熟練の技を次の世代へ引き継ぐ作業が「うまくいっている」と答えた製造業の企業は、100社に2社もない——。経済産業省・厚生労働省・文部科学省が令和8年5月29日に公表した2026年版ものづくり白書が、こうした調査結果を示した。技能継承の対策として最も多く挙がったのは、若手を育てる取組ではなく、定年を迎えた熟練技能者に働き続けてもらうことだった。
ものづくり白書は、1999年に議員立法で成立した「ものづくり基盤技術振興基本法」の第8条に基づき、政府が毎年国会に報告している法定白書である。2001年の第1回から数えて2026年版で26回目になる。経産省・厚労省・文科省の3省連名で作られ、その年の課題と政府の取組を示す第1部と、前年度に講じた施策をまとめた第2部からなる。人材にあたる第1部第2章は厚労省が担当し、今回は労働政策研究・研修機構(JILPT)が製造業の企業に対して行った「ものづくり産業における人材確保・定着と技能継承に関する調査」の結果を柱に据えた。技能継承に関する設問には4262社が答えている。
「うまくいっている」は1.9%、85.5%が将来に不安
会社として技能継承はうまくいっているかを聞くと、「うまくいっている」は1.9%だった。「ややうまくいっている」の31.4%を足しても33.3%で、3社に1社にとどまる。逆に「あまりうまくいっていない」が55.6%、「うまくいっていない」が10.0%で、合わせて65.6%が否定的に答えた。
将来についてはさらに厳しい。「不安がある」が23.7%、「やや不安がある」が61.8%で、合わせて85.5%にのぼる。「あまり不安はない」は12.7%、「不安はない」は0.9%しかなかった。
不安の中身を挙げてもらうと(3641社が回答)、最も多いのは「熟練技能者の高齢化・退職が進んでいる(熟練技能者が不足している)」の63.0%、次いで「若手が採用できない」57.0%、「中堅従業員が不足している」51.9%と続いた。「若手従業員が定着しない」も37.8%ある。一方で「デジタル技術の導入が進んでいない」は16.0%、「技術革新に伴う技能の変化・高度化」は12.5%で、技術の変化そのものより、渡す側と受け取る側の人がそろわないことへの不安が大きい。
継承すべきものとして企業が挙げたのは、「正確・精緻に作業できる技」66.3%、「トラブルや突発的なことが起きた時に対応できる力」65.2%、「加工・作業方法を応用するなど創意工夫ができる力」59.7%、「最適な加減に作業の内容や状況を調整できるカン・コツ」52.6%の順だった。いずれもマニュアルに書き写しにくい、経験に根ざした能力である。
最多の対策は高年齢者の継続勤務 教える側を育てる取組は1割以下
技能継承のために何をしているかを複数回答で聞いた結果は、対策の中身を物語る。最も多かったのは「再雇用や勤務延長などにより高年齢者従業員に継続して勤務してもらう」で54.8%。従業員49人以下で50.5%、300人以上で64.5%と、規模にかかわらずこれが1位だった。
これに続くのは「継承すべき技能の見える化(テキスト化・マニュアル化・デジタル化)」31.2%、「技能継承の対象となる者を選抜して訓練する」27.9%である。一方、「技能継承専任の指導者を選抜する」は12.1%、「継承すべき高度な技能をもつ熟練技能者に対して特別な資格や肩書きを与える」は9.9%、「技能を習得した者に対する顕彰・報奨を行う」は8.7%、「技能継承の指導者に対して『教える』ことに関する訓練を実施する」に至っては6.0%にとどまった。「特に取組は行っていない」も15.9%あり、49人以下の企業では18.8%に上がる。
技能を持つ人に残ってもらうことが最大の対策になっている一方で、その人が教える側として力を発揮できるようにする仕組みは手薄い。実際、技能継承が「うまくいっている」「ややうまくいっている」とした1421社にその理由を聞くと、「計画的にOJTを実施しているから」が40.4%で最も多く、「指導者と指導を受ける側とのコミュニケーションがよく図られているから」34.9%、「十分な時間をかけているから」29.7%が続いた。OJTは日常の業務を通じて計画的に指導する育成手法で、うまくいっている企業ほど、それを行き当たりばったりではなく計画に沿って回している。
就業者数は1033万人に減少 「指導する人材が不足」62.8%
背景にあるのは働き手そのものの減少である。白書が総務省の労働力調査をもとに示した製造業の就業者数は、2024年の1046万人から2025年は1033万人へと13万人減った。中小企業庁の中小企業景況調査による製造業の従業員数過不足DI(従業員が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた割合を引いた数値で、マイナスが大きいほど不足感が強い)は2025年にマイナス17.9で、新型コロナウイルス感染症が広がる前の2019年に近い水準に戻っている。
採用も思うようにいっていない。ものづくり人材の採用方針は「中途採用が中心」が56.1%、「新卒採用が中心」が15.4%で、従業員49人以下では中途が66.2%・新卒が8.6%と偏りがさらに強い。過去3年間(2022年度から2024年度)の新卒採用で「ほぼ計画どおり採用できた」としたのは13.8%にとどまり、「募集したが採用できなかった」が19.6%、「募集しなかった」が33.5%だった。49人以下の企業では、半数にあたる50.1%が新卒の募集そのものをしていない。
育てる側の余力も乏しい。厚労省の能力開発基本調査(2025年6月公表)では、製造業で人材育成に問題があるとした事業所のうち62.8%が「指導する人材が不足している」を挙げ、54.4%が「人材を育成しても辞めてしまう」、45.4%が「人材育成を行う時間がない」と答えた。人手不足が育成の手を奪い、育成が進まないことがさらに人を引き留められない状態を招く構図になっている。人が減るなかで事業をどう保つかという課題は製造業に限らず、中小企業の雇用者数、2040年に2018年比で最大16%減 2026年版中小企業白書が推計 「現状維持は最大のリスク」が示すように中小企業全体に及ぶ。中小企業庁が中小企業の「稼ぐ力」強化戦略を公表 人手不足時代へ「数より質」 中小企業庁で打ち出した「数より質」への転換も、同じ制約から出ている。
なお、人材の定着に向けた取組では「賃金水準の向上」が71.5%で最も多く、規模を問わず1位だった。「労働時間の短縮、休日の増加」37.3%、「空調・照明・騒音対策等作業環境の改善」36.6%が続く。もっとも、定着状況を「良い」「やや良い」と評価した企業は56.6%で、「やや悪い」「悪い」の43.3%と大きくは離れていない。人手不足の業種で賃金と職場環境の改善が前面に出る傾向は、宿泊施設の72.2%が人手不足 令和8年版観光白書 宿泊業の年間賃金413万円は全産業より133万円低く、労働生産性は7割でも確認できる。
デジタルで「見える化」 活用企業の77.8%が効果ありと回答
白書は、技能継承へのデジタル技術の活用にも触れた。ものづくりでデジタル技術を使う目的として「技能継承の円滑化」を挙げた企業は全体で21.7%。従業員49人以下では17.5%、300人以上では36.4%と、規模による差が大きい。
実際に技能継承へデジタル技術を使っている943社に効果を聞くと、「継承すべき技術の見える化・標準化」が77.8%で最も多く、「教育にかかる時間の短縮」55.4%、「画像、データ等の活用により場所や時間の制約なく技能継承が可能」49.1%が続いた。「あまり効果はみられない」は2.5%しかない。
使われている技術は、「デジタル手順書・電子マニュアル」が57.2%、「動画によるマニュアル作成・共有」が41.7%、「AI(画像・言語認識技術、生成AI含む)」が35.1%、「センサー」が29.9%の順だった。没入型の映像で作業を疑似体験するVR・AR・MR・SRは5.5%、熟練者の身体の動きをデータとして記録するモーションキャプチャは2.3%にとどまる。技能そのものを丸ごと写し取る技術より、手順を文書や動画にして残す身近な手段が使われている段階といえる。
白書は第1部第2章のまとめで、人口減少による労働力不足が見込まれるなか、自社の製造技術を支える人材の確保と定着を図るとともに、熟練技能者の技能を次世代へ継承していく取組が求められるとした。国の施策としては、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する人材開発支援助成金について、2025年4月から非正規労働者向けの人材育成訓練の経費助成率を引き上げたほか、賃金上昇を踏まえて1人1時間あたりの賃金助成額を5%程度引き上げたことを挙げている。
