日本の防災は、国の予測や施設の整備では前に進んだが、想定される被害はあまり減っていない。内閣府によると、最大クラスの南海トラフ地震が起きた場合の死者は最大約29.8万人に上る。2014年の基本計画は死者を「おおむね8割減らす」目標を掲げたが、その水準には遠い。
国の試算が示す残りの減災の余地は、住宅の耐震化と早めの避難という、住民の側にある。一方で、被災地で救助にあたる消防団員は減り続け、救援の通り道になる道路橋は古くなっていく。
以下では、想定の規模、進んだ対策、予測と伝達、助ける側、道路と橋、国の体制の順に一次資料で追い、どこに減災の余地が残っているかを見る。
想定被害は10年で大きく減っていない 南海トラフの死者は最大約29.8万人
南海トラフ地震の被害想定は、10年前と比べて減ってはいるが、目標にした水準には届いていない。
2014年3月の南海トラフ地震防災対策推進基本計画の時点で、想定死者は最大約33万2000人、全壊棟数は最大約250万4000棟だった。計画は10年間で死者をおおむね8割、全壊棟数をおおむね5割減らす目標を立てた。
令和8年版防災白書がまとめた見直し後の想定では、津波や揺れなどによる死者は最大約29.8万人で、約7割が津波による。災害関連死は約2.6万〜5.2万人、全壊・焼失は最大約235万棟、資産被害は最大約224.9兆円と見込む。震度6弱以上か津波高3メートル以上となる市町村は31都府県の764市町村に及び、面積で全国の約3割、人口で約5割を占める。
白書は今回初めて、時間差をおいて起きる地震の被害想定も示した。1854年には安政東海地震の約32時間後に安政南海地震が、1944年の昭和東南海地震の約2年後には昭和南海地震が起きている。後から起きる地震の揺れや津波が最大クラスを大きく上回ることはないものの、震度6弱以上の揺れや深さ1メートル以上の浸水に繰り返しさらされる地域が出るとしている。
見直しでは最新の知見を踏まえて津波高や震度分布、計算手法も改めており、前回との差がすべて対策の効果というわけではない。白書も「これまでの対策の効果は一定程度あるものの」超広域で甚大な被害が出るとしている。白書が示した減災の試算は南海トラフ地震、全員が10分で避難を始めれば津波の死者は約21万5000人から約7万3000人に 令和8年版防災白書 家具の固定は35.9%、感震ブレーカーは8.5%にまとめた。
建物の備えは進んだ 住宅の耐震化率は約90%、病院は82.1%
被害が減った分を支えているのは、建物と施設の対策である。
中央防災会議のワーキンググループの説明資料によると、住宅の耐震化率は2008年の約79%から2023年に約90%へ上がった。災害拠点病院などの耐震化率は2017年の約89%から2022年に約95%、海岸堤防の整備率は2014年の約39%から2021年に約65%になった。津波から早く逃げようとする人の割合(早期避難率)は20%から29〜53%に上がったとしている。
計画が掲げた個別の目標にも、達成したものがある。津波のハザードマップを公表して訓練した市町村の割合は2012年の14%から2023年に100%、津波避難ビルなどを指定した市町村の割合は2011年の28%から2023年に100%になった。自主防災組織の活動カバー率は約80%から約90%、大企業の事業継続計画(BCP)の策定率は約54%から約76%に上がった。
病院全体でも同じ流れがある。厚生労働省の調査では、2025年の病院の耐震化率は82.1%(8030病院のうち6596病院)で、2023年調査の80.5%から上がった。地震の際に医療の拠点となる災害拠点病院と救命救急センターに限ると97.2%(783病院のうち761病院)である。調査の詳細は病院の耐震化率82.1%に上昇 「全ての建物に耐震性なし」は106病院から285病院に増加 厚労省調査に詳しい。
ただし、建物と施設の対策は、揺れや津波に「耐える」ための備えである。死者の約7割を占める津波の被害をさらに減らすには、起きる前に危険を知らせ、住民が動ける時間をつくる必要がある。
予測は早くなったが、空振りも多い 線状降水帯の呼びかけが当たったのは約14%
大雨の予測は半日前から呼びかけられるようになったが、呼びかけの多くは実際の発生に結びついていない。受け手が「外れることもある」前提で動けるかが問われる段階にある。
気象庁は2024年5月から、線状降水帯による大雨の可能性を半日程度前から府県単位で呼びかけている。2025年の実績(11月14日時点)では、線状降水帯が発生した17回のうち12回を事前に呼びかけており、捉えた割合(捕捉率)は約71%だった。運用開始前に想定した50%程度を上回った。
一方、呼びかけた88回のうち実際に線状降水帯が発生したのは12回で、当たった割合(適中率)は約14%にとどまった。想定の25%程度を下回る。ただ、88回のうち54回(約61%)では3時間に100ミリ以上の大雨が降っており、気象庁は呼びかけがあれば発生の有無にかかわらず心構えを一段高めてほしいとしている。
呼びかけの運用例は線状降水帯の半日前予測、関東甲信と東海の7都県に 台風25号接近で東京は24時間250ミリ、伊豆諸島は最大瞬間風速50メートル予想で追った。
警報は届くが、逃げ込む先が足りない 地下の避難施設は人口の5.9%分
知らせる仕組みはほぼ全国で機能しているが、知らせを受けた後に身を寄せる場所の整備は追いついていない。
消防庁が2026年8月26日に行った全国瞬時警報システム(Jアラート)の一斉試験では、1741団体のうち1583団体で機器が自動で起動した。残る158団体は自動起動を実施していない。受信機の故障などで住民に情報を伝えられなかったのは5団体で、いずれも受信機までは正常に届いていた。消防庁はこれらの団体に直ちに改善を求めた。結果はJアラートの一斉試験、8月は5市町村で住民に伝わらず 自動起動したのは1741市町村のうち1583 158市町村は試験に参加せずにまとめた。
避難先の側を見ると、弾道ミサイルなどに備える緊急一時避難施設は2026年4月1日時点で全国6万2382か所あり、収容できる人数は人口の162.8%分に達した。ところが、政府が特に指定を進めるとしている地下施設(地下街・地下駅舎など)は4540か所で、人口の5.9%分しかない。地下施設は前年度より307か所(7.3%)増え、2021〜2025年度の集中取組期間には3262か所増えて期間開始時の約3.6倍になった。それでも人口に対する割合は前年度の5.5%から5.9%に上がったにとどまる(弾道ミサイルの避難先、地下は全国4540か所 人口の5.9%分にとどまる 政府は3月にシェルター基本方針を閣議決定、目標を都道府県から市区町村単位へ)。
助けに来る人は減っている 消防団員は1年で1万3526人減
避難した後、あるいは逃げ遅れた人を救うのは地域の担い手だが、その数は細っている。南海トラフのワーキンググループも、社会状況の変化として「消防団員の減少」を挙げ、被災地域内の救助・救命に支障が出るおそれがあるとした。
総務省消防庁の調査では、2026年4月1日時点の消防団員は71万8697人で、前年より1万3526人(1.8%)減った。この1年の入団者は3万7496人、退団者は5万1022人である。退団者は3年続けて減ったものの、入団者を上回る状態が続く。30代以下の団員は全体の31.9%にとどまる。
一方で、女性団員は3万379人(前年比901人増)、学生団員は7772人(同204人増)、特定の活動だけを担う機能別団員は4万2547人(同2352人増)と、いずれも増えた。ただ、増えた人数はいずれも全体の減少幅を大きく下回る。総務省消防庁は、報酬の基準を満たす市区町村が94%を超えたとして処遇の改善は進んでいるとし、引き続き広報と処遇改善を進めるとしている(消防団員は71万8697人、1年で1万3526人減 女性・学生・機能別は増加 報酬が基準に届く市区町村は95.1%)。地域の防災を支える自治会の担い手の状況は自治会長の女性は7.8% 23万9459人中1万8629人 政府の「10%」目標は2度先送りされ2030年度に 大阪19.8%、群馬1.3%で15倍の差で取り上げた。
救援の通り道が古くなる 建設後50年超の道路橋は2040年に約75%
外から助けに入る側にとっても、通り道となる道路と橋の老朽化が進む。
国土交通省によると、全国約73万の道路橋(長さ2メートル以上)のうち、建設から50年以上たつ橋の割合は2023年3月の約37%から、2030年3月に約54%、2040年3月に約75%へ上がる。トンネルは約25%から約52%、河川管理施設は約22%から約65%、港湾施設は約27%から約68%になる見込みだ。水道管路は約9%から約41%、下水道管渠は約7%から約34%に増える(建設後50年を超える道路橋、2040年3月に約75%へ 2025年3月の約42%から急増 国土交通白書 水道管路は約10%から約40%に)。
補強工事を済ませた橋でも、十分でない例が見つかった。会計検査院は、災害時に救援物資などを運ぶ緊急輸送道路にある重要度の高い橋を調べた。2016〜2024年度に橋脚にコンクリートなどを巻き立てて耐震補強した496橋・橋脚1350基(契約金額計約1178億円)のうち、62事業主体の407橋・橋脚1128基で、大地震の後も速やかに機能を回復できる「耐震性能2」が確保されていないか、そのおそれがあった。これらの工事の契約金額は計約996億円に上る。基礎部分の照査で補強による重さの増加を考えていなかったことなどが原因で、国交省は改善の処置をとった(災害時の緊急輸送道路にある橋、耐震補強した407橋・橋脚1128基で「耐震性能2」が確保されず 会計検査院が指摘 巻き立て部分の工事費111億3415万円分)。修繕の補助金の使われ方は橋とトンネルの修繕補助金、計画に無い工事などに149億円分 88事業主体・延べ501施設で 会計検査院が指摘、国交省は交付申請時に修繕計画の提出を求めるで追った。
国は司令塔を11月2日に置く 防災庁設置法を施行
体制の面では、国が災害対応の司令塔を一本にまとめる。
防災庁設置法(令和8年法律第61号)は2026年7月17日に公布された。政府は9月25日、施行期日を11月2日とする政令を閣議決定し、9月30日に公布した。関係法律を整える法律(同第62号)も同じ日に公布され、関係政令の整備に関する政令(令和8年政令第305号)も9月30日に公布された。内閣官房は、南海トラフ地震や首都直下地震など「国難級の災害」の発生が切迫しているとして、平時から復旧・復興まで一貫した司令塔機能を持たせるとしている。
ワーキンググループは、この10年の社会の変化として、消防団員の減少のほか、建設業・運輸業・医療などの従事者の減少で支援が届くまでに時間がかかること、単身世帯や過疎地域の増加で被災地が孤立しやすくなることも挙げている。司令塔ができても、現場で動く人と道が細る構図は変わらない。組織の中身は防災庁、11月2日に発足 施行期日の政令を閣議決定 統括官4人・参事官15人を置く 地方機関「防災局」の施行日は決まらずにまとめた。
残る余地は住民の行動にある 耐震化と10分以内の避難で被害は約7割減
国の予測と施設の整備が進んだ後に、被害を大きく減らせる余地が最も残っているのは、住民一人ひとりの行動である。
ワーキンググループの試算では、揺れによる全壊棟数は耐震化率が今の約90%のままなら約127.9万棟だが、100%になれば約35.9万棟と約7割減る。津波による死者は、早く逃げる意識が低い場合の約21.5万人が、全員が地震の10分後までに避難を始めれば約7.3万人と、やはり約7割減る。いずれも国の施設ではなく、住まいと避難の判断で決まる数字だ。
予測は外れることがあり、地下の避難先は限られ、助けに来る人も減っていく。その中で想定被害を目標に近づけられるのは、揺れの前に家を固め、津波の前に自ら逃げ始める備えである。
