日本の防衛は、予算の額では前に進んだが、装備の「量」を支える値段・人・企業が追いついていない。防衛力整備計画の対象経費は当初予算で2023年度の6.6兆円から2026年度の8.8兆円へ3割余り増えた。同じ期間に海上自衛隊の哨戒艦は1隻89億円から143億円に、哨戒機P-1は1機305億円から460億円に上がった。自衛官は定員の88.1%しかおらず、政府は2045年に現員が約13万人まで減る恐れがあると示している。政府は年内に国家安全保障戦略など三文書を改定し、それを踏まえて2027年度予算を組む。脅威・お金・値段・人・企業・住民の備えの順に、一次資料の数字で全体の構造を追う。
脅威は「数」で迫る 北朝鮮は12日、約910キロを超えて飛ばした
周辺の脅威は、1発の性能だけでなく、撃つ数・使う数で迫ってきている。防衛省と内閣官房によると、北朝鮮は10月12日午前9時台に内陸部から少なくとも2発の弾道ミサイルを北東と東の方向に発射した。9時19分ごろの1発は最高高度約20キロで約220キロ、9時36分ごろの1発は最高高度約70キロで約910キロを超えて飛び、変則軌道で飛んだ可能性も含めて日米韓で分析している。日本の領域や排他的経済水域(EEZ)への飛来は確認されていない。
10月は3日朝にも発射があり、首相官邸は同日午前6時40分付で首相の指示を公表した。令和8年版防衛白書の年表には、2026年1月27日にも少なくとも2発を発射した記録がある。個々の発射は北朝鮮が12日朝に弾道ミサイル2発 1発は約910キロ超飛翔、変則軌道の可能性や北朝鮮が3日朝に弾道ミサイル1発発射 約680キロ飛翔し日本のEEZ外に落下 9月20日の約440キロ・約590キロを上回るで追った。
数の問題は北朝鮮に限らない。政府が9月17日の「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」に出した資料は、ロシアとウクライナの無人機の生産量が「年間数百万機との指摘」があると記した。米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)の分析を引き、攻撃型無人機「シャヘド136」が約3.5万ドルなのに対し、迎え撃つ防空ミサイル「ペトリオット」は約490万ドルと、守る側が1発に約140倍の費用をかける例も示した。米国によるイラン攻撃では開戦39日間でトマホークを1000発以上、ペトリオットを1060〜1430発使ったという同研究所の推計も載せている。資料は「反撃能力や防空能力の『量』と『質』を確保できなければ、将来的に十分な抑止力・対処力を維持できなくなる恐れ」と書いた。
では、量をそろえるためのお金はどこまで増えたのか。
お金は増えた 防衛予算は3年で6.6兆円から8.8兆円に
予算の額は、3年で3割余り増えた。防衛省の概算要求資料によると、防衛力整備計画の対象経費(歳出ベース、当初予算)は2023年度6.6兆円、2024年度7.7兆円、2025年度8.5兆円、2026年度8.8兆円と毎年積み上がった。防衛白書は2026年度を8兆8093億円(前年度比3345億円、3.9%増)と記し、うち隊員の給与や食事にあたる人件・糧食費が2兆3897億円、装備や施設に使う物件費が6兆4196億円である。沖縄の基地負担軽減にあたるSACO関係経費などを含めた総額は9兆353億円になる。
それでも国際比較では、日本の負担は重い方ではない。白書が購買力平価で換算した各国の国防費では、日本は892億ドルで、対GDP比は1.28%だった。主要9か国では米国2.82%、ロシア6.32%、韓国2.30%、英国1.97%、ドイツ1.93%などで、日本を下回るのは中国の1.27%だけだった。国民1人あたりでは日本の725ドルに対し、米国は2501ドルである。比較の詳細は日本の国防費は892億ドル、対GDP比1.28% 主要9か国で下から2番目 一人当たりは約7万円で米国の3分の1以下 令和8年版防衛白書にまとめた。
額が3割増えても、買える量が3割増えるとは限らない。装備の値段の方が速く上がっているためだ。
増えた分は値上がりに食われる 哨戒艦は1隻89億円から143億円に
予算の伸びより、装備の値段の伸びの方が大きい。政府の有識者会議資料は、2023年度予算と2026年度予算の取得価格を並べた。海上自衛隊の哨戒艦は1隻89億円から143億円(約60%増)、哨戒機P-1は1機305億円から460億円(約50%増)、多用途ヘリコプターUH-2は1機28億円から46.4億円(約66%増)に上がった。資料は、上昇の要因には能力向上や仕様変更も含むと注記している。
同じ期間の予算の伸びは3割余りなので、値段が5〜7割上がった装備は、同じ額では以前より少ない数しか買えない計算になる。背景には円安と物価高がある。資料によると、現行の防衛力整備計画を作った2022年度に使った主なドル円レートは1ドル108円だったが、2026年7月は157〜163円台で推移した。国内企業物価指数も2022年と比べて2026年5月時点で約17%上がった。
白書は2026年度について、その年に結ぶ契約の額(契約ベース)を8兆2607億円とし、前年度より1725億円(2.0%)減ったと記している。支払う額は増えても、新しく結ぶ契約の額は減った。白書は「まとめ買い・長期契約などによる装備品の効率的な取得を一層推進する」としている。価格の内訳は防衛装備品の取得価格、3年で5〜7割上昇 哨戒艦は1隻89億円から143億円に 計画の為替前提は1ドル108円、今年7月は157〜163円台に詳しい。
値上がりは今年度の予算だけでなく、将来の支払いにも積み上がっていく。
先の支払いは予算の1.9倍 後年度負担は16兆8274億円
防衛予算の大半は、過去に結んだ契約の支払いでふさがっている。艦艇や航空機は契約から納入まで数年かかるため、代金を翌年度以降に分けて払う。白書によると、2027年度以降に払う「後年度負担」は2026年度予算の段階で16兆8274億円となり、2026年度予算(8兆8093億円)の約1.9倍にあたる。前年度の15兆3886億円から9.3%増えた。
内訳を見ると、2025年度以前の契約による既定分が10兆4466億円で19.2%増えた一方、2026年度に新たに結んだ契約による新規分は6兆3808億円で3.6%減った。2026年度の物件費6兆4196億円のうち、その年の契約でその年に払うのは1兆8798億円にとどまり、残る4兆5398億円、約7割は過去の契約の支払いにあたる。予算の多くは、すでに決まった支払いに回っている。詳しくは防衛費、翌年度以降に払う分が16兆8274億円 今年度予算8兆8093億円の1.9倍 今年度の契約で今年度使う経費は1兆8798億円で追った。
2027年度の概算要求では、現行計画に沿う事業に歳出ベースで約9兆円を計上し、三文書の改定で中身が変わりうる事業は金額を示さない「事項要求」とした。政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」で三文書を年内に改定するとし、2027年度予算はその議論を経て結論を得るとしている。要求の中身は令和9年度の防衛費概算要求は8兆8432億円 今年度予算の8兆9843億円を1411億円下回る 三文書の改定待ちで「事項要求」に積み残しにまとめた。
お金の制約に加えて、装備を動かす人の数も減っている。
装備を使う人は減る 自衛官の充足率88.1%、「士」は57.8%
人の不足は、予算を増やしてもすぐには埋まらない。白書の資料編によると、2026年3月31日時点で自衛官の定員24万7154人に対し現員は21万7701人で、充足率は88.1%だった。陸上自衛隊は86.5%、海上自衛隊は91.2%、航空自衛隊は89.8%である。階級別では幹部が93.1%、曹が97.5%なのに対し、最前線を担う「士」は定員5万3166人に対し3万729人で、57.8%にとどまる。内訳は自衛官の充足率88.1% 定員24万7154人に対し現員21万7701人 最前線を担う「士」は57.8%にとどまる 令和8年版防衛白書にまとめた。
採用も計画に届いていない。白書によると、2025年度は約1万5000人の採用計画に対し、採用できたのは約1万1000人だった。中途退職者は前年度より約1000人減って約4600人となり、政府資料も2025年度に「新規採用者の増加と中途退職者の減少に転換」したと記す。それでも同じ資料は、自衛官の現員が現行計画を作った2022年度から約1万人減ったとし、この先は2035年に約18万人(約4万人減)、2045年に約13万人(約9万人減)に減る恐れがあると予測した。「中長期的に現在と同水準の組織体制を維持することは困難」とも書いている。
防衛省は手を打っている。白書によると、2〜3年の任期で採用する自衛官について、自衛官候補生の制度を廃止し、当初から自衛官として採用する新たな任期制士を設けて2026年度から募集を始めた(「自衛官候補生」制度が10月1日に廃止 入隊した日から自衛官に 防衛省の定員外だった約3か月の身分がなくなる)。公務員が予備自衛官を兼ねて招集に応じやすくする特例法案も国会に出した(公務員が予備自衛官を兼ねやすくする特例法、2027年4月1日に施行 施行期日の政令を9月4日に閣議決定 予備自衛官の充足は約7割の3万2000人、即応予備自衛官は約5割の3900人)。自衛官の給与体系も、約70年で初めて独自に見直し、2027年度中の実現をめざしている。
人と並んで、装備を作り、直す側の担い手も細っている。
作る企業も抜けていく 部品メーカーの撤退で直らない航空機も
装備は買えば終わりではなく、部品を供給する企業がいなくなれば動かせなくなる。政府資料は、防衛産業で「低収益、予見可能性の不足、レピュテーション・リスク等に直面し、事業撤退した企業も」あると記した。例として、航空機用部品(主脚のブレーキ・ホイールなど)を作っていた企業と、回転翼機用の座席などを作っていた企業が、いずれも「部門の利益率低下のため」撤退したことを挙げている。どちらも他社への事業継承で対応し、後継企業に製造を移したのはそれぞれ2026年と2024年だった。
撤退は、装備が実際に動くかどうかに響く。資料によると、装備品の可動率は現行計画で部品の納入が始まって改善が進み、一部の装備品を除いて計画期間内に部品不足による非可動が解消する見込みとなった。一方、航空機を中心とする一部の装備品は、企業の撤退や部品の製造中止、予期せぬ不具合で部品を手に入れるまでの期間が延び、計画期間内には解消しない見込みだという。資料は「平時もこうした状況」と書き、有事に戦い続ける力を確保する必要があるとした。
支える仕組みとして、事業者が出した製造体制強化などの計画(装備品安定製造等確保計画)を防衛大臣が認定する制度がある。認定の実績は防衛産業の安定製造計画、2025年度の認定は164件 中小企業などが125件で大企業の3倍 金額も121億円と大企業の133億円に迫る 令和8年版防衛白書にまとめた。政府資料は、研究開発でも防衛省のニーズと他省庁の技術を合わせる取り組みとして、2026年度に281件、5144億円を計上したと記している。
自衛隊の側の制約は、守られる住民の側の備えにも重なる。
守られる側の備えも追いつかない 地下の避難先は人口の5.9%分
ミサイルが飛んできたときに住民が逃げ込む先は、数のうえでは足りているが、身を守りやすい地下は少ない。内閣官房の分析によると、2026年4月1日時点で自治体が指定した「緊急一時避難施設」は全国で6万2382か所あり、前年度から1240か所増えた。収容できる人数を人口で割ったカバー率は162.8%と人口を上回る。ところが、地下駅や地下街などの地下施設は4540か所で、カバー率は5.9%にとどまる。政府の有識者会議資料も、都市部などで昼間人口を基にしたカバー率が低い地域があるとして、地下施設など民間施設の指定を進める必要があるとした。詳しくは弾道ミサイルの避難先、地下は全国4540か所 人口の5.9%分にとどまる 政府は3月にシェルター基本方針を閣議決定、目標を都道府県から市区町村単位へで追った。
逃げる合図を届ける仕組みにも穴がある。消防庁によると、8月26日の全国瞬時警報システム(Jアラート)の一斉試験では、全1741市町村のうち1583市町村が防災行政無線などを自動で起動させた。5団体では機器の故障などで住民に伝えられなかった。5団体とも受信機までは正常に届いていた。消防庁は改善を要請し、次の試験を11月11日午前11時に行う(Jアラートの一斉試験、8月は5市町村で住民に伝わらず 自動起動したのは1741市町村のうち1583 158市町村は試験に参加せず)。地震や津波を含めた備えの全体は防災の全体像 南海トラフの想定死者は最大29.8万人、10年前の「8割減」目標に届かずにまとめている。
額を積むだけでは量はそろわない 三文書改定で問われるのは値段と人
ここまでの数字を並べると、防衛の課題は予算の額そのものより、額を「量」に変える途中にある。予算は3年で3割余り増えたが、主な装備の値段は5〜7割上がり、新たに結ぶ契約の額は2026年度に減った。予算の約7割は過去の契約の支払いに回り、装備を動かす自衛官は2045年に今より約9万人少なくなる恐れがある。部品の企業が抜ければ、買った航空機も飛べない。
脅威の側は、安い無人機を大量に使う方向へ動いている。1機約3.5万ドルの無人機を約490万ドルのミサイルで落とす構図では、予算を倍にしても守る側の数は追いつかない。政府資料が防空ミサイルの「量」の確保とあわせて、迎撃ドローンなど費用対効果が見合う防空手段の整備を挙げたのはこのためだ。
年内の三文書改定で決めるべきことは、総額よりも、値段・人・企業という三つの制約をどう外すかである。まとめ買いや長期契約で単価を下げること、少ない人数で動かせる無人装備へ移すこと、撤退しない程度の利益を企業に残すこと。どれも金額の上積みだけでは解決しない。住民の側でも、人口の5.9%分しかない地下の避難先を増やす作業が残っている。
