても、もともと税がかからない、あるいは税額が小さい人は恩恵を受けにくい。法案はこれを補うため、2028年度以後に「租税・社会保険料負担軽減給付」を設けるとした。
対象は2つの条件を満たす就業者だ。1つは、働いて得る収入が「基準額」以上で、社会保険料を納めていること。基準額は、最低賃金で働く人が週10時間働いた場合の1年間の賃金を基本に定める。もう1つは、年収が住民税の所得割がかかり始める水準(課税最低限)に届かないことである。
給付額は、住民税の基礎控除引上げで課税最低限以上の人が受ける減税額を「基本軽減額」とし、そこから本人が受けた減税額を差し引いた額を基本とする。引上げ前の課税最低限にも届かない人には、1年間に納めた社会保険料の額を、基本軽減額を上限に給付する。いずれも、社会保険料の負担を理由に働く時間を抑えることのないよう額を定めるとしており、費用は全額を国が負担する。
給付制度ができるまでのつなぎとして、2026年の収入をもとに2027年度に給付金を支給することも求める。自治体の事務負担を減らすため、公的給付の支給を受ける口座の登録者を増やす取組や、前払式支払手段などを使った給付も可能にするとしている。
控除の水準を保つ方向は国益に沿う 欠けているのは減収額と財源
国民民主党は、飲食料品の消費税率を2年間1%に下げて就業者負担軽減支援金を配る政府提出法案が衆議院で審議入りした10月20日に、この法案を提出した。政府案は同じ日に財務金融委員会へ付託され、議案審議経過情報では11月4日時点で委員会審査の終了は記録されていない。政府案の中身と本会議での同党の質疑は食料品1%減税・支援金法案が衆院で審議入り 財務金融委へ付託、国民民主は対案を同日提出で伝えている。
内閣官房と財務省が公表した政府案の概要によると、消費税率の引下げは2027年4月1日から2029年3月31日までの2年間に限られる。就業者負担軽減支援金は毎年1回支給するが、対象となる勤労所得や合計所得金額の線引きと支援額は、いずれも政令で定めるとしている。国民民主党案は所得税の控除を税制の側で恒久的に広げ、給付の対象と算定の考え方を法律に書き込んだ。財源について浅野氏は本会議で、過去5年の税収の上振れが平均で年6兆円に上ると述べ、物価高で増えた税収を国民に還元するよう政府に求めた。
控除の水準を保ち、働く時間を抑える理由を減らすという方向は、日本の国益に沿う。現行法のままでは、合計所得金額が132万円を超え489万円以下の人の基礎控除は、2028年分に104万円から62万円へ42万円下がる。2年で変わる控除額を前提にしては、働く人は先の収入を見通せない。就業の抑制を税制の課題として法案に書いた点は、働き手を確保して国力を保つ政策として評価できる。対象も額も政令に委ねた政府案と比べ、給付の算定の考え方を法律に示した点でも、国会で審議できる材料は多い。
一方で、この案は恒久の控除引上げに、全額を国が負担する給付と、自治体の減収の補填を重ねる。それでいて減収額も財源も要綱に示されていない。附則が求める法人税と消費税の抜本的な改革も、方向は書かれていない。税収の上振れは年ごとに変わる数字であり、恒久の減税の裏付けにはならない。控除の引上げ幅と給付の具体額も政府の法制上の措置に委ねており、同党が政府案について「対象となる年収も金額も書かれておらず」とただした点は、自らの案にも当てはまる。
負担を負うのは将来の納税者である。納税者の側から見れば、政府案の支援額も国民民主党案の減収額も示されないままでは、どちらが安く済むのかを比べられない。同党は自らの案を政府案より「実務上も制度上も効率的」と述べている。政府案の委員会審査が終わる前に、同党は減収額と財源を、政府は政令に委ねた線引きと支援額を、それぞれ示すべきではないか。
