物価の上昇分を除いた実質賃金は、2026年8月まで8か月続けてプラスになった。平均で見れば、賃金が物価を上回る局面に入っている。ただし家計の消費はまだ戻っていない。二人以上の世帯の消費支出は8月に実質3.1%減った。
厚生労働省の毎月勤労統計調査では、2025年の実質賃金は1月から12月まで12か月すべてが前年同月を下回っていた。それが2026年1月に0.7%増へ転じ、8月の1.5%増まで続いている。一方、総務省統計局の家計調査では、消費支出が5月から8月まで、いずれも前年を下回った。
以下では、物価の中身、家計の収入、政府と日本銀行の動きを一次統計で順に追い、賃金と家計の間の差がどこから生じているかを見る。
賃金は物価を上回った 名目3.8%増に対し物価は2.2%上昇
実質賃金がプラスに転じたのは、賃金の伸びが高まったことと、物価の伸びが鈍ったことが重なったためである。
毎月勤労統計調査の8月分速報で、働く人1人あたりの現金給与総額は31万1364円となり、前年同月より3.8%増えた。実質賃金の計算に使う消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は2.2%の上昇だった。1年前の2025年8月は、名目賃金の伸びが1.3%、物価は3.1%の上昇で、物価の伸びが賃金を上回っていた。この1年で両者の位置が入れ替わった。
2026年に入ってからの名目賃金は、前年同月比で2.5〜4.3%増の範囲で推移している。足元の流れは実質賃金、2026年8月は1.5%増で8か月連続プラス 伸びは7月の2.0%から縮小 現金給与総額は31万1364円で3.8%増に、前月の確報は実質賃金、2026年7月は2.0%増で7か月連続プラス 2025年は12か月すべてマイナスだった 現金給与総額は43万4507円にまとめた。
賃金の底上げは制度面でも進む。厚労省によると、2026年度の最低賃金は全国加重平均で1121円から1177円へ56円上がる。目安制度が始まった1978年度以降で2番目に大きい引き上げ幅である(最低賃金の引き上げ、10月1日から順次発効 全国平均は1121円から1177円へ 15都道県は1日、沖縄は12月2日と2か月の差)。
物価の落ち着きは政策が支えている エネルギー対策がなければ上昇率は2.5%前後
実質賃金のプラスを支える「物価の鈍化」には、政府の負担軽減策の効果が大きく含まれている。
総務省統計局の消費者物価指数で、2026年8月の総合指数は前年同月より1.9%上がった。生鮮食品を除く総合は1.7%、生鮮食品とエネルギーを除く総合は1.9%の上昇だった。エネルギーは0.7%下がり、電気代は2.4%、ガソリンは2.6%それぞれ前年を下回った。
統計局は、ガソリンの暫定税率廃止と各種の負担軽減策が総合の上昇率をどれだけ押し下げたかを試算している。エネルギー全体で0.62押し下げ、うちガソリンが0.38、電気代が0.17を占めた。この分を足し戻すと、総合の上昇率は2.5%前後になる計算だ。
ガソリン価格の抑制策はガソリン補助、7月9日以降は1リットル2.8円 燃料油の価格抑制策 暫定税率の結論まで継続、暫定税率廃止が税収に与えた影響は揮発油税の収入、8月末までに2402億円で前年同期の49.0% ガソリン暫定税率の廃止が反映 地方揮発油税は87.1%で国と地方の減り方に差で追った。8月の物価全体の動きは8月の消費者物価、生鮮食品を除く上昇率は1.7%に鈍化 電気代とガソリンが前年より安く 一方でキャベツは45.0%高に詳しい。
値上がりは食卓に残る 食料は3.1%上昇、物価上昇のほぼ半分
エネルギーが下がる一方で、食料の値上がりは続いている。家計が実感する物価は、平均の数字より重い。
8月の消費者物価で、食料は前年同月比3.1%上がった。総合の上昇率1.9%のうち、食料による押し上げ(寄与度)は0.87で、ほぼ半分にあたる。生鮮食品は6.0%、生鮮食品を除く食料も2.7%上がった。品目別では菓子類が5.0%、生鮮魚介が13.5%、生鮮野菜が5.5%上がり、キャベツは45.0%高かった。
食料は毎日買うものであり、節約しにくい。総合の上昇率が2%を切っていても、買い物のたびに目に入る値段は上がり続けている。主食の米の店頭価格はスーパーの米、5kg平均3,160円 1年前より604円安く 卸値はなお前年比16%高、パンや麺の原料になる小麦は輸入小麦の政府売渡価格、10月から12.0%引き上げ 1トン7万20円 パン・麺の原料、前期から7500円上昇で取り上げた。
家計の財布は締まったまま 消費支出は実質3.1%減、世帯の実収入も目減り
賃金統計と家計の統計を並べると、平均の実質賃金のプラスが、世帯の暮らし向きにまだ届いていないことが分かる。
家計調査で、二人以上の世帯の8月の消費支出は1世帯あたり31万975円だった。前年同月比で名目1.0%、実質3.1%の減少である。実質の増減率は5月が0.4%減、6月が3.3%減、7月が3.6%減で、5月以降はいずれもマイナスだ。
同じ家計調査で、勤労者世帯の実収入は1世帯あたり61万6704円だった。名目では1.3%増えたが、物価の上昇分を除いた実質では0.9%の減少となった。
二つの統計は測っているものが違う。毎月勤労統計調査は事業所が働く人1人に払った賃金の平均で、家計調査は世帯全体の収入と支出である。毎勤で1人あたりの実質賃金が1.5%増えても、世帯の実収入は実質でマイナスだった。働く人の平均の賃金が上がることと、個々の世帯の手取りが増えることは同じではない。
日本銀行も9月18日の決定で、個人消費について「家計マインドに弱さがみられる」と指摘した。そのうえで、雇用と所得の改善を背景に「底堅く推移している」と判断している。年金を主な収入とする世帯の家計は高齢夫婦の無職世帯、手取り22万1544円に支出26万3979円 毎月4万2434円の赤字 収入の89.9%が年金など社会保障給付にまとめている。
政府は食料品の税に手を付ける 2027年4月から2年間、税率1%
食料が物価の重しになっている状況に対し、政府は飲食料品の消費税率を一時的に下げる。
政府が9月15日の臨時閣議で決定した大綱によると、2027年4月1日から2029年3月31日までの2年間、飲食料品の消費税率を国の分で0.78%、地方消費税と合わせて1%とする。対象は、いまの軽減税率(8%)が適用されている飲食料品である。週2回以上発行される新聞の定期購読は対象に含めず、現行制度を維持する。
税率が8%から1%になれば、本体価格1000円の食品の支払額は1080円から1010円に下がる計算だ。大綱は導入の理由を「現下の物価の上昇に鑑み」と書いている。ただし始まるのは半年後の2027年4月で、それまでの間、食料の値上がりは税の面からは手当てされない。
大綱の中身は食料品の消費税、2027年4月から2年間1%に 本体1000円の食品は1080円から1010円へ 酒類・外食と新聞の定期購読は対象外、閣議決定の経緯は食料品の消費税1%、大綱を閣議決定 2027年4月から2年間 支援金の額は決定後も「検討し定める」のままで追った。企業が減税の効果をどう見ているかは食料品の消費税1%、企業の54.5%が「経済の活性化につながらない」 食品小売は売上1.58%増、飲食店は3.94%減を見込むに詳しい。
減税は「つなぎ」 本命は2029年度に本格導入する支援金
消費税の引き下げは、それ自体が目的ではない。大綱は、2029年度に本格導入する「就業者負担軽減支援金」までの「つなぎ」と位置づけている。
支援金は、中低所得の働く人を対象に、税と社会保険料の負担から現金給付を差し引いた「純負担率」を踏まえ、所得に応じて支給する。大綱は、この支援金制度を本格的な「給付付き税額控除」を導入する「第一歩」としている。2027年4月からの2年間は、消費税1%相当分の範囲で支援金を組み合わせて実施する。
支給は市町村が行い、原則として年1回である。消費税の引き下げが終わる2029年度だけは、4月の支給を加えた2回とする。一方で、支援金の基本額や所得の上限額は大綱でも「検討し定める」とされ、まだ決まっていない。
制度の骨格は「給付付き税額控除」2029年度に本格導入、2027年4月から支援金で先行 閣議決定した基本方針の中身 支給額は今も「検討し定める」、支給の日程は「就業者負担軽減支援金」の支給は年1回 2029年度だけ4月と秋の2回に分けて半年分ずつ 費用の負担割合は年末までに国と地方で協議にまとめた。
日銀は物価が再び2%を上回るとみる 政策金利を1.25%程度へ
政府が負担軽減で物価を抑える一方、日本銀行は物価がこの先強まるとみて金利を上げている。
日銀は9月18日の金融政策決定会合で、政策金利である無担保コールレート(翌日物)を1.25%程度で推移するよう促すことを決めた。9人の政策委員のうち賛成は7人、反対は2人だった。
日銀は、生鮮食品を除く消費者物価の前年比が、賃金上昇の価格転嫁や原油高、円安などから「2026年度後半以降、2%をはっきりと上回る水準まで伸び率を高めていく」と予想する。実質賃金の計算では物価の上昇分が差し引かれるため、物価の伸びが高まれば、名目賃金が同じだけ伸びない限り実質賃金のプラスは縮む。
総裁の説明は日銀・植田総裁「政策の局面が変化した」 利上げの狙いは物価を2%へ上げることから2%で定着させることへ 次も「基本的には利上げ」、追加利上げをめぐる議論は日銀の増審議委員「さらなる利上げが金融正常化の完成に求められる」 政策金利1.0%は中立金利の推計1.1〜2.5%を下回る 17〜18日に決定会合で取り上げた。
実質賃金のプラスは、まだ家計の安心にはなっていない
8か月連続の実質賃金のプラスは、名目賃金の伸びに加えて、エネルギー対策で物価が抑えられていることに支えられている。その一方で、物価の上昇のほぼ半分は毎日買う食料が占め、世帯の実収入は実質で減り、消費支出も5月以降は前年を下回っている。食料品の税率引き下げが始まるのは2027年4月だが、日銀はそれより前の2026年度後半から物価の伸びが2%をはっきり上回るとみている。
賃金が物価を上回る状態は始まったばかりで、物価が再び加速する局面を越えられるかは、まだ統計に表れていない。家計が財布を開くには、平均の実質賃金のプラスが一時的でなく続き、世帯の手取りの増加として表れる必要がある。それを確かめる材料は、毎月の賃金統計と家計調査、そして減税と支援金の具体的な額である。
